第9話 吹雪の夜に……

 毎年の事だが、初雪があってから本格的な冬の到来はあっという間だ。

 雪に閉ざされるこの時期は、基本的に村から出る事はないが、なにかの用事で出かける時は馬が引くソリを使う。

 俺とメイはそのソリに乗っていた。今、アルダンの郵便事務所で大量の魔法薬を受け取ったばかりだ、これを村の手前にある「アルデナド山」という低山の山頂に住む、メイの魔法使い仲間に届けるのが、今回の仕事だ。いや、サービスだな。無料だし。

「なぁ、メイ。なんでまた、こんな面倒な仕事を受けたんだ?」

 ソリの操縦席に腰を下ろすメイに、俺は心底面倒臭く思いながら聞いた。

「普段お世話になっていますから、このくらいしないと……」

 着ぶくれしてモコモコになっているメイが、ゴーグルを掛けた目でこちらを見た。

「全く、お人好しだな。とっとと済ませよう、嵐になるかもしれん」

 俺のヒゲに嫌な感覚がある。今は普通に降っているだけだが、さっさとしないと吹雪になる可能性があった。

「分かりました。では、飛ばします!!」

 ソリの速度を上げ、メイは鼻歌から本気で歌い始めた。どうもご機嫌らしい。

「どこの国の言葉だかな。共通号でいいぞ?」

 明らかに共通語ではない言葉に、俺はわざと聞いた。思念でメイの生まれ育った地域の言葉であることは、すでに分かっていた。

「原語だからいいんですよ。共通語版は間抜けです」

 そして、また歌い出す。自然と体がリズムを刻むのに、どことなく漂う哀愁感。何ともも不思議な曲だ。それがまた雪によく合う。いい雰囲気である。

「次の村で一拍しますか?」

 フッと歌をやめ、メイが聞いた。

 アルダンから村までは標準的な馬車なら四日、ソリなら倍の八日くらい掛かる。目的の山はその中間で四日ほど。天候を考えると、次の村で万一の吹雪に備えるのが正しいが……。

「いや、さらに次の街まで行こう。あっちの方が規模が大きいから、万一吹雪が来ても退屈しないと思うしな」

「分かりました。念のため、食料調達はやっておきますね」

 先を急ぎたい気持ちは、時に判断を誤らせる。

 そして、そういう時は、普段ポンコツなはずの人間が、思わぬ活躍をしたりするのだ。

 それを、数時間後に思い知る事になった。


 致命的判断ミスとはこの事か……。

 暴風雪のど真ん中に立ちながら、俺は何度目かのため息をついた。

 そう、村を発って一時間ほど走ったところで、天候は猛吹雪へと変わった。視界ゼロ。これ以上進むのは危険過ぎるため、念のためソリに積んでおいた野営セットの出番となった。

「ムツ、テント張りましたよ。早くこっちへ!!」

 背後でメイの声が聞こえ、俺は通常の四足歩行状態で、そちらに向かった。

 テントの雪中用の派手な蛍光オレンジは、緊急事態を意味する色。やっちまった……。

「あれ、ムツがヘコんでるなんて珍しいですね」

「まっ、俺も人並みに心はあるからな」

 俺は先にテントに入った。風と雪がしのげるだけで、これだけありがたいと思えると

は……。

「うひゃー、凄い雪、ここまでのは珍しいです」

 遅れてメイがテントに入ってきた。

「このままでは寒いですね……えい!!」

 まあ、俺も使うので分かっているが、魔法とは便利なものだ。暗かったテント内が薄明るく照らされ、同時にどんどん室温? が上がっていった。

「ムツ、何か嫌な事でも……?」

「……すまん、あの村で留まっておけばこんな事には……」

 俺はメイに素直に詫びた。俺は嵐の到来を予見していたのだ。それなのに、この始末だ。さすがに笑えない。

「ああ、別にいいじゃないですか。食料も水もありますし、なにも問題ありません」

 メイが元気よくそんな返しをしてきた。

 ……思念検索。本気でそう思っている。こいつは腹芸が出来るタイプじゃなかった。

「あのなぁ、問題あるだろ。下手すると死ぬぞ、これ」

 いっそ怒ってくれた方がいいのだが、なにかこうペーズが狂うな。

「その時はその時です。ムツが悪いとか言いながら、死にたくないですよ。私は」

「少しくらい怒れ。どうしていいか分からん……」

 全く……。

「私、使い魔は猫って決めていましたが、どんな子でも良かった分けではなんですよ」

 ん? 唐突に何を言い出す。しかも、思念シャットアウトしやがった!!

「なんだ、いきなり?」

 こっち方面の話しになると、俺の立場はますますなくなる。なにせ、不注意でメイを殺しかけたのだ.……。

「そう、そこです。異常なまでの責任感の強さです。実は、最初に村に着いた時から『探索』の魔法を使っていまして、当たりを付けたのが、たまたま隣にいたムツだったというわけです。他にも理由はありますけど、それは秘密です」

 秘密だと……いかん、好奇心が。今はどうでもいいことだ。

「なんでそんな話しを今する。関係ないだろう」

「責任感の強さは信用に繋がります。実際、私はムツを信用していますしね。ですが、たまには緩めて下さい。今回、強行すると最終的に決めたのは、主である私です。ムツは使い魔として助言したに過ぎません」

 ……なんだ、本当にメイか?

「い、いや……」

「はい、おしまい!! もう休みましょう。そういえば、この前ゴロゴロ言いながら寝ていましたよ。あー、猫なんだなと」

 ……ぬ、抜かった!!

「あ、あれは、その、生理現象みたいなもので止められん。そりゃ猫さ。なにか文句あるか!!」

「いえ、文句はないです。可愛いです。猫って、確か顎の下……」

 メイが目を輝かせて接近してくる。怖い、とてつもなく……。

 こうして、吹雪の夜は過ぎていったのだった……。

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