1-2
***
「はぁ……二人とも……はぁ……待ってよ~」
並列して走る俺と女々の背後から蒔杜がだらしない声をあげた。
「おい、蒔杜。早くしないと間に合わないぞ」
俺はその場で足踏みをしながら、後ろの蒔杜を見て鼓舞する。
「ほぉら~蒔杜ファイトぉ!! 校門はすぐそこだよぉ!!」
横にいた女々は蒔杜の所まで戻ると、背中を押して応援する。
「ありがとう二人とも」
勉強は出来るが運動がからっきしな蒔杜はこの通り本当に体力がない。このように時間ぎりぎりの登校の際は必ずこうなる。まぁこれも今更な事だし、誰にでも得手不得手はある。楽に行こうじゃないかとあまり気にしていない。
とはいえ苦手な持久走でも笑顔を絶やさないとはデキる男はやはりやる事が違う。
「よし言いだしっぺ。あと少しだ頑張るぞ」
汗だくで息を切らせながら目の前まで来た幼馴染の肩に手をぽんと置いて口角を上げる。
「「「間に合った~」」」
息ぴったりに三人の声は綺麗にハモり、昇降口に雪崩れ込んだ。
流石に校門の手前から昇降口までノンストップでランウェイは息が切れる。蒔杜はもちろん俺も酸素を吸って二酸化炭素を吐く工程を繰り返し、息を正常に整える。
「もう二人ともだらしないな~」
そう言う女々は俺らの前にどどんと仁王立ちで自慢の八重歯を見せ付けてくる。その様子に全く疲労は見えない。というのも俺ら三人の中で女々が一番運動ができる。女子に体力で負けるのは男子としては軽く凹む事だが、俺らは「子供は風の子、元気な子」ではない。もっぱらインドア派の人間なんだ。
「ほら、まだ教室じゃないよ」
昇降口のすのこにへばりつくように倒れ伏していると、仁王立ちのまま、女々が俯瞰で俺らを見て言った。
「あっ、そういえば今日うちのクラスに転校生が来るんだって」
「転校生? こんな時期に?」
制服で額の汗を拭って、ワイシャツの胸元をぱたぱたしながら言った。
「珍しいよね。これは愛鳩ネットワークで得た情報なんだけどね」
女々はその性格からみんなに好かれるキャラであるために、人より人の付き合いが多い。その為、情報はすぐに入手できるらしい。
にしても今は四月の中旬。転校の時期にしては、ずれているし妙におかしい。
ようやく落ち着いた俺らは立ち上がると、昇降口から教室に歩き出す。女々もそこに混ざって歩みを進める。
「もしかしたら、帰国子女だったりして」
蒔杜が冗談交じりにはははと笑いながらそう言った。
「金髪で超スタイルよくてぇ」
階段を上りながら、女々と蒔杜がバカ話を始める。それを俺は隣で黙って聞く。
二人は転校生に興味津々のようだが、正直俺はそんな気になってない。冷めてる言い方かもしれないが、転校生自体はどこにでもいるし、入ってきても別に仲良くしないわけではないが、まぁそれなりにクラスメイトをするだけで俺とそいつの間に何かがあるわけじゃない。
俺は女々と蒔杜と今まで通りの関係で、学校でもクラスメイトとそれなりの関係を持ててればそれでいいんだ。
と、思っていたはずだったのに。
神はそいつが乗り越えられる試練しか与えないなんて事を聞いた事があるが、いくらなんでもこれは無慈悲だ。神も仏もいない。
俺のトラウマをこんなに的確に突いてくるとは、この神は相当性格が捻じ曲がっているに違いない。
「今日は転校生を紹介します!!」
我らが担任の新任教師にして小学生体型の、もえちゃん先生こと萌先生が今日も元気良く適度な緊張を持って、高らかにそう言い放った。
外野が「よっ、もえちゃん先生今日も日本一」だの「もえちゃん先生頑張れ!!」や「もえちゃん先生可愛いぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」等様々なエールを送っている。
みんな、ありがとうぐすんと生徒の熱意に涙しながら、もえちゃん先生はホームルームを続ける。
