1-3
「唯我ぁ~一緒にお昼食べよぉ!!」
時はお昼休みに入り、カバンから弁当を取り出そうと机の上に上げると、陽気な声と共に大きな包みを持った女々がこちらにやってきた。その後ろには蒔杜の姿もある。
お昼になると大体の生徒が食堂に行ってしまう為、近くの空いた机をつっつけて弁当を机に置いて席に座る。みんなが机に弁当を置いていく中、
「あれ?」
「どうした唯我」
熱心にカバンを
「……弁当が、ない」
視線をカバンから蒔杜に移動させて、気だるそうな顔をして席を立った。
「忘れたみたいだ。食堂行ってくる」
カバンから財布を取り出して、席を外そうとする。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突如発せられたその声は教室中に広がり、皆の視線を総取りし、あっという間に注目の的になった。
「ちょいとお待ちなせぇ。そこ行く唯我さんよぉ!」
上履きのまま椅子に足を片足だけ乗せて、紋所でも見せ付ける様にしてその手のひらに絶妙なバランスで乗る包みを俺に突き出してきた。
「うるせぇよ、何だよ」
塞いだ耳を開放し、俺の右手にいる女々に向き直る。
「何を隠そう唯我のお弁当を持っていたのは……ドロドロドロドロドロドロドロドロジャン!! このあたしだ!!」
「返せ。バカ」
正義のヒーロー顔負けの決めポーズにどう? 決まった? というキメ顔の女々を尻目に颯爽とその頭に手刀を振り下ろして、弁当箱を奪取する。
「あいだ……何すんのさ唯我。あたしが唯我のお弁当を持ってたのにはちゃんと理由があるんだよぉ~」
痛そうに頭を押さえながら、女々は席にちょこんと座った。
そんな女々を眺めながら、奪取した弁当箱を大事に抱えて言い放つ。
「その理由とやらを三行で述べよ」
「唯我のお弁当を持つ事で
お昼の色々な実権を
握りたい」
「そんな事で人の弁当かっさらうな」
脳天にもう一発。
「あいだ……そんな事とは何さ! これはあたしと唯我のスキンシップの為に大切な事なんだよぉ!!」
「実権を握るものをスキンシップとは言わねぇ」
「だってだって、唯我の食べる物はあたしがちゃんと管理しなきゃだし、一緒に食べるのは当たり前として、唯我にあたしの作ったお弁当、あたしが食べさせたいし。唯我はそこにいるだけでいいんだよ? ねぇこれって何だかお得じゃない?」
「お得じゃねぇ! 公衆の面前でそんな事されてたまるか!」
「え? じゃあ家だったらいいの?」
「そういう意味じゃねぇ!!」
ツッコんでもツッコミきれないボケとツッコミの猛ラッシュに疲れ俺は、抱えていた弁当箱を机に置いて席に座った。
「はぁ~疲れた。なぁおい、蒔杜も何とか言ってくれよ」
そう言って正面の蒔杜の方に顔を向けると、口の中に弁当をパンパンに詰め込んでハムスターみたいになる蒔杜と目が合った。
「いや、先に食ってるぅ!!」
お前までボケにまわんのかよ、勘弁してくれよと心の中で吠えて、思わず、ツッコンでしまった。
「ほへん。ほはかふひはっへ」
「うん。とりあえず口の中のもの無くなってから喋ろうな」
言われて膨らんだ口をもごもごさせて、咀嚼する。
「ぷはぁ。ごめんごめん。また
「夫婦漫才じゃねぇ」
蒔杜ははははと笑って机の上に置いたお茶に手をつけた。
「はぁ、もういい。俺も食べよ、ツッコミに労力持ってかれすぎた」
ツッコミって意外とカロリーの消費凄いんだぜ。
ようやく目の前の包みに面と向かって対峙する。ゆっくりその包みを開けるとそこに現れたのは、俺のいつも使っている弁当箱じゃなくて、大層立派な漆塗りされた真っ黒いお重箱だった。
「何これ……」
ようやく弁当にありつけると思った矢先のボケなのかマジなのか分からない状況に、力ない声がぽつりと零れた。
「ふっふっふ。ようやっとその包みを開けよったのぉ。それこそがあたしことメメ・アイハトの作った食べれば虜、超美味メメちゃん弁当だぁ!!」
自信満々に腕を組んで、ふんふん鼻息を鳴らし、女々が席からばっと立ち上がった。
