第7話 メイの誘拐

 この王国の季節はあっという間に変わる、郵便馬車の仕事を始めた時はまだ暑い秋の入り口だったのに、今はもう朝晩は煖炉が欲しい冬の入り口である。

「おーい、早く起きろ。寒い!!」

 俺は頭まで布団を被って寝ているメイの上で。ドカドカ跳ねながら叩き起こしにかかっているのだが、メイは健やかな寝息を立てるのみ。

「ふっ、分かってるさ、今が朝四時だって事も、人間にとっては早いってこともな……しかし、寒いものは寒い!!」

 ドパンっと思い切り飛び跳ねたが、状況に変化ははなかった

「ダメだな、こうなったらテコでも起きないな……」

 俺はメイのベッドから飛び降りると、俺は温かいモノを求めて玄関の扉にある猫扉を潜って外に出た。

 小さな村のこんな時間、まだ人間たちは誰も起きだしていないが、猫コミュニティはすでに活動を開始していた。

 広場の片隅、そこにヤツは季節限定で屋台を出している。

「おう、旦那。今日も冷えるね」

 キジトラでハチワレのオッサンが愛想よく声をかけてきた。

「ああ、冷えるな。いつものセットで……」

 言いながら、俺は屋台の椅子に腰掛けた。ここのスープは絶品なのだ。これと、猫肌に温めらた金印の猫缶があれば、もう言う事はない。

 俺はひとしきり食事を楽しみ、帰宅の途についた俺は、家の前でどうにも違和感を感じた。気のせい……ではない。扉がほんの少しだけ開いている。メイのはずがない。嫌な予感がした。

 俺は気配を消してそっと家に近づき、全感覚を研ぎ澄ませた。魔法は使えない。相手に気取られれてしまうからだ。さて……。

「誰もいない……か」

 メイの気配すらない。全く、また面倒事か……。

 俺は、僅かに開いている玄関扉の隙間から、そっと家の中に入った。

 特に荒れている様子はない。物盗りではなさそうだ。俺は寝室に移動し、「異変」を察知した。寝ているメイの上に、一枚の紙が置いてあったのだ。


『この娘は預かった。分かっていると思うが、あまり時間はない。この村の北にある廃屋に来い。人はもちろん、猫の同伴も認めない』

 

「……ったく、面倒な事しやがって」

 俺は思わず毒づいてしまった。

 メイは一見すると普通に寝ているが、全く呼吸をしていない。

 少し特殊な方法であるが、誘拐されたのだ。魂を無理矢理引っこ抜かれて。

 物理的に身柄を移送しないで済むので簡単お手軽だが、魂の状態は大変不安定で、二日もつかどうかである。急がねばない。今すぐ発つ!!

「メシ食っておいて良かったぜ。さて、準備するか」

 俺は、文字通り生気のないメイの顔をチラッとみて、大きくため息を吐いたのだった。


 残念ながら、俺は馬車の運転が出来ない。徒歩で移動となるが、北の廃屋と呼ばれる場所までは、全力疾走と休憩を繰り返しても一日は掛かってしまう。こればかりは、致し方ない。俺は何が待っているか分からない場所に、いきなり『転移』の魔法で突貫するほど自信家ではない。

 そんなわけで村を出て半日。俺は樹海の大木の一本に寄りかかって休憩していた。

「さすがに、コイツはきついな……」

 猫は元々長距離移動が出来るように、作られてはいない。全力疾走しては休憩を繰り返しここまできたが、これがなかなかシンドイ。

 ちなみに、俺が背負っている背嚢には猫缶一日分と水筒、雨具などがギッシリ詰まっている。これでも厳選して軽くしたのだが……。

あとは、その背嚢に括り付けてある杖くらいか。苦手な二足立ちをしなければならず、使う時は身動きが取れなくなるので、使用するシーンが限定されるが、魔力増幅効果が極めて高い。今回はどうしてもこれが必用だった。もちろん、全て俺にお合わせたサイズである。猫缶だけはデカいが。

「さて、行くぞ!!」

 誰に言ったのか分からないが、俺は短く叫んで再び全力疾走を開始した。

 樹木の間を抜け、木の根を飛び越え、ついでに魔物すら避け……目的地に着いたのは、翌日の夜明け頃だった。

「ふぅ。さてと……」

 グズグズしている暇はない。元はどこかの貴族の別荘だったというその建物の入り口で、俺はそっと気配を探った。

「……分からんな。もっと奥か」

 隠密行動は猫の基本だ。ほとんど原形がない扉の跡地を通り抜け、俺はそっと進んで行く。二階へと続く階段は崩落してしまっているので、普通に考えればこの一階のはずだ。

 しばらく進むと、一室から声が聞こえてきた。

『さて、そろそろあの猫が来る頃合いだ。抜かるなよ』

 ……安心しろ。たっぷり抜からせてやる。

 気配を探ってみると三人か……。大して強そうではない。一気に畳むか。

『魂の状態が危険です。早く戻さないと!!』

『なに、猫の餌になってくれればどうでもいい。今さらな』

 ……さて、頃合いか。

 俺は、扉が朽ち果てて落ちた部屋になだれ込み、手近にいた男一の顔面に取り付いて、蹴りの連打で顔面を破壊した

 悲鳴すら上げる事なく倒れた男をみて、残り二人は完全に戦意喪失状態だったが。

「喧嘩を売った相手が悪かったな」

 取りあえず、男二は不要だ。

 これまた、瞬殺。顔面に飛びついて蹴りまくっただけ。

 そりゃ痛いとは思うが……まあ、いい。今はやる事がある。

「お前が術者だな?」

「は、はい!!」

 怯えた様子で女が応えた。

「い、いますぐ戻します!!」

「馬鹿野郎、魂の状態を確認しろ!!」

 俺は慌てて止めた。

「えっ……あ」

 女の手には虹色の球体があるが、まるでそれを蝕んでいくように黒い点がジワジワと広がりつつあった。

「こんなに損傷した魂は戻せない」

 女が絶望的な声を上げた。

「お前は見てろ。これが霊術の基本だ」

 俺は背負ってきた杖を手に取ると、呪文を唱え始めた

 痛んだ魂が急速に修復され、持ち主であるメイの元に飛んで行った。

「さて、メイはこれでよし。あとは、お前の処遇だな」

「え、えっと、できれば、痛いのは……」

 ふむ、痛くなければいいんだな……。

 俺は、ある事を思いついた。


「私、魂だった時の記憶もあって、ムツめっちゃ格好いいんだもの。さすが、私の使い魔!!」

 全く、こんなやつ相手になに本気になって救助に行ったのだろうか?

 一回体から魂が離れると、元に戻しても一週間くらいは違和感があるので寝て過ごすのが一番。そんなわけで、こうやってお喋りの相手をしているわけだ。

「ところで、その丸いのって……」

 俺の頭上には、薄く光り輝く球体が浮いている。

「ああ、痛くないヤツっていう事だったからな。約束は守ったぞ」

「いやぁ……」

 そう、俺はあの女の魂を引き抜いて放り出したのである。あと二日もあれば消えるだろう。痛みはないはずだ。

「なにか問題あるか? 先にやったのはあっちだ」

「ムツ……怒ってるね」

 応える気にもならず、俺はそっぽを向いた。

 結局、連中の目的が分からなかったが、まあいい。もう終わった事。

 少なくとも、俺はこの時そう思っていた。

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