第8話 閑話 ~使い魔契約の夜~
魂だけ抜き取るという、なかなか味なメイ誘拐事件も、あの女の魂消滅をもって一件落着となり、いつもの平和で退屈な時間が戻っていた。
今年は例年より早く冬が来たらしい。窓の外を白いものがちらついている。よほどのことがないかぎり、こんな日に出歩く俺たちはいない。窓際の特等席で外を眺めつつ、おれは滅多にしない回想をしていた。まっ、たまにはいいだろ?
「どうして、こうなった……」
俺の頭は、半ばパニックだった。人語は分からないが、小さな村なりに出来た人垣、急激に方向転換して横倒しになった馬車。そして……地面に倒れたまま動かない新顔の女。年齢は分からんが、ガキというほどガキではないだろう。
……これは、俺のせい。なのか?
この女は、つい先ほどこの村に引っ越してきたばかりだ。人間に、引っ越しという風習があるのは知っている。そうやって縄張りを変えるのだ。
まあ、それはいい。しかし、この女は引っ越してきた早々、たまたま近くで日光浴をしていた俺に、なにか言いながら接近してきたのだ。これは、恐怖以外のなにものでもない。俺が特別人見知りなわけじゃない。むしろ、社交的な方だと思うがね。
まあ、そんな恐怖に駆られた俺は、当然逃げた。当たり前だ。犬じゃあるまいし、積極的に戦おうなんて思わない。
この村は俺の縄張り。当然、逃げるルートも隠れ場所も、何パターンもある。余裕で逃げ切れるはずだった……。
なぜだ、なぜなんだ!? 行く先々で行動を読まれているかのごとく、あの女がひたすら立ちはだかる。俺、何かやったか?
気配と表情を読むに、敵対的ではなく、むしろ友好的なようだが、こうやって追いかけ回される事自体が、俺たちからしたら「敵性行為」なのだ。
「なんとか、振り切らないとな」
とにかく、普通にやっていたんじゃ逃げ切れない。
俺は滅多に使わないルートを選択した。よく分からないが、これだけ完璧にマークされているということは、よほど俺を研究しているはずだ。偶然でない。
なんでこの村にきたばかりの女が、ただの野良猫に過ぎない俺を知っているのかは謎だが、そんなことより三件先の壁を曲がり、そのまま突っ走って大きな通りに出る。大きな通りといったところで、こんな辺鄙な村だ。たまに行商人の馬車が通るくらい。ここを渡って、反対側のクロブチのホームテリトリーに飛び込んでしまう。これが作戦だ。
ああ、ホームテリトリーっていうのは、いってみればそいつの「家」に当たる縄張りだ。うっかり侵犯すれば喧嘩必至だが、こっちも必死なのだ。遠慮なくやらせてもらおう。
さすがに、この行動は読めまい。俺たちは、誰かのホームテリトリーは避けるように行動するからだ。
壁の上を駆け抜けて行くと、やはり現れた。まるで行く手を遮るかのように何かを必死に訴えているようだが、生憎言葉が通じない。そして、聞いてやる義理もない。
ガラ空きのスペースを駆け抜けた俺は、地面に飛び降りるとそのまま通りに突っこんだ。
えっと、なんだっけか、注意一瞬、バカ一生だっけか? 何だかそんな感じの標語があった気がするが、俺はこの時ほどバカ一生を悔やんだときはない。
左右も見ないで飛び出しだした俺のすぐ側には、どこのバカガキだったか忘れたが、調子に乗って通りを飛ばしていた荷馬車がいた……THE ENDの瞬間だった。俺たちはパニックに陥ると、思わずその場で動きが止まってしまう。進もうか戻ろうか、瞬時に判断出来なくなるのだ。次の瞬間だった、強烈な衝撃に俺は吹っ飛ばされた。そのまま反対側の家の壁に叩き付けられる……ような事はない。腐っても猫だ。俺は、無意識のうちに体を捻って空中で姿勢を変え、壁に「着地」した。地面に落ちる間に、何が起きたか分かった。あの女が、俺を思いきり蹴り飛ばしたのだ。そして……。
急制動を掛けながら急激に進路を変え、俺の代わりに馬車の進路上に割り込む形になった女を避けようとした荷馬車だったが、間に合うわけもなく女をまともにはね飛ばし、自らはど派手に横転。そして、冒頭に戻る。
都会じゃ知らないが、こんな小さな村では当然大事件となり、馬車を運転していたバカはこっぴどく親に怒鳴られ、女の方には村に一件しかない病院の医師が路上で懸命の処置を行っているが……いや、よそう。悲観的に考えるものではない。
事の推移を考えれば、そもそもあの女が俺を……いや、ダサいな。俺の不注意が発端だ。それを認めたところで、どうなるわけでもないが……。
俺に出来る事は、正直言ってなにもなかった。人間の事は、人間に任せるしかないのである。クソッタレ!!