「……いや、俺の弁当は?」
「ん? これだけど?」
「じゃなくて、いつもの黒い弁当箱の」
「ないです」
「何故」
「言ったでしょ? 唯我のお弁当は私が作るんだって! だから唯我はこれを食べるのぉ」
「いや、答えになってない。俺の弁当箱はどこだって聞いたんだが」
「……お
瞬間、俺は右手を手刀にして振り上げる。
「ちょ!? ちょっと待って! 大丈夫だから」
「……何が?」
上空でぴたっと手刀を止める。
「確かに唯我を起こしに行った時、おばさんの作ったお弁当置いてあったけど、このまま置き去りは申し訳ないと思って『ちゃんと』あたしが綺麗に平らげたから!!」
「何、勝手に人の弁当食ってんだぁ!!」
今日一の手刀が女々の脳天に直撃した。
「あいっだぁい!!」
そのまま女々は自分の使っていた机に痛そうな音と一緒に倒れ伏した。
見れば周りはみんなこっちを見ている。
「みんな食事中悪かった。事は終わったから優雅なランチを続けてくれ」
言い終えて席に着くと、重箱のふたをかぱっと開ける。
そこには言うだけの事はあってかなり美味そうな料理が並んでいた。見た目だけではなくしっかり色合いや健康に気を使ったお店負けしていない弁当だ。その色鮮やかな料理の中から、じゃがいもの煮っ転がしを箸で挟んで口に運んだ。
「……どう? おいし?」
机に倒れ伏していた女々は、味の感想が気になったのか、ひっそりとこちらを見て上目づかいに聞いてきた。
「……美味い」
暫しの間の後にぽつりと感想を述べた。
「本当!? 本当に美味しい? ねぇねぇどう美味しかった?」
さぞかし褒められて嬉しかったのか、女々はその身体をぐいっと俺に寄せて、迫るように執拗に聞いてくる。
「ちょ、近い少し離れろ」
「だってだって唯我に褒められちゃったんだもん!! ねぇ、蒔杜聞いてた今の」
「うん。良かったね、女々」
それに女々は「うん!」と子供の様に無邪気に顔を縦に振った。
正直に感想を言っただけなんだが、見た目も味も本当によくできている。
「本当に美味いぞ。ほら、蒔杜も食ってみろよ」
言って俺は蒔杜の方に重箱を押して言った。ありがとうと俺と同じじゃがいもの煮っ転がしを一つ摘むと、口に運んだ。
「ホント、美味しいよこれ! 味付けが唯我の好み通り完璧。こりゃ将来女々は唯我のいいお嫁さんになるね」
ニコニコして言った蒔杜の言葉に照れたのか、「もぉ~そんな照れるじゃん」とまんざらでもなく、後頭部を撫でる女々。
「ところでお前の弁当は?」
お重箱は二段になっていたが、下は埋め尽くす程の白米が敷き詰められていて、見たところそれは一人分の弁当だ。
「ん? あたしはこれから食堂だよ」
「はい? 自分の分の弁当ないのか?」
「うん。唯我に食べてもらうんだから、力入れて作らないといけないからね」
つまり、この“超美味メメちゃん弁当”を作る時間で自分の分の弁当を作る時間がなかったと……
「頑張って作って自分の分の弁当がないって本末転倒じゃねぇか」
「いやいや、本末転倒なんかじゃないよ。あたしは唯我の為に頑張って作ったんだから。だからそれちゃんと完食してね!」
「いや、俺の為に作ってくれた事はありがたいし、完食するのが礼儀かもしれないけど、弁当ない奴の前で食べるのは気が引けるし、お前もこれ食べろよ」
蒔杜の手前にあった重箱を女々の前に置く。
「いいの! これは唯我が食べて!」
言ってその重箱を俺の方に押し戻す。
「あたしには考えがあるんだから」
「考えってなんだよ」
「聞きたい?」
少しいたずらな表情で口をにぃと横に広げて言った。
「俺にはその権利があるだろ」
「ほほぉ~……ならばこれを見よぉ!!」
言って女々は席から立ち上がると、座っていた椅子に自分の艶かしい脚を片方勢いよくばんと置いた。
「……いや、分かんない」
いきなり脚を見せられても、どうリアクションしていいか困る。
「あたしは知っているよ。唯我の……せ・い・へ・き!!」
「ぶっ!!」
