ギター

わをんわおーん

第1話

 ちょうど三年前のこと。


「ああ……お金落ちてないかなー」


 よく目を凝らしてみても、電子マネーのこの時代、土手には何も落ちていない。


 ただ、骨董品であるデロリアンが猛スピードで荒川に落ちていくのを目撃してしまった。


「ああああ!!嘘だろ!…………」


 我が目を疑ったが、川には間違いなくデロリアンが沈んでいっている。


「……やばい!やばい!嘘じゃない!救急車!救急車!何!何番だっけ!」


 救急車を呼ぼうと携帯片手にあたふたしている中、沈みゆくデロリアンの中から一人の太ってまん丸の爺さんが、イルカのボールタッチのように勢いよく飛び出してきた。


 爺さんはこっちの岸まで泳いで来て、唖然としている僕に目もくれず、土手に突っ立ち、しばらく沈んだデロリアンを見て佇んだ後、勢いよく駆け出していく。


 駆け出した爺さんは、二十メートルぐらい走ると、その勢いそのままに倒れ込んでしまった。


 そしてそのまま動かない。


「ああああ!!大丈夫ですか!」


 急いで駆け寄って、様子を見てみると、うんうんうんうん唸っている。


「今!救急車呼びますからね!」

「ああ……ああ、待、待っとくれ」

「へ!?」

「いらん、寝れば治る。時間の無駄じゃ」

「えっでも……」

「いらんいらん、その代わり、わしを研究所まで連れて行ってくれ」

「ええぇ……」

(やだなぁ)

「肩を、貸してくれ」


 爺さんは割れた丸眼鏡をポッケにしまいながら、ゆっくりと起き上がり、僕によりかかる。


「……はい、じゃ行きますよ、研究所ってのはどこですか?」

「こっちじゃ、こっち」


 ヨタヨタの爺さんを肩を貸しながら歩くので、行き交う人々にじろじろ見られるのを、帽子を深くかぶり顔を隠してながら、やっとこさ辿り着いたこの爺さんの研究所は、とんでもないものであった。マイクロ・マニピュレーター、各種レーザー投射機などなど、並の大学の研究室以上の設備が整っている。


 爺さんをベッドに寝かせ、看病も断れずにする事になっていると、あのデロリアンの事や、自分が一体何をしているのかを色々聞かされた。


 この爺さんは、今タイムマシンを作っている、と言うのだ。


 これが、僕と博士との出会い。


 ただの好奇心から、僕をここで助手として働かせてくれと軽い気持ちで願い出た。コンビニのバイトや、その他いろいろやめた所だったのもあって、心にぽっかり穴が開いていた所だったからだ。


 博士はすんなり受け入れてくれた。


 働くといっても、僕にできるのは力仕事や、記録係、その他掃除などの雑用なんだけれど、それでも研究は楽しくてしょうがないもので、タイムマシンの完成は、いつの間にか僕の夢にもなっていた。


 博士は失敗を恐れない人で、その失敗してもただでは起きないところにどんどん惹かれていった。「失敗は成功の元」と言っては立ち上がる博士を見るだけで、一緒に居るだけで、何か僕は癒されていた。


 そして、今日、デロリアン二号は完成した。


「さあ、乗りたまえ」


 運転席の扉を開いた博士がそう促す。


「……、……あの、博士、いったいどうやって完成させたんですか?」


 ブォンブォンと唸っているデロリアン二号を前に僕は戸惑っていた。


 このデロリアン二号は、僕が研究所に着いて、早速アイオーン解析結果の記録をしようとしていたら、博士が、もう完成したと言い張って、動かせる状態で用意してあったのだ。


「金田君、どうやってとかなんてどうでもいいじゃないか。完成したんだから」


 と言ってウィンクする博士。


「博士、聞かせて下さい、どうやって完成としたんですか?たしか、一応できたはできたけどスレイブ・ジェレネーターが不安定で爆発する可能性が高いから、アイオーン解析を僕に記録させて、考え直すんじゃなかったんですか?」

