第6話 仕事の終わり
俺たちと荷物を載せた大型馬車は、アルダンの街からひたすら王都を目指す。通常の行程なら、馬車を一度乗り継いで四日といったところだが、二日も掛からずもう間近という所まで迫っていた。まあ、ここまでは慣らし運転といったところか、ここから先が本番だ。
「はい、タッチ。交代です」
御者台の後ろにある小さな扉が開き、アイリーンが器用に這い出してきた。疲れの色が隠せないメイから手綱を受け取り、そのまま体を入れ替えて座る、メイは扉から車内に入って六時間の休憩タイムだ。
「よう、お疲れ」
俺はアイリーンに声をかけた。
「いえいえ、ムツさんほどではないですよ」
馬車を一気に加速させ、アイリーンは小さく笑みを浮かべた。
まあ、自慢するはけじゃないんだが、俺はずっと御者台で周辺監視に当たっていた。自分の目、耳、鼻は持ちろん、魔法で半径二十キロ圏内の様子を探っている。この辺は平穏とはいえ、なにが出てくるか分かったものじゃないからな。
「お前らほどじゃないさ。疲れたら勝手に寝るから頼んだぞ」
「はい」
言った時だった。周辺警戒の魔法に何かが引っかかった。すぐさま分析にかかり、たちどころに答えが出た。
「アイリーン、十一時方向距離十五キロにゴブリンの集団。数、三十。警戒しろ」
俺が使う周辺警戒魔法の探査範囲は最大百二十キロ近くになるが、実用的なのは七十キロくらいまで。今は皿に絞って二十キロくらいにしている。なにかあれば発見しやすいからだ。
「……潰しますか?」
怖いぞ、アイリーンよ。
「お前は操縦に集中していろ。何とかするのは俺の仕事だ」」
……ゴブリン醜悪な外見をいた人形の魔物だ。単体の力はさほどでもないが、徒党を組んで行動するので、結構厄介な魔物だ。
さて、どうするか……攻撃だ。それしかない。ばらけられると面倒だ。俺は素早く呪文を唱え、太さは人間の大人が一抱え、長さは人の背丈ほどの火柱を生みだし、十五キロ先のゴブリンどもに向かって発射した。
「着弾まで三十秒、術式状態安定、目標固定」
長距離攻撃魔法っていうのは、相手が気づく前に一方的に叩ける利点はあるが、命中させるのは難しい。併用する周辺警戒魔法の精度がモノをいうのだ。
「十、九、八……」
‥‥十五キロ先から。
「三、二、一、マーク!!」
‥‥こんにちは!!
ドォォォンっと、はっきりキノコ雲すら伴う大爆発が前方で巻き起こった。
周辺警戒魔法は大荒れでなにもわからないが、一匹も生き残ってはいないだろう。
「ナイス爆破です」
「なんじゃそりゃ。まあ、いい。この先は爆発の余波で荒れていると思うから気を付ろよ」
「はい」
こうして、俺たちは王都に向かって止まる事なく、ひたすら走り続けたのだった。
王都郊外にある巨大王国郵便集積場。その一角に馬車を止め、俺たちは久々に地面に降り立った。
「イタタタ。腰が……」
メイが情けない事を言うが、今回は責めようとは思わない。このルート設定は無理がある。これから先なんて素晴らしい。十日近くノンストップだ。途中で疲弊した馬を交換する場所が何カ所か設定はされているが、休憩する時間は設定されていない。ここまでの二日の移動ですらこれだ。まあ、それを確かめるのが仕事なので、取りあえず計画通りにやってみるしかないだろう。
「さて、休憩だ。この先は苦行だからな。今のうち休んでおかないとな」
ここで六時間の休憩時間が組まれている。さしもの俺も疲れた。
集積場の建物にある仮眠室で三人して泥のように眠ったあと。すでに荷物の積み卸しと馬の交換を終えて出発するだけとなった馬車を念のため点検し、再び北へ向かって出発した。街道を行くそのうちに、程なく隣の大きな街が見えてきた。
「高速通過信号確認!!」
手綱を持つメイが叫んだ。
「チェック!!」
赤旗二本上がっている事を確認し、俺はそれに応答した。
前方の街は大騒ぎだった。鳴り響く警鐘がここまで聞こえ、青い光球が上がった。
「高速通過許可。このまま突っみます!!」
「おいおい、無茶するな!!」
いくら高速進行といっても、街中では速度を落とすものである。しかし、街道を走るこの速度のまま突入しようというのだ。正気ではない。
などと言っている間にも、馬車は凄まじい勢いで街の門を潜りぬけ、目抜き通りを突き抜ける!! 風圧で屋台などが吹っ飛ぶがお構いなしだ。
「おいこら、メイ!!」
「大丈夫です!!」
何が大丈夫なんだ!?
急カーブのたびに車体の片輪を浮かせ、もはや大暴走といった感のあるメイが操る馬車は、そのまま街を抜けて街道に飛び出した。
「……なあ、お前本当に免許持っているのか?」
おれはそう聞かざるを得なかった。
「はい、もちろんです!!」
メイは、当たり前と言わんばかりに即答してきた。
……誰だ、コイツに免許を与えたのは。
心の底からそう思った俺だった。
王都から最終目的地であるケルミンまでの旅は、よくも悪くも退屈なものだった。時々魔物や盗賊も出たが、全て俺が魔法一発で片付けてしまった。見どころと言えば馬の交代かもしれない。二十人がかりでやるのだが、そのチームワームの凄い事……久々に感動すら覚えた。
そんなわけで、特筆する事もないのでいきなりケルミンの街まで飛んでしまおう。ここまでは十日かかったので、スタートからは十二日で到着したことになる。
しかし、安心するのはまだ早い。帰りがあるのだ。これを終えて、ようやく一回目の任務完了となる。
まあ、その前に……。
「なんかメシ食うだろ。俺はいつもの猫缶だったからいいけどな」
さすがに、このまま帰れという無下な計画表ではない。明日の朝便に合わせろということで、今は昼のちょっと前。ほぼ一日休憩時間があるのだ。
「はい、さすがに携帯食は飽きました」
メイがニコニコ笑顔で言う。アイリーンもうなずいた。
「よし、適当に……あの屋台なんてどうだ?」
俺とメイが外食する場合は、ちゃんとした店舗ではなく屋台というのが定番だ。
なぜなら、猫である俺が入れないから。けしからん話しだが、人間のルールと言われたら立場が弱い。まっ、そんな店こっちから願い下げだがな。
「ん? 見たことない料理を出している屋台みたいですね。行ってみましょう」
確かに、俺も今までにかいだことのない匂いを感じる。間がよかったのか誰もいなかったので、ここにしようと提案したのだが気になってきた。
俺たちがゾロゾロ行くと、愛想のいいオッサンが迎えてくれた。
「いらっしゃい。うちは一品しかメニューがないけど、それでもいいかい?」
ほぅ……。
「一品で勝負するとは、相当な自信があるのだな。俺は食えないが、お前ら期待していいぞ」
俺はカウンターのテーブルの上に乗って、二人に言った。
……行儀が悪いのは分かっている。他に乗る場所がなかったのだ。
「へぇ、喋る猫かい。これは珍しいね」
オッサンが俺を見て言った。
「ああ、私の使い魔なんです。それで喋れるようになりまして……」
……無駄にポーズとか決めようか?
「へぇ、賢そうな顔しているから、お嬢ちゃんの方が使い魔かと思ったよ」
ゴンとテーブルに顔面をぶち当てるメイ。俺は、俺は……。
「オッサン……いや、オヤジ。心の友と呼ばせてくれ」
「いや、さすがに冗談だったんだが、まさか本気にされるとは……」
ジクジク泣いているメイ(二十一才)をあやすアイリーン(七才)。うむ、いい光景だ。
「とはいえ、私も最初そう思ったのですが……」
まさかのアイリーンの一撃に、もう一回テーブルに顔面ダイブ。そのまま起き上がって来ないメイ。
「うーん、こんな明らかな冗談でここまでの反応。ムツさん、普段からいじめ過ぎですよ」
「知らんわ!!」
いつメイの事をいじめ……いや、まあ、いいや。うん。
「さて、メシにしよう。取りあえず、俺は食えないから、テーブル女は放っておいてアイリーンだけ……」
「馬鹿野郎、食べるに決まってるだろ!!」
「ぶっ!!」
いきなり復活したメイに、思い切りぶん殴られた……抜かった。
「そうです、ムツを『主』に差し替えればいいんです。確か、そんな呪文あったような……というわけで、二十人前!!」
「よせ、そんな呪文ない。落ち着け!!」
ああ、これだから!!