突然の発言に目の前の重箱を飛び越えて、正面に座る蒔杜に飛沫がぶっかかった。
「ちょっと~唯我汚いよぉ」
「わ、わりぃ蒔杜。……女々!! いきなり何、言いやがる!!」
席を立ち上がってブレザーのポケットからハンカチを出して、蒔杜に渡して女々を見た。
「この間、唯我の部屋で見つけちゃったんだぁ~ベッドの下に落ちてた『むちむち☆図鑑』」
瞬間、俺は教室中に響く大音量で声を上げ、慌てて女々の口に海老のてんぷらをぶちこんだ。
「ゆいはぁ!? んぐっ……はにふほには!! はうのふほほ!!」
「どうした女々。そんなにお腹が空いたのか? 慌てなくても弁当はまだこんなに残ってるから安心しろ!!」
「ひぬっ!! のどにつまっへ……ひぬっ!!」
「え? なんて? 全然聞き取れなぁい」
気がついたら真っ青な顔の女々がもがいて、後ろに転げて倒れた。
どんがらがっしゃ~んと物凄い音と共に引っくり返った女々を確認して、周りを見た。
「みんな食事中何度も悪かったな。事は終わったから甘美なランチを続けてくれ」
いい終えて再び席に着き、弁当を食べ始める。
「海老の尻尾……口に刺さったぁ」
床からゾンビみたいにぬっと机を這いづって戻ってきた女々に蒔杜がお茶を手渡した。ずずずとお茶も
ほっこりした所で話を思い出したのか、話し始める。
「それでね、唯我はむちむちが好……」
「俺を殺す気か!!」
学校でそんな事暴露された日にゃ、俺はこの学校を去らねばならなくなる爆弾発言にチーちくを今度は口に押し入れて口を塞ぐ。
「ふぁなしほぉきひへ!!」
「女々、はいお茶」
「あっ、ありふぁと……ずずず。……ふぅ、落ち着く。じゃなくて唯我は……」
「分かったから続きを話せよ」
「……だから、そういうのが好きだから、見て!! この磨き上げられたあたしのぼでー」
「ボディな」
「そう、唯我の好きな体型に近づく為にあたしは、カロリーをたくさん摂取しないと行けない訳よ! そこで、食堂のこってり豚骨ラーメンの出番って訳。これであたしはどんどん唯我の大好きなむちむ……じゃなくて理想の体型になって唯我もあたしの事好きになってばんばんざいってね」
「……俺はお前の事嫌いと言った覚えはないし、後お前は根本的な事を勘違いしている」
俺は女々の方に向き直って、世紀末にいそうな濃ゆい顔で説教モードに入る。
「いいか。むちむちとはやたらめったらに物を食えばいいという事ではないのだ。暴飲暴食で得た体型などむちむちとは言わん……そんなものただのデブだ!!」
「はっ!?」
女々に衝撃が走り、その周りには太く細く繊細にかかれた集中線が漂う。俺の横からは「むちむちって言っちゃったよ」と蒔杜の声が聞こえたがスルーだ。
「よく覚えておけ。むちむちとはデブではない。太っていないが肉付きが良いその維持するのが極めて難しい絶妙なライン。それこそがむちむちだ。貴様が成ろうとしているものはむちむち好きを怒らせる愚体も同然よぉ!! その事に恥を知れぇ!!」
そこではっと我に返って咳払いをして、今の風体をやり過ごす。
「ごめんなさい!! あたしが間違ってました!! 危うく唯我の理想体型じゃなくなる所だった」
気づくと女々は床にひざまついて、俺にぺこぺこ頭を下げていた。
「やめろ。分かったから……って誰が理想体型だって?」
頭を下げる途中の動作でぴたっと止まって、女々は顔を上げて言った。
「あたし」
「……はい?」
「今の話なら、あたしむちむちだよね?」
「……」
暫し長考して、
「
目をかっ開いて、驚愕する。
「てか、あたし食べても太らない体型だった。てへ!」
「確かに女々の太った所見たことないね」
俺の正面でハンカチを握ったままの蒔杜が呟いた。
「でしょ。……あれ? えっと、じゃああたしどうすればいいんだ?」
女々と目が合った。
「……これ、食うか?」
目の前の重箱を女々見せて言う。
「……食べる」
今日も俺たちのお昼は平和だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます