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***


「皆さん、また明日。さようなら」


 教壇の前でもえちゃん先生の、小学校低学年の先生のような妙にスローモーションな挨拶でホームルームが終わり、放課後を迎える。生徒達が、もえちゃん先生に「じゃあね、もえちゃん先生!!」と声をかけて教室を出て行く。


 そんな中、俺も荷物をまとめて席を立つ。


 そしてそそくさと教室を出ようとして扉の前まで来た所で、両サイドを二人の幼馴染にがっちりロックされ身動きが取れなくなる。




「なぁに、帰ろうとしてんのかな~」

「逃がさないよ、唯我」




 二人が何故返してくれないのか、俺は知っている。そのせいか、はぁ~と溜息をついて言った。


「離せ。部室には行かんぞ」


 あばれて拘束を解こうとする。


「だぁめだよ、今日も部室でゲーム大会するんだから」


「さぁ、行こうか唯我。今日も楽しいゲームの時間だ」


 俺の意志などガン無視で、二人はずんずん俺を引き連れて、部室に向かっていく。




 部室。それはこの学校の文化系部活動の部室棟の一番端にある、滅多に人の来ない教室の事だ。元々は文芸部だったが部員の減少に伴い、

今は存在しない。残った部室を俺達が放課後の遊び場として勝手に使っている。言った通り、人も滅多に来ないのでばれる心配もない。仮にばれても僕達文芸部ですと言い張って、その為にわざわざ蒔杜が作った即席

ファンタジー小説を見せて難を逃れようという作戦もちゃんと立てているから問題ない。


 そして、その元文芸部で何をしているかといえば、先ほど二人が言っていたゲームだ。テレビとゲーム機を勝手に持ち込んで、下校時間までここでゲームをする。それが放課後の俺達の日課になっている。


 正確にいえば、俺は、俺だけは、日課をさせられている、だが。


 半ば強制的に幼馴染二人に部室に連行されて、奴らが持ってくるゲームをやらされる。


 これがまたしつこくて断るんだが、最終的に折れてゲームをやった方が楽なくらいにしつこく誘ってくる。


 俺の抱えるトラウマ。それは二人も知っているはずだが、一体何のつもりでこんな事やっているのか分からない。





「さぁ、今日のゲームはこれ! 『にゃんこ☆ファイター』!!」


 そう高らかに言って、蒔杜は懐かしいその古びたカセットを机に置いた。


「おぉ!! 『にゃんこ☆ファイター』懐かしい!! 昔みんなでよくやったよね」


 蒔杜の作り出したその雰囲気に同調するように、女々も乗っていく。


 俺はといえば、二人から少し離れた、テレビから一番遠い席に座って唇を尖らせる。


「ほら、唯我見て。『にゃんこ☆ファイター』だよ。懐かしいね」


 女々が机の上のカセットを拾い上げて、俺に見せてくる。


 それをぶすっと見て、昔を思い出す。





 にゃんこ☆ファイター。色んな種類の猫たちを擬人化させた2D格闘ゲーム。


 初めてやったのは、六歳か七歳の頃だった。その頃、その近隣では無双の強さを誇っていた俺は、挑戦してくる相手は誰でもその挑戦を受けたが、俺を超えるプレイヤーは現れず、そこで終わっていればいい思い出で終わったんだろうが、このカセットがいい思い出で終わる事は叶わなかった。


