第5話 郵便馬車
「なんだこれは……」
家の扉の入り口には、このクラーレ王国の紋章が控え目に描かれ、管理番号が書かれている。まあ、この家が国の所有地となったのでこれは理解出来る。しかしなんだ、その下の「よろず引き受けます」っていう、白地にピンクっていう見づらいコントラストで書かれた看板は……。
「いえ、王家の看板が出来たので、なにかしないといけないのかなと……ぎゃあ!!」
取りあえず、メイの顔面を引っ掻いておいた。
「全く、変な所で貧乏くさいというか何というか……」
俺がブチブチ言っていると、背後から声を掛けられた。
「ほぅ、何でも屋かね。結構、一つ頼まれてくれんかな?」
「おい、メイ。客だぁぞぉ!?」
そこには、シュタッと手を上げる国王と王妃、そして護衛が数名……なんで?
「お父様!!」
「こ、こここ!?」
お前は壊れた鶏か。メイよ。
「なんだ、驚くじゃないか。どうした、こんな辺鄙な村に?」
「いやなに、娘に『よく似た』人物に会いにきたのだが、何でも屋を営んでいるとは知らなかったな」
……よく似たか。
「いや、メイが今さっき勝手に看板を出しただけだが、困り事か?」
俺は問いながら、メイの足に軽く猫パンチした。
「早く案内しろ。立ち話させる気か?」
「あわわ、もうしわけありません。狭い所ですが……」
メイは玄関の扉を開けた。
「これは、すまんのう。お邪魔するとしよう」
俺は家の中に入っていく国王の姿を見て思った。また、なにか面倒臭そうだと……。
この村はクラーレ王国の南端にある。馬車で1日ほど北東に行くとアルダンという街に出るのだが、今度そこから王都を経由して北端の街であるケルミンまで、一直線に繋ぐ高速郵便馬車路線を引く事になったらしい。
今までは、同じルートで郵便や荷物を運ぶ場合……そうだな、例えばアルダン発ケルミン宛で郵便物を送ったとしてだ、馬車から馬車へ載せ替えて載せ替えて……軽く一ヶ月~三ヶ月は掛かっていた配達期間が、直行便開設で一気に二週間程度まで短縮してしまう見込みだ。
しかし、準備にはまだ時間が掛かるため、路線テストを兼ねて三ヶ月ほど働いてほしいという依頼だった。
「娘の次は郵便屋か。本当に運ばせるのが好きだな」
まっ、嫌みの一つでも言ってやらないとな。
「こ、こら、ムツ!!」
「よいよい」
国王は言いながら、メイが淹れた茶をすする。
「お前さんなら分かっておるだろう。これは依頼というより、決定事項の報告じゃな……」
俺の目を見て国王が言った。はいはい。
「えっ、決定事項って!?」
気づいていなかったか、相変わらずなメイだ。
「あのなぁ、なにか頼みにわざわざ国王がこんな所まで来ると思うか? おおかた必要書類のサインとかで本人がいないとダメだからだろう。それで、呼びつけずにここに来たのは、もう持ってきたんだろうぜ。仕事に使う馬車をな。娘の顔を見るついでに。よし、さっさと書類をかたづけてしまおう」
一気に言うと、国王が目を細くした。
「お主は話しが早くて助かるわい。『中の人』とかおらんだろうな?」
「そんなのいるか!!」
俺は100%純正の猫だ!!
「なに、冗談だ。さて、この書類と……」
国王はどこからともなく書類を出してきた。
「おい、メイ。俺が読むから、さっさとサインしろ!!」
こいつに書類を読ませたら、どんな条件で契約されるか分かったもんじゃないからな。
「は、はい!!」
俺が書類に間違いがないか確認し、それをメイに回し、メイがサインした書類に国王がサインと刻印を押していく。
その作業を延々と繰り返し、三十分ほどで全ての書類作業が完了した。
これで、俺たちはこの国に臨時雇い三ヶ月間で、業務は長距離郵便輸送。使用する馬車は王国から貸与かと思っていたら譲渡だった。まあ、報酬の一部といったところか。
他にも細かい書類は色々あるが、いちいち解説うるようなものではない。
「よし、馬車を見せよう。もう、表に回してある」
俺たちはゾロゾロと外に出て‥‥固まった。
長距離郵便輸送と聞いて、その変のボロい荷馬車ではないとは思っていたが‥‥。デカい。というか、異様に長い車体に八頭立て。四頭立ての馬車で大型といわれるのに、八頭立てなど狂気の世界だ。
「前方に人が乗れるスペースはあるが、精々二人が仮眠を取れる程度だと思ってくれ。後方は全て荷物室だ。これは置いていく。操縦は実際に動かして覚えてくれ……というか、そこの『娘に似た人』が大型免許を持っている。教わるがいい。一週間後にアルダンの郵便事務所で会おう」
国王は一方的に言い残して去って行った。
「全く、嵐みたいなやつだな……」