「あはは、楽しい人たちだね」
こら、そもそも心の友が仕掛けなければ。そりゃ、悪のりしたけど!!
「よし、悪い事しちゃったから、今日はご馳走しよう。少し待っていてくれよ」
な、なんていいヤツだ。さすが心の友!!
「い、いや、さすがにタダメシは。お気持ちだけで……」
メイが申し訳なさそうに言う。真面目なヤツだ。
「いえ、構いませんよ。この屋台も、今日明日で畳むつもりでいますので……」
心の友は大鍋で茹でていた何かをザルに取ってしっかりお湯を切り、それを深底の丸い器に移して、スープを注ぐ……これは珍しい。
「へぇ、珍しい料理ですね。アイリーンちゃん知ってる?」
王族であるアイリーンは、庶民が知らない料理を知っている可能性があったが」
「いえ、初めて見ます。しかし、美味しそうな香りが……」
「ですね。いただちゃいましょう」
……美味そうだな。
「して、今日明日にも畳むとはどういうことだ? そして、スープだけちょっとくれ」
心の友から差し出されたお猪口みたいな器を受け取り、中のスープを息を吹きかけて冷まして飲んだ瞬間、衝撃が走った。
「複雑な味わいだが美味い。これほどの味なのに、昼時で客がいないというのは信じがたいな」
「それは……」
心の友が言いかけた時だった。いかにもガラの悪そうな声が聞こえた。
「なんだぁ、客がいるじゃねぇか。言ったよな、収める物収めないなら、うちのシマじゃ営業するなって……」
「……なんだ、お約束か」
解説する気にもならんが、そういう連中が金を巻き上げているわけだ。払わないと嫌がらせ。以上。
「……」
「……」
メイとアイリーン二人が無言で立ち上がった。猫の命である目の調子が悪いのか、今こいつらの動きにゆら~っと残像が見えたような……。
「キレずに食ってろ。俺一人で十分だろう」
二人は着席して、また楽しく食事を始めた。
……おっかねぇ。マジギレされたら、俺なんて一瞬で消されるかもしれん。ほどほどにしておこう。
そんな思いを抱きながら、俺は屋台から通りに出た。
……なんで、この国の小悪党は、みんなモヒカンにタンクトップなんだろうな。なんか協定でもあるのか?
まあ、そんなヤツが一人、ナタみたいな剣を片手にニヤニヤしている。
「あ~猫……!?」
小悪党の表情が凍り付いた。
……ほぅ、気づくとは多少はやるようだな。
俺はなにもしていない。ただ、小悪党の目を見ているだけだ。
しかし、「絶対防衛ライン」は引かせてもらった。この圏内に入れば、俺は本気で攻撃する。こいつに勝ち目はない。
「くっ……俺は猫好きだが、ここは退けねぇ。ノルマがあと一件なんだ!!」
小悪党は剣を構えて突っこんで来た。
……知るか。攻撃開始っと。
俺はアホみたいに突っこんで来た小悪党を半歩横に動いただけでかわし、背中に回り込みと服に飛びついて一気に駆け登った。
「あだだ、地味に痛い!!」
それはそうだろう。俺の爪は服を貫通して背中に突き刺さっているのだから。しかし、本当に痛いのはこれからだ。
俺は小悪党の頭頂部に両手の爪を突き刺し、強靱な足の筋力をフルパワーで解放して猫キックを後頭部に見舞った。
「んぎゃぁぁぁ!!」
飛び散る血潮の中で喚く小悪党。うるさい。
適当なところで切り上げて地面に飛び降り、小悪党の前面に回る
「あがっ……」
小悪党は地面にひざまずいた。フン……
「この屋台からは手を引け。次にお前の面をみたら、その汚い顔面を少しは見られるようにしてやる。分かったら消えろ」
小悪党は悲鳴を上げて逃げていった。多分、二度と来ないだろう。そんな根性があるとは思えない。
『ご馳走さまでした~』
メイとアイリーンの声が見事にハモるのが聞こえた。いいタイミングだったな。
結局、代金はバカを追い払った「報酬」としてありがたく頂くことにした。この方が、お互いスッキリするだろう。客足が回復するのは、まだ先だと思うが、それは店主次第だ。