「よし、まず誰から対戦する?」


 女々がカセットにフゥフゥ息を吹きかけて、ゲーム機に差し込んで言った。


「その前にそこの自販機で飲み物買って来ようよ」


「あっ、そうだね。じゃああたし行くよ」


「俺も行くよ。唯我は待ってて。先に慣れプレイしててもいいよ、久しぶりでしょ? 『にゃんこ☆ファイター』」


 そう言って蒔杜は懐かしいコントローラーを俺に渡して、女々と一緒に部室を出て行った。


 狭い部室に一人にされて、俺はこの隙に帰ってやろうかと考えたが、後で女々が五月蝿そうだと思い、仕方なく席を立ってテレビの前の席に座り直す。


「……はぁ」


 ボタンを押すだけでいいのに手が震えてそれが出来ない。いつまで経ってもボタンが押せず、永遠スタート画面からデモムービーの繰り返し。


 昔はあんなに簡単に押せたのに。こんなにもボタンを押すのが怖いのは初めてだ。


 どうした、唯我。自らゲームを禁止しても、女々や蒔杜に言われて嫌々でもここでゲームなんてそれなりにやってきただろう。何でこのゲームになるとボタンが押せない。


 押せ。押せ。押せ。


 ボタンを……押……


 刹那、部室の扉が勢い良く開いて、それに驚いて勢いでコントローラーを床に落とした。


 すぐさま後ろを振り向いて何事かと確認すると、部室の扉の前にーー転校生、藤菜たんぽぽが立っていた。


「うっわ~埃が凄いな、でも秘密基地にしてはいい秘密基地ね」


 そして、部室をきょろきょろ見ていた藤菜と目があった。


「やっほー」


 陽気に手をひょこっと出して、挨拶をした。


「何かと思えば、転校生か」


 肩を撫で下ろして言うと、藤菜はそれを聞いてぷくーと頬を膨らました。


「藤菜たんぽぽ。私、その転校生って呼ばれ方好きじゃないんだよね」


「それは、悪かった藤菜」


 すぐに訂正すると、それを見て藤菜はぷふっと拭き出した。


「何か、変だったか?」


「いや、君、律儀だなって思って……でもいいと思うよそういうの」


 はぁ……とたじたじしていると、藤菜は俺の後ろの画面に映った『にゃんこ☆ファイター』のスタート画面を見て反応を見せた。


「あっ、それ。そのゲーム『にゃんこ☆ファイター』でしょ? 私もやったことあるよ。面白いよね」


 そう言って藤菜は俺の隣に来て、床に落ちたコントローラーを拾い上げて、ボタンを押した。


「何でゲームあるの? しかもテレビまで」


 『ふたりで』、『対戦』を選択しながら、テレビの画面を見たまま聞いてきた。


「持参だよ。放課後はここで隠れてゲームしてんだ。俺は嫌々だが」


「へぇ。いいじゃん楽しそう」


 言ってキャラセレクト画面でキャラを眺めて言った。


「いたいたペルシャ。これ私の持ちキャラ」


「それ隠しキャラの奴か」


「そ。君の持ちキャラはどれ?」


「俺は……アメショー」


「可愛いよね、この子」


「スタンダードだから使いやすいんだよ」


 藤菜は他にもキャラを見回したあと、一言ぽつりと言った。


「やらない? 私このゲーム得意なんだ」


 当時の無双時代の俺なら、迷わず受けているだろう。そもそも、ゲーマーとしては、挑戦は受けなきゃ恥だ。だからこの場面、受けるのが正解なんだが……


「悪い」


「そっか、残念」


 今の俺はこのゲームを当時と同じように楽しむ事は出来ない。つまり、それは全力じゃない。そんな半端に戦っても藤菜に悪い。


 これでいい。そう、これで……


「なぁ、藤菜」


「ん?」


「一つ聞きたい事があるんだが」


 平静装っていたが、今もつっかえてるこの気持ち。聞いてしまおうか。





「俺達、昔ーー」


「ストップ」





「何だ?」


「じゃあそれを賭けよう。私に勝てたらその質問に答えてあげる……どう、やる?」



 誘導の上手い奴だ。それはつまり断ったゲームを俺とやろうって事じゃねぇか。



「ならいい。何か悪かったな」


「……そんなにやりたくないこのゲーム」


「ちょっと訳ありでな」


「ふーん。じゃあ何でこれ起動してたの?」


「さっきまで幼馴染もいたんだ」


「そうなの。まぁ、無理には誘わないけどさ、君はそれでいいの?」


 そこで藤菜は持っていたコントローラーを置いた。


「いいって、何が?」


「いや、私の観察眼では君相当のゲーマーだよ」


 当たってはいる。……かつての話だが。


「そんなゲーマーの君に、私は挑戦を申し込んだわけだけどさ、本当に君がこの挑戦を受けないのなら、私は戦わずして君に勝つわけなんだけど」


「君は本当にそれでいいの? ゲーマーとして許せるの? それは君の本当の気持ち?」


 真っ直ぐ俺を見て、真剣な眼差しで藤菜は言った。


 戦いもせず、勝敗を決するなんてーーいくら今ゲームが嫌いでも、元ゲーマーだったとしても、そんなこと言われればやらないわけには行かない。


「ずいぶんと大胆な挑発だな……いいぜ、受けてやる。後悔すんなよ」


「ふっ。君なら受けると思った。君は私と同じ目をしているから」


 お互いに口角を上げて笑いあうと、俺は机に置かれた2Pのコントローラーを持って画面を見た。


 キャラセレクト画面でアメショーとペルシャを選択して、対戦画面を待つ。


 レディファイト!! の掛け声で対戦が始まり、懐かしいボタンの連打音が部室に響く。


 格闘ゲームとは、詰まるところ相手の懐に入るタイミングといかにコンボを繋ぐかが勝利のカギになってくる。

 その為に必要なものはどのボタンでどんな行動をするか、どの入力でどんなコンボが出るかを頭に叩き込み、そして咄嗟の判断力も必要になってくる。

 後は、速度。相手より早く正確にコマンドを入力して、体力ゲージを削る。

 中にはガチャプレイというものもあるが、これは初心者がよく使う戦法で、たまに勝てる初心者御用達のプレイスタイルだ。


 お互い全く一歩も引かないデッドヒートが続く。削っては削られ、削られては削っての繰り返し。その間の会話は一切なし。一心不乱にコントローラーを乱してボタンを押す。お互い真剣なのがわかる。



 体力ゲージがわずかになり、どちらかが一発入れれば勝敗が決する場面。心臓が張り裂けそうな緊張との戦いの中、突如それは一瞬の出来事の様に起きた。


「唯我!! ジュース買って来たぞぁ!!」


 ジュースの買出しから帰ってきた幼馴染二人が高らかにそう言って部室に入ってくる。その声に驚いた俺達は思わず背後を振り向く。その時、身体が当たってゲーム機の置いてあった机が激しく振動し、その影響で白熱奮闘中の『にゃんこ☆ファイター』のゲーム画面はびらびらと黒い斑点が出現し、ガードするアメショーと攻撃を打ち込むペルシャが静止したーーいわゆるフリーズ状態になった。


「「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 息ぴったりに俺と藤菜は声を揃えて大声を上げた。


 その声に驚いた幼馴染二人はその場で身をたじろいで、状況分からないまま困惑する。


「何々、何事? ……ていうか、唯我が私の留守中に女の子連れ込んでるぅ!!」


「転校生の藤菜さんだね」


 慌てる女々の横で炭酸飲料を両手に持った蒔杜が冷静に言った。

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