「転校生の
もえちゃん先生の一言で前の扉ががらっと開いて、一人の女生徒が中に入ってきた。
腰まで伸びた黒髪に海のように綺麗な蒼い瞳。すらっとした体型に華奢な身体。容姿端麗とはこの子の為にある言葉だと思える程に、綺麗で、美しくて、聡明でーーそして懐かしかった。
突如として心臓の動悸が激しくなり、胸が苦しくなる。
何だこの気持ち……苦しいのに何だか愛おしい。
古い記憶の彼方にしまい込んだ
俺は、あの子を知っている……そう、彼女は……
俺にとって忘れる事の出来ない重要な人物。……藤菜たんぽぽ。
かつて一緒に遊んだ古き友。そして、俺のトラウマの元凶とも呼べる人物。
神様は本当に意地悪だ。
人間誰だって思い出したくない苦い思い出の一つや二つ持ってるものだが、そんなものをわざわざ俺の前に出して乗り越えろとでもいうのか。
「藤菜たんぽぽ。父の仕事の関係で一度はこの地を離れてましたが、またこうしてここに戻ってきました。これからどうぞよろしくお願いします」
そう言って丁寧にお辞儀をすると、ぱっと顔を上げてにこっと笑った。
一瞬の沈黙の
唐突に盛り上がった教室の様子にもえちゃん先生は右往左往あたふたして、全力の大きな声で必至に生徒たちを
「みんなぁ~静かにしてぇ!!」
その努力空しく、もえちゃん先生の声は生徒達の声に簡単にかき消されてしまう。
お祭り騒ぎの教室で心に変なつっかえを感じつつ、俺はうっささのあまり両耳を塞ぐ。そのまま顔を蒔杜の方に向けると、祭りごとが好きなのか、賑やかなのか好きなのか、楽しそうにニコニコして笑っていた。
「皆の衆ぅぅぅぅぅぅ!! だまらっしゃーらっぷ!!」
教室の騒ぎより大きな声でそう言い放ったのは、納得というか、やはりというか女々だった。
教壇の前でいう事を聞かない生徒達にどうすればいいのか、分からなくなって涙をぽろぽろ流すもえちゃん先生をかばう様に教壇に登って両手を大きく広げて激しく皆に抗議していた。
「愛鳩さん……ぐすっありがとう。でも教壇からは降りましょうお行儀が悪いですから」
「……はい」
女々は一瞬間を開けて、素直に教壇から降りた。ゆっくり降りてそこから女々の演説は始まった。
「みんな! 始業式の時の事忘れたか! 新任のもえちゃん先生は私達2-Cで守ろうと熱く心に刻んだではないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「はっ!? そうだった俺達は一体何をやってたんだ!! 担任一人救えないで何が立派な生徒だ!!」
「そうよ。……ごめんねもえちゃん先生!! 私達もうもえちゃん先生を一人にはしないよ!!」
「そうだぁ!! もえちゃん先生は俺たちが守るんだ!!」
何か女々の演説でクラスのみんなが妙に暑苦しい方に一致団結していた。
「み、みんなぁ!!」
「もえちゃん先生!!」(生徒一同)
俺、蒔杜、そして今回の主役だったはずの転校生、藤菜以外の生徒と、嬉し涙を流すもえちゃん先生は、感動の再会みたいな、掛け寄って抱きしめあうあれを、教壇周辺を贅沢に使って行っていた。
その教師と生徒の感動シーンを見て、蒔杜は両手をあごの下において頬づえをついて楽しそうに眺めている。
気がつけば、俺の真横に移動していた転校生が前の寸劇を見て軽く引いた表情で俺に話しかけた。
「あーえっと、このクラスっていつもこんな感じ?」
「あぁ、ごくごく普通の通常運転だ」
「あら、それはまた愉快なクラスに転入したみたい。……私どうすればいいかな?」
「そこの空いた席にでも座ってればいいさ」
俺の左隣の空席を指差して言った。
「あ、うん。そうする」
この寸劇が一限開始ぎりぎりまで続いたのは、言うまでもない。
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