まあ、こんな小事件などを時々解決しながら、ついに最終の仕事を終えた。
俺が迷子の猫探しをした時など、二人に死ぬほど笑われ、しばらく自分が猫である意味を考えたりもした。
まあ、それも今となっては思い出だ。今はメイの家に戻り、大量の報告書を書いている最中である。中間報告も何度となく上げているのだが、最終報告は仕事の基本だ。というわけで……。
「何度やっても、気持ち悪いですね」
「お互い様だ」
俺は今メイの体を「使って」おれがせっせと紙に文字を書いている。少しくらいの文章なら、猫の体でも何とかなるのだが、これだけになると厳しい。
そこで、メイが使った「使い魔契約術」の機能を使って、俺がメイの体を操って人間の体で筆記しているのである。
まあ、考えなくてもおかしな術なんだがな、これ。使い魔が主人を操れちゃうていうのは、もっとも、勝手には出来ず「許可制」ではあるが。
まあ、こんなことせずともメイの脳みそがまともなら、最初から丸投げするのだが、馬鹿な主人も持った使い魔は辛いのだ。
「終わりました」
並行して別作業をしていたアイリーンの声が聞こえた」
「ああ、こっちもサインして終わりだ」
一応、主はメイなので、メイのサインをして終わり。以上だ。
「さて、これを国王に届けるだけか……」
コンコン!!
「こ、このタイミングは」
「あ、ああ、開けてみろ」
家の扉がノックされ、俺とメイは顔を見合わせた。メイが扉を開けると……。
「よっ!!」
シュタッと手を上げて底に立っていたのは、やはり国王だった。
「毎度毎度よく来るなぁ。報告書と運用改善試案なら出来ているが、まさかそれを取りに来たわけではあるまい。まあ、ついでに持っていってくれると助かるが」
「分かった、受け取ろう。今日はアイリーンに用事がある」
国王はウロウロしていたアイリーンをそっと捕まえた。
「ようやく環境が整った。お前が城にれる準備は出来ている。今すぐ戻ってもらえると嬉しいが……」
「メイ」
何か言おうといた気配を察し、俺はすかさず制した。
「政略結婚をこの方たちに未然に阻止させた挙げ句、そのまま私の身柄を押し付け 今度は一方的に戻ってこいですか。少し、身勝手過ぎませんか?」
うむ、怒ってるな。当たり前か。
「否定はせん、言い訳もせんよ。すまなかった」
しばしの沈黙が流れ……。
「分かりました、私は城に戻ります。ただし、十五才の成人を迎えたら王族を外れてこちらで暮らします。それでいいですね?」
……おいおい。
「わしは構わないが、こっちが……」
チラッと俺を見た国王。まったく、手間を……。
「はい、構いません。部屋はいつでも空けておきます!!」
うわ、メイ!?
国王の顔がずぶずぶ闇に沈んでいく。しーらね。
「では、行きましょうか。みなさん、もちょこちょこ遊びにきますので」
こうして、アイリーンは本来いるべき場所に帰っていったのだった。
「えっ、あれって断らないとまずかったんですか?」
その日の晩ご飯を食べながら、メイが声を上げた。
「当たり前だろうが。成人した途端に、手元から娘がいなくなるんだぞ。うちらがダメだからダメ。それも、アイリーンの機嫌を損ねないようにっていう、面倒なオプション付きでな」
「でも、それなら自分で言えばいいのに、うちが悪者じゃないですか!!」
皿の上の肉にフォークをぐさっとして、メイがブチブチ言っている。怖い怖い。
「それにしても十五才か。アイツ七才だろう? 八年か。生きてるかな」
「私の使い魔であるうちは、寿命で死ぬ事はありません。でも私二十八才です。泣けます」
何が泣けるんだか分からないが、とりあえず、寂しくな事は確かだった。
元に戻っただけなのにな。不思議なもんだ。
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