第4話 使い魔は魔法使い猫
アイリーンが住人として加わったからといって、俺としてはなにか変わったという事はない。家賃がなくなり、アイリーンの「生活費」としてそこそこの金額が入るようになったため、俺のメシが猫缶黒印から金印にアップグレードされたくらいか。まあ、これはこれで大きいが。
今はちょうど昼メシの時間帯。包丁の音も小気味よく、快調に料理しているのはメイだ。その隣で、おっかなびっくり何かをやっているのはアイリーン。今の扱いがどうなってるか知らないが、取りあえず王族のアイリーンには初経験の事だろう。メイが普通に格好良く見えるから困る。全く。
「ここをこう切って引っ張ると種が綺麗に……」
ちなみに、自慢じゃないが俺も人間のメシはよく分からない。俺が手を出せない、数少ない領域だ。長生きしたかったら、人間と同じものは食うもんじゃないしな。
「よし、メシ食ったらみんなで散歩でもするか。メイの魔法チェックもしないといけないしな」
「うぐぐ……」
メイが唸った。
「魔法ですか。それなら、嗜む程度には……」
ほぅ、そう言えば、俺はアイリーンの能力をなにも知らない。これはいい機会だ。
適当にメシを食った俺たちは、村はずれにあるいつもの公共試射場にやってきた。
「ほい、ご主人様。ここは、上位魔法使い様の力を見せてやって下さいませ」
「むきー!!」
怒った。精進が足らんな。
「進撃のラディーレン!!」
……
「変な枕詞を付けるからだ。もう一度!!」
すぐ調子に乗りやがる。全く。
「ラディーレン!!」
続けて放ったのはアイリーンだった。基本に忠実に放たれた光球は的を破壊し、盛り土を貫通し、また一つ山を消した。
「ほぅ、この魔法を使えるのは十人に一人くらいらしいが、アイリーンも使えたのか」
これは驚いた。なんていうか、王族にしては荒っぽい魔法だ。
「はい、攻撃魔法なら少々。それ以外の魔法は致命的にダメですが」
アイリーンは苦笑した。なるほど、メイと逆か。
「おい、お前も見せてやれ。あれを」
「うーん、そうですね。せっかくなので……」
メイは静かに目を閉じた。
世界の源たる精霊よ
四つなる力を今ここに
我が身を滅ぼさんとする力
その全てを無に散らせ
「ファタイディガー!!」
瞬間、青白く光る壁が俺たちを包んだ。俺命名「メイ・スペシャル」。人間ではこいつしか使える者がいないと言われる、最強の防御結界魔法である。
「す、凄い……」
アイリーンが絶句した。
「まあ、これしか能がないヤツだからな。回復もそれなりに凄い。お前と合わさりゃ最強かもな」
俺は笑った。まあ、それぞれ得手不得手はあるもんだ。
「そういえば、ムツさんの得意科目は?」
アイリーンが聞いてきた。
「ダメ、それ聞いたら。絶対ヘコむから!!」
ふむ、じゃ本気出すか。
「ツァールロス ラディーレン ウント ファタイディガー!!」
これは、二つの魔法をくっつけた合成魔法と呼ばれる高等テクだ。最強攻撃魔法が生みだした無数の光球が、前方にあったなにもかもを容赦なく破壊しまくり、同時にさっきメイが使った防御魔法が俺たちを包む。言ったな「人間では」メイしか使えないと。猫なら使えるヤツがいるのだ。攻撃と防御を兼ね備えたこの魔法。魔力の消費が激しいのが、致命的な弱点かも知れない。
「……ここは戦場ですか?」
アイリーンが絶句し、メイが頭を抱えている。アイリーンはともかく、メイは知っているだろうに。
「ねっ、この化け猫半端ないでしょ。だからやめろと……ギャァァァ!!」
俺の猫爪十字マークが顔に刻まれ、メイは撃沈した。誰が化け猫だと?
「あ、あの、女の子なので、顔は勘弁してあげて……」
「俺は、こいつを女と思った事はない!!」
アイリーンの言葉を遮って、俺はきっぱり宣言した。
「な、なんだか、メイさんが凄く不憫に思えてなりません……」
知らん。
「ほれ、回復魔法試作三十六番!!」
うずくまっているメイに回復魔法を掛けてやると、彼女はきょとんとした顔で立ち上がった。
「ムツ、それは……」
「うむ、お前のをパクった。まだ研究中の試作だがな」
効果としては初級から中級といったところか。メイの顔に付けた傷は……わざと少しだけ残したが、もう痛みはないはずだ」
俺の言葉に、メイは顔を引きつらせた。
「今度は回復魔法ですか。どこまでも、私を蹂躙していく……」
「オイコラ、なんか嫌ないい方だぞ、それ」
まあ、なにはともあれ、俺たちは試射場を後にして、村の散策に移ったのだった。
ああ、ぶっ壊した試射場は俺が魔法でちゃんと直しておいたぞ。来た時よりも美しくってやつだな。
その夜、アイリーンはひたすら料理の特訓をし、メイは珍しく魔法書とにらめっこしていた。いつまでも使い魔に負けていられないと思ったのなら、それはそれでいい。それが俺の役目だからな。
「さて、これはどうしたもんかな……」
俺は今日届いた郵便物の中に紛れ込んでいた、俺宛の封書に入っていたものをそっと出す。
魔法使い認定(登録)証
登録番号:クラ557160-28221-1286初
氏名:ムツ(猫:使い魔)
性別:男(虚勢済み)
住所:クラーレ王国コンクルース村二十三番地 メイ・グラウラー方
有効期限:クラーレ王歴一千九百二十七年七月三十一日(三年)
区分:初 心 (*特記事項A・B)
特記事項;
A:実力に鑑みて、制度上は初心区分ではあるが、実際は「賢者」クラスと同等とする。B:当該者は使い魔(主:メイ・グラウラー 登録番号:クラ456660-28220-2286上)である。
まいったな、シャレで申請したら登録されちまった。魔法使いの使い魔が魔法使いなんて聞いた事がない。どっかにしまっておくか……。
そっと地下室に向かおうとしたとき、俺の首根っこをひっ捕まえた不届き者がいた。
そして、小脇に抱えていた魔法使い認定証がスルスルと後ろに引き抜かれた。
「あら、魔法使いになったんですね。おめでとうございます。私も心強いです」
ん? あれ、反応が……。
「おい、お前、使い魔が自分と同じ魔法使いになっちまったんだそ、なんか、あるだろう?」
「私がそんなに狭量に見えますか? 魔法使いだろうが国王だろうが、ムツはムツです。ただ一つ、気に入らない点があります」
「気に入らない点?」
俺はメイに聞き返した。
「なぜ……なぜムツの方がクラスが上なんですか。『賢者』クラスなんっていったら、禁術も扱える無敵のバケモノクラスですよ。いくら積んだのですか!?」
「馬鹿者、実力だ!!」
全く!!
「冗談ですよ。それでは、あちらでささやかなお祝いをしましょう。ちょうど、アイリーンが料理を量産していますので……」
「俺は猫缶しか食わんぞ」
「分かっています。何年付き合っていると思っているんですか」
こうして、思いがけない夜は過ぎて言ったのだった。
あー、参考だが、アイリーンが作ったメシは、意外と美味かったらしい。これは、想定外だった。
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