1-13

***


「暖かい飲み物買って来たよ」


 選手交代して外の空気を吸いがてら買出しに行ってくれていた藤菜が部室の扉の前で言った。


「悪いな」


「いいのいいの。何もないと辛いでしょ」


 言って藤菜はホットコーヒーを俺の前に置いた。


「コーヒーで大丈夫? お茶の方がいい?」


「コーヒーで大丈夫だ」


 お茶を両手で握って俺の隣に座る。


「調子はどう?」


「あぁ。さっきの中ボスは倒したぞ」


「うそっ!? 早~いレベルもこんなに上がってる」


 ディスプレイから目を離さず、プレイを続ける。


「やっぱり君は天性のゲーマーだね。ゲームの天才だよ」


 そう静かに言ってお茶のキャップを回す。


「そんな事ない」


「そんな事あるよ。女々ちゃんも宗像君も言ってたよ。唯我は昔からあたし達よりゲームが上手いんだぁって」


「あいつら」


「本当に仲いいよね、君達」


「幼馴染だからな、お互い何でも知ってんだよ」


「羨ましいなぁ。幼馴染。私は転校が多いからそういう存在いないし」


 言って藤菜はお茶を飲んだ。


「もう転校しないでずっとここにいろよ。女々も蒔杜も、俺だってお前の事好きなんだから」


「ははっ。ありがとう」


 お茶のキャップを閉めて机に置いて、唐突に切り出した。


「……ねぇ。あのさ」


「あぁ」


「私が転校してきてここでゲームしたの覚えてる?」


「したな」


「その時さ、君が言おうとした事、私、さえぎったじゃない。あれあの時、君が言おうとした事当ててあげようか」


「えっ?」


 そこでゲームの手が止まり、視線を横の藤菜に移した。

 あの時、俺が言おうとしたーー事って。




「俺達、昔ーー会った事ないか? ……でしょ?」


 瞬間、心臓が激しく動悸して、あの日の感情が蘇ってくる。


「何で……分か……」


 そこで藤菜は俺の顔を見て優しく微笑んで言った。




「君は私の事覚えてくれていたんだね」


「藤菜……お前」


「少し昔話をしようか。私は幼少期この町に住んでいたの。近くには近所の子が集まる公園があって、そこでは当時、移植されたばかりの携帯ゲーム機版のとあるゲームが流行っていた。その子達と友達になりたくてそのゲームを買ってもらって公園に行ったんだ。そこである男の子と出会うの。その子はそのゲームが凄く上手で負けなしだった。私も何回も挑んだけど結局一度も勝てなかった。そこでね、悔しくて泣いちゃったんだ、私。それからお父さんの仕事の都合で私はこの町を後にした。そのあとその子には一度も会ってないの。でもね、その十年後、私はこの町に帰ってきた。そこで同じクラスメイトのある男の子に出会うの。見た瞬間、ひと目で分かったわ。その子がゲームで負けなしのあの子だってーー」


 藤菜は一幕開けて、言った。


「その当時流行ったゲームの名は、「にゃんこ☆ファイター」。その子がーー君なんだよね、天上唯我てんじょうゆいが君」


 瞬間、点と点は線になって、全ては一つになった。


「やっぱり……あの子だったのか」


 そう、俺のトラウマ。俺はその当時、そこで出会った女の子に恋をした。負けず嫌いで手を抜く事を知らなかった俺は、その子に連敗を叩きつけた。他の奴にもそうやっていたから、同じだと思ったんだ。


 でも違かった。好きな子を泣かせる事は当時の俺にとってかなりのトラウマになってしまった。それからだ。あの子を泣かせた『にゃんこ☆ファイター』も出来なくなり、ゲーム自体する事をやめた。


 それはきっと当時の自分なりの贖罪だったんだろう。



「何で覚えてくれてたの?」


「いや、それは……」


 本人の目の前で好きだったとは、言えずごまかしに入る。


「えっと、負けても負けても挑んでくる子だったから、印象が強かったのかも」


「そっか。私ね、あの後めっちゃ悔しくてめっちゃやりこんだんだから。いつかまた君に勝つために」


「そうだったのか。じゃあ、あの時の勝負さぞ悔しかっただろうな」


「そうだよ。まさかフリーズで試合が流れるなんて……ねぇ、だからこのゲームが終わったらもう一回、やろ?」


 首をこくんと傾げて、藤菜は言った。



「そうだな。そのためにも頑張ってクリアするぞ」


「うん」

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