「それなら大丈夫になったんじゃ」

「なぜ大丈夫なのか、説明してくださいよ」

「うまくいくんだから何でもいいじゃろ。金田君」

「なぜうまくいくとおも――!」

「もういい!ささ、早く乗りなさい乗りなさい。この車が百二十一・七キロを越えたらタイムスリップするからね!」


 言葉を遮り、服をつかんで無理やり乗せようとする博士。


「さすがに嫌ですよこんなの。博士が乗ってくださいよ」

「嫌じゃ!」


 そんなことをしている時だった、なにやら外から声が聞こえる。拡声器越しの電子音交じりの声で、


「犯人に告ぐ、君たちは完全に包囲されている。おとなしく出てきなさい」


 と言っているではないか。


「何したんですか博士?」

「……つべこべ言わず逃げるんじゃ!」


 と、デロリアン二号に乗り込み、TVのリモコンの五番を押す博士。すると壁が二つに割れ、外への道が現れる。


「こんな仕掛けいつ作ったんですか?」

「金田君、早く乗りたまえ。そしてシートベルトをつけるのじゃ!さあ!早く!もう後戻りはできんのじゃよ!」


 と、僕は無理やり車に押し込められてしまう。


「時空を超えるぞ!!」


 博士は叫んだ。


「降ろして!!」


 僕は叫んだ。


 アクセル全開で壁の間に現れた道にデロリアン二号は入っていき、パトカーの横っ腹を猛スピードで駆け抜ける。


「よし!高速に向かうぞ!」

「ああああ!」


 博士は、信号などは当たり前のように全く守らず、クラクションを鳴らし続け全速力で走行していく。


 しばらくして追ってきたパトカーも、どこで覚えたのかとんでもないドライビングで撒く博士。目が回る中、僕は、車が見事に高速に乗っているのに気がついた。


 そして心の準備もできない内に、デロリアン二号は時速百二十一・七キロに到達する。


 刹那、あたりが真っ暗になった。耳がキーンとなり、視界にあるのは前方の一点の光。


 僕らはその光に飛び込んでいった。


「……」

「……」


 光の先で、僕らはかわらず高速を走っている。


「……」

「……」


 しばらくの間、走行音しかない時間が続く。無言を撫でるように破ったのは、


「……やった、やったぞ金田君……成功じゃ」


 という博士の呟く声だった。


「……成功したんですか?本当?」

「ああ……、そうじゃとも……。パトカーがいないのが証拠じゃ!」


 そういえばサイレンの音が、とおもい後ろを確認してみると、本当にパトカーが一台もいない。


 しかし、あたりを見渡しても、前の景色となにも変わっていない。


「でも景色が何にも変わってませんよ」

「六年前じゃからな、そんなに変わってはないはずじゃ」


 センターコンソールのモニターを確認してみると、六年前の今日の日付が表示されていた。


 僕たちは、研究所へとゆっくり戻って行く。道中、あたりがちょっとだけ変わってるのがわかった。そこで、本当にタイムスリップしたのがやっと実感と共にわかってきた。


「じゃ、わしは昔の自分と会ってくるから。金田君も好きなところへ行きたまえ」


 研究所につくと、博士はそう言い残して中に入ってしまい、夜十時にここへ集合で自由行動になった。


 十時まで七時間ある。


 何しようか。


 たしか六年前のこの頃はというと、僕はコンビニでバイトしてた時だ。


 遠くからちょっと覗くぐらいにして見に行く事にした。




 いた。六年前の僕。


 帽子を深くかぶり顔を隠して店に入った。


 同じバイトの先輩と話してる。


「お前なんで会社辞めたの?」


 先輩が聞いていた。


「僕、毎日毎日会社勤めなんて嫌なんです。夢はミュージシャンになることなんですよ」


 そうだこのとき僕は、


「え、そうなの?何、ロック?」

「はい、そうです。忌野清志郎って人が好きでして、いやあ、いつかはああいうふうになりたいです」


 僕は会社勤めの人生がいやで会社を辞めて、


「誰?それ」

「ああ、半世紀以上も前に死んじゃった人なんですけどね」


 ミュージシャンを目指していて、……、でも僕は。


「ふーん、じゃあ曲とかも作ってるんだ」

「はい、毎日やってます」


 何もやらなかったんだ、毎日毎日ミュージシャンになると言いながら、何にもせずに暮らしてたんだ。


「実はな、俺も夢があって就職した会社すぐ辞めたんだよ。俳優を目指してるんだ。でもぜんぜんダメだよ」


 この時、この先輩は二十九で、僕は軽蔑してた。十年もこの人は何やってたんだ、こんな風にはならないぞって。


 たしか三ヵ月後か。この先輩が死んじゃうのは。あの時はショックでちょっと曲とか作り始めたんだよな。


 僕もいつまでも時間があるわけじゃない、人間いつ死ぬか分からないんだと思って、でもすぐ曲も作らなくなったんだ。


 ずっとそうだ。たまにやった曲作りも失敗続きで嫌になって……そんな僕ももう二十九か……。


「え、はい。そん時はただで入れてあげますよ」


 僕が有名になった時のことを話している。


 もういいや。


 僕はコンビニから出て、そこらへんを散歩してから研究所に戻った。


 戻ってみるとまだ五時を過ぎた所であった。博士と博士が楽しそうに話している。僕は別にやりたいこともないし、色々疲れたので十時まで眠ることにした。


「じゃあ、パトカーに追われるのは嫌だから、同じ日の夜十時に戻るぞ」

「はぁい……博士」


 僕は眠気眼で返事すると助手席に乗り込んだ。


 僕達は来た時と同じように高速を使い、未来に戻っていく。


 未来の研究所に戻ると博士が、僕だけを下ろして、これから警察に自首しに行くと言う。


 「大丈夫。君は無関係じゃから、それにこんな大発明じゃし、盗んだ理由も理由じゃし、そんなに重い罪にはならんよ。まあなったとしても失敗は成功の元、次に盗む時の参考になるじゃろ。じゃあな金田君、その時が来たら連絡する。また一緒に研究しようぞ」

 と、笑いながら別れを言って警察署へ向かう博士を、僕は見えなくなるまで見送った。




 ああ、タイムマシンの夢が叶っちゃったな。これからどうしようか。家に戻り、なんか考えた。

 しばらくして、僕は、ギターを押入れから取り出した。

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