大きく息を吐いてから、俺は思わずつぶやいた。
「申し訳ありません。父は昔から強引なところがありまして……」
アイリーンがペコリと頭を下げた。お前が謝ることでもなかろう。
「まあ、俺は嫌いじゃないがな。あのくらい押しが強いヤツはなかなかいない」
「私は困ります。幸い、大型馬車免許を持っていたからよかったものの……」
ほう、それは初耳だ。
「メイも特技があったんだな……」
「い、いやまあ……これでも魔法使いなんで、魔法っていう特技が……」
ブチブチ言い出したメイは無視して、俺は馬車を改めて見た。開放型の荷台ではなく壁と屋根がついた密閉型の車体。そこには、様々な旗が掲げられている。国旗は分かるがあとは不明。メイの記憶を手繰ると、複雑な紋章のようなものは郵便馬車である事を示し、色の付いた旗は赤は『通過』、これが二本で『高速通過』、白は『停車』と進路上にある村や街に知らせるのが、郵便馬車の習わしらしい。ご丁寧に、悪天候用に魔力灯を使った発光信号機まで付いている。この便は王都以外は停まらない超特急便なので、ほとんど赤旗上げっぱなしだろうけれどな。
「一週間後にアルダンねぇ……」
やれやれ、やっぱり面倒な事になった。
一週間後 アルダン郵便事務所
「はい、これで登録作業は終わりです」
事務所で書類を書き、国王から託された馬車に、郵便馬車としてのナンバーが振られた。
これで、名実ともにこの馬車は郵便馬車となったのである。建物から出ると、いつ来たのか手に布を折りたたんだものを持った国王が待っていた。
「滞りなく終わったようだな」
「まあ、なんとかな。それで、これから俺たちはどうすればいいんだ?」
広大な敷地を手で示して俺は聞いた。無数の馬車がひっきりなしに出入りしている。
「ああ、専用の積み込み場がある。このまま進めば誘導員がいるから、その指示に従ってくれ」
「分かった」
確かに、出入りする馬車を誘導する人間が何人もいる。もし、誘導がなかったら、大混乱になっているだろう。
ここで荷物や郵便物を積み込んで出発すれば、あとはノンストップで王都だ。食事や仮眠などは交代で馬車上で行うというハードな旅である。
「さて、忘れぬうちに掲げておこうかのう……」
国王は手にしていた布を広げた。金縁の旗で見慣れぬ紋章だが……。
「あっ、あれ高位魔法使い証の紋章です。またど派手に……」
メイが居心地が悪そうに言った。
「魔除けの役にはなるだろう。最後の旗竿一本に付けるといい」
アイリーンが受け取り、旗を掲げると……祭りじゃないんだぞ。全く。
「さて、いくがよい勇者よ。王都で待っているぞ」
それだけ言い残し、国王はどこかに去っていった。
「誰が勇者だ!!」
「勇者って……」
俺とメイの気の抜けた声が唱和した。
「申し訳ありません。父はそういうノリが……」
「分かった分かった。行くぞ!!」
アイリーンの言葉を途中で切って、俺は隣で手綱を握っているメイに声をかけた。
ちなみに、並び順は俺、メイ、アイリーンだ。
「はい」
メイは狂気の八頭立てをユルユルと進め、誘導員の指示に従って行くと、大量の荷物が積まれた一角に到着した。
すると、大勢の人足たちがガンガン荷物を馬車に積んでいく。その動きの速いのなんの……俺も見とれてしまった。
あとで知った事だが、これはこの超高速便用に編成された、スペシャルなチームだったとか。
「終わりました~!!」
「お疲れさん!!」
背後で人足の声が聞こえ、代表して俺が応えた。
「さて、出撃!!」
「はい!!」
誘導に従って敷地内をゆっくり移動し、街中に出た超大型馬車は当然目立つ。
「結構……恥ずかしいですね」
人々に奇異の目を向けられ、アイリーンが赤面した。
「同感」
メイはいいや。通所運行。飛ばないだけマシ。
「いっそ、ブッちぎれば?」
この馬車は、街中での高速進行が認められているはずだ。問題あるまい。
「ダメですよ。通過信号を許可されていない街での高速進行は違法です!!」
……真面目なやつだな。
常識的な速度で進んだ馬車は、程なく街の門に到着した。通行税を取ったり変なヤツが街に入り込まないようにと、大きな街では必ず審査があるが、郵便馬車は最優先でノーチェックだ。係員の敬礼に送られて街道に出た時、八頭立てはその真価を発揮しはじめた。か、加速が……。
「さぁ、一気に行きますよ!!」
やおら元気になったメイが、馬車を思い切りぶっ飛ばし始めた。
「おいおいおい!!」
こうして、路線試験一回目、王都への旅がスタートしたのだった。
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