第3話 使い魔たるもの……
まあ、なんだ。城っていうのは、ほとんどが一般開放されていないものだ。国王の家でもあるからな。当たり前だな。
国王と会う……謁見するのは然るべき広間みたいな所で、上段の玉座に座っている王にひれ伏す……まあ、そんな流れだ。そのくらいは、メイの記憶から拾って俺も理解していたんだが……。
なんで、いきなり無駄に豪華な応接間なんだ? なんでテーブルを挟んで同じ目線で国王と王妃がいるんだ? 何で俺たちソファに座っているんだ?
まあ、人間のしきたりなんざ知った事じゃないが、メイの大混乱の思念の波は凄まじい濁流となって流れ込んでくる。落ち着かないったらない。
「ふむ、なかなかいい面構えをしておるな。いや、お主でなくそっちの使い魔だ」
国王が口を開いた。
「あんたもただもんじゃない。さすが、国を治めているだけの事はある」
俺は国王の顔を見て、世辞ではなく本音を返した。
見た目はただのジジイ(失礼)だが、眼光が違う。敵には回したくないな。
「ふむ、大した事はしておらんよ。さて、お主らを呼び立てたのは他でもない。三日後に王都から貴重品を港まで運ぶのだがな、その護衛を任せたい。規模は馬車一台なので
お主らで十分対応出来る。のぅ、メイ・グラウラー上位魔法使い?」
「ははは、はい!!」
‥‥ダメだ。舞い上がって思考が回っていないな。
「まず、はっきりさせてくれ。運ぶ物を教えろ。ここまでの待遇を考えても、まともなものじゃない事は確かだ。場合によっては‥‥」
衛兵が剣をを抜こうとするのを、国王は手を上げて制した。
「極秘事項……というわけでは通してもらえんそうじゃの」
国王がパチンと指を鳴らすと、応接室に入ってきたのは……人間の子供だった。俺には性格な年齢は分からないが……まだ、二桁年齢にいっていないんじゃないか?
「うちの第三王女アイリーンだ。今年で七才になったかの。隣国エラストニアのいくつだったか忘れたが、第七王子と結婚させるために港まで移動するのだ。政略結婚というやつでな。なんとでも言うがいい」
「こんな、子供が……」
「……」
メイの言葉に、俺はなにも言わなかった。
「当然、反対意見も多いのだろうな。それで、極秘移動か……」
俺はため息を吐いた。
「察してもらえると助かる。どうだ、受けてもらえぬか?」
「絶対ダメです!!」
あっ、メイがキレた。
「冗談ではありません。こんな子をそんな……」
「いえ、私はこのクラーレ王国王家に生まれた時から、こうなる可能性は常にあったのです。悔いる事はありません」
なんだろう、メイよりしっかりしてないか。この七才?
「ええー……」
ほら、もう負けた。
「とりあえず、落ち着け。この仕事は引き受けよう。断ったところで、王令で結局やらされる事になるからな……」
「ええー、そうなんですか!?」
「ほぅ、賢いな」
国王がニヤリと笑みを浮かべた。
「そして、第三王女アイリーンとやらよ。無理はするな。ひっそり涙ぐみながら言っても、全く説得力がないぞ」
「えっ!?」
やれやれ、気が付いていないとはな。
「我々はこれで退散する。残りの期間、思い残す事がないようにしておく事だ」
「ああ、城の客室を準備してある。そこで寝泊まりするといい。そっちも準備しておけ。特に心のな」
ふん、それはメイに言え。
俺たちは案内されるまま、城の客室に移動したのだった。
「あー、ムカつく。信じられない。これだから王族は!!」
声がデカいぞ、メイ。ここはその王族の懐うちだ。
「まあ、人のやり取りも外交なのだろう。俺たちには分からない事だ……」
俺は床に広げた紙にひたすら書き込みをしながら、メイに気のない返事をした。
「なんでムツはもう……」
「騒いでどうなるものでもないだろう。無駄な事はしない主義だ」
……ふむ、こんなものか。
紙を纏めて一気に内容を頭に叩き込む。よし。
「それはそうですけど……さっきから、なにやってるんです?」
「なに、ちょっとしたお遊びだ。暇だったのでな」
不条理にも、またメイに頭を引っぱたかれた。八つ当たりするな!!