結果から言おう……女は何回か死んで、その都度蘇生され、何とか安定した。肉体が破壊されていると蘇生法も効かない。だから、得意の防御魔法で最低限の「ガード」をしていたと、今の知識ならちゃんと知解できるが、こっそり窓から病室を覗いていた俺は、わけも分からず落ち着かなかった。
ある日の夜、病院を訪れてみると、病室の窓はしっかり閉ざされていて、女は寝ているようだった。まあ、起きていたところでどうなるでもなし、今日は帰ろうと思った時である。いきなり窓がスッと、俺が通れるくらい開いた。当時、魔法なんて知らなかった俺だ。この怪現象に、本気でビビった。しかも……。
『おいで。大丈夫、怖い事しないから』
そんな声が聞こえた……というか、脳内に響いたのである。正直に言おう。オシッコちびった。少しだけな。さっきも言ったが、俺たちはパニックに陥ると動けなくなる。
『ふふ、可愛い。じゃあ、こちらから……』
俺の体が浮いた。な、なんだ?
そのまま女のベッドまで空中を移動したんだが、まあ、気持ち悪かった。
『ふふ、やっと捕まえた。私はメイ。これでも、高位魔法使いなんだな』
「なんだ、この頭に響く声は。気持ち悪いぞ」
この気持ち悪さは表現し難い。目眩や吐き気すら覚える。
『ああ、『翻訳』の魔法を少し弄って……それより、使い魔を探しているんだけど、やってみない?』
……なんだ、その使い魔というのは。
「まず、その使い魔とやらを説明してもらえないか。返答のしようがない」
『ああ、そうか。魔法使いの右腕とか相棒的な存在なんだけど……』
まとめるとこうだ。
・主が死ぬと死ぬ
・主が知りうる言語で喋れる
・主と記憶の共有が行われる
・主と魔力の共有が行われる
・主と思考の共有が行われる
・主と思念による会話が可能になる
・主の居場所がある程度離れていても正確に分かる(逆も同様)
・主が使い魔の体を動かせる(逆も可能)
あー、キリがないが、大体こんなものか。まだあるが面倒だ。
「うむ、俺向きではないようだが……」
目の前にいる女は、なぜかニコニコ笑顔。その顔には、大量の絆創膏……俺のせい。くそ、だからどうした!!
『あっ、気に病む事はないですよ。これは、私が勝手にやった事です。反射的に思い切り蹴っちゃいましたけれど、大丈夫でした?』
読まれたのか?
「ああ、大丈夫だ。お前に比べたら無傷だ」
……なんだか、いい奴っぽいな。断りにくくなった。
『良かったです。使い魔の件ですが、無理にとはいいません。特に一方的な命の共有まで行われます。嫌いなのですが、排除出来ませんでした。考えてみて下さい』
「……簡単な話だ。要はお前が死ななければいいのだ」
おいおい、何を言い出すんだ。俺。
『えっ?』
「お前は無茶しすぎだ。お守り役がいないと何をしでかすか分からん。いいだろう。使い魔とやらとして使うがいい。お前が身を挺して蹴らなければ、俺はとっくにこの世にはいない」
まあ、そういうことだ。しかし、本当に大丈夫か?
こうして、ささやかな不安の中、俺はメイと使い魔契約を結んだ。
はぁ、ささやかどころか、大いなる心配だ。思った以上にポンコツ……。
「ムツ、思考ダダ漏れって知ってて言ってたでしょ。あのときはまだ少女。女って……」
メイが苦笑した。
「なにか問題あるのか? 女は女だ」
俺は大きくノビをした、喋りすぎたな。
「でも、あの事故を自分のせいとか思っていたんだ。意外と可愛いじゃない」
「……ふん」
メイの背中には酷い痕が残っている。それがある限り、俺はなにも言えないのだ。
「あー、格好付けてる。なんなら傷痕見せてあげる~」
……くっ。
俺は窓辺の特等席に座ったまま、ふて寝を決め込んだのだった。
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