「ねえ、連れて逃げちゃうってどう?」
「お前は馬鹿だな。俺たちがお尋ねものになるくらいならいいが、両国間の関係は確実に悪くなるだろうな。もし戦争にでもなったら、責任取れるのか?」
「うっ……」
全く、これだから単細胞は困る……。
「俺たちは俺たちのやるべき事をやればいい。余計な事は考えるな」
「はい……」
移動前日、アイリーンが挨拶にやってきた。
全く根性のない事に、辛くなるからとメイは城の中庭散策に出かけてしまった。
「すまんな。うちの主がのみの心臓でな」
「いえ、いい方だと思います」
変な話しだが、俺が椅子を勧めるとアイリーンは黙って腰を下ろした。
「明日は早朝から移動して昼には到着予定だ。心の準備は出来たか?」
「はい」
しばしの沈黙が落ちる。
「ふう、お前は本当に嘘が下手だ。王族とは思えんな」
「えっ?」
アイリーンはびっくりしたような声を上げた。
「顔に書いてあるぞ、嫌だってな。まあ、過酷であるのは認めるがな」
アイリーンはほんの一回微かに鼻をならした。
「……嫌に決まっているじゃないですか。私だって人間ですよ。あっ、これ独り言です」
「……胸くそ悪い仕事だぜ。全く。おっと、口が滑った」
そして、俺と顔を見合わせて笑う。ったく、ガキのくせに、生意気に悲壮な空気だしてるなよ。
「ああ、今これから魔法事故が起きる。メイが使った魔法で、とんでもない事が起きるんだが、見てみたいか?」
思い切り棒読みの俺。今こそ、アレを使う時がきた。
「はい!!」
世界の源たる精霊よ……
移動当日、王家の馬車ではなく、使用人が使う馬車でこっそり城の裏門から抜け出し、街道を港へと急いでいた。アイリーンはメイと楽しく会話をしていて、まるでこの国での最後の時間を惜しんでいるようだった。向こうに渡れば、二度と帰ってくる事はないのだからな。
御者と合わせて四名を載せたボロ馬車は快調に進んでいき、特にトラブルもなく数時間で港に到着した。ここで、アイリーンとはお別れである。エラストニアからの大型船は、すでに出港準備を終えて待っていた。馬車を城に帰し、俺たちは船に近寄っていった。
「じゃあね、機会があれば行くから」
「はい、お待ちしています」
俺からはなにも言うことはない。
笑顔のアイリーンは手を振りながら船内に消え、やがて大型船はゆっくりと出港した。
船が水平線の彼方に消えるまで見送った、俺と、メイと、「アイリーン」は。
「のひょお!?」
その超常現象に気が付いたメイが、素っ頓狂な声を上げてぶっ倒れた。大げさな……。
「はい、上手くいきましたね」
「当たり前だ」
上手くいかないと分かっていることはやらない主義だ。俺は、顔掃除を始めた。
「ちょ、な、ど!?」
「メイ、深呼吸だ」
言われたとおりにするメイ。そして、なにか嫌な事でもあったかのように、俺に食いついてきた。
「なんでアイリーンがここにいるの。さっき行ったの誰よ。泣きそうになった私の心を返せ!!」
「なんだ、いない方がよかったのか?」
俺が言うと捕まえようとしたのかメイが手を出してきたが、サッと避けて思いきりい引っ掻いてやった。
「いった!!」
「私から説明しますね。船に乗っていったのは、私の『複製』なんです」
アイリーンが笑った。
「複製って……。思い切り『禁術』です!!」
「馬鹿、落ち着け。アレはゴーレムだ」
俺はため息まじりに言った。
「ゴーレムって、アレが? そんなはずは……」
メイが言うのも無理はないのだが、ゴーレムというのは魔法で作った人形だ。簡単な命令しか実行出来ず、まして人間のような振る舞いなど出来ない……常識ならな。
「なに、形を作ってアイリーンの記憶やらなにやらを全て移植し、最後に魔力を込めてやれば出来る。そんなに難しい話ではないだろう?」
なに、ちょっとした「魔法事故」だ。俺に人間の常識など通用しない。発想力の問題だ。
「いえ、異次元の技術です。あの落書きってもしかして……」
「あれが落書きに見えてるうちは、まだ俺には勝てないな」
使い魔たるもの、つねに主に刺激を与えるべし!!
「いったいどんな猫なんですか。ムツは!!」
なにか言ってる馬鹿は放っておいて、俺はアイリーンに向き治った。
「さて、どうする? もう城には戻れないと思うが……」
「そうですね……」
アイリーンが考え始めた時だった。
「うちで預かるに決まっているじゃないですか。悩むまでもありません!!」
まっ、そうなるわな。
「えっ、よろしいんですか?」
「当たり前です。ここまで来たら、どこまでも行きます!!」
なにかヤケクソ気味なメイの声が、港に響いたのだった。
十日後……
駅馬車を乗り継ぎ村に戻ってきた俺たちは、狭いながらも楽しい我が家へと入った。
「いい家ですね」
アイリーンがポツリと言った。
「家賃が大変らしいがな……」
「やっぱり、郵便物たまっていました」
ポストから中身を取り出してきたらしいメイが、ドサドサとテーブルに置く。そのほとんどが、どうでもいい広告の類いだったが、一通だけやたら立派な封筒があった。
「あっ、これ王家の封筒ですね」
アイリーンが即座に反応した。
「お、王家!?」
いちいちオーバーなのは、毎度のメイである。
「いいから開けてみろ」
「はい」
メイが封筒を開けると、これまた立派な紙が入っていた。
『今さらだから、堅苦しい挨拶は抜きにするぞ。わしの目が狂っていなければ、恐らくお主たちはアイリーンを保護しておるだろう。そのまま、そこに住まわせてはもらえぬだろうか? もし可能であるなら、定期的な生活費の支給等を約束しよう。なお、この回答の可否とは別に、その家を国で買い取って無償でお主たちに貸し出す事とした。これは、本件の報酬である。国王より』
「あのジジイ、やっぱりくせ者だったか……」
俺は思わず呟いてしまった。例によって、メイは飛んだ。どっかにな。
「あの、ご迷惑でしたら……」
「あのなぁ、七才のガキを放り出すほど、俺たちは落ちぶれてないぜ。お前さんがどこか行きたいなら、まあ、別だがな」
やれやれ、油断ならねぇもんだ。
俺はため息をついてから、地下室に向かおうとして立ち止まった。
「ああ、アイリーン。その馬鹿が戻ってくるまで、適当に面倒を見てやってくれ。俺は寝る」
こうして、少しきつめのスパイスは終わったのだった。
やっぱり、平和が一番だ。
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