第一章 崩れる秀才、残念な天才

 一位と二位。

 下位の者からしてみれば、どちらも大差ないように思えるのかもしれないが、両者には明確な差がある。例えばオリンピックで銀メダルを取って涙を飲む選手がいるように、二位は一位に敗北しているのだ。成績からしてみれば十分なのに、素直に喜べない。これは当事者にならないとわからない気持ちなのだろう。

 悔しさをバネにして、次回頑張ればいい。この言葉は至極正論なのだが、もし次回がなかった場合はどうだろうか。一位と二位の差は歴然となるだろう。

 さて、高校において定期試験というのは誰もが順位付けされる機会の一つだ。定期、というのだから基本的に次が存在するわけだが、例えば、入学して初めての定期試験というものは一度しかない。そしてさらに、例えば、「入学して初めての定期試験で一位を取れなかったら罰ゲームだぞ☆」と中学からのクラスメイトの女子に言われたとなれば、二位(以下)というものは完全なる敗北でしかない。例えばね、例えば。

 俺は廊下の掲示板に貼られた中間試験の順位表を眺める。

「…………二位、か……」

 罰ゲームが決定した瞬間だった。

 奏星学院では、試験の上位者はこうして掲示板に名前が貼り出される。

 上位者だからといって、何か商品がもらえるというわけではないが、部活によっては上位者が多いと少しばかり優遇されるという噂はある。部活に所属していない俺には関係ないことだけど。

 とは言え上位に名前が載ることは名誉なことに変わりはない。しかも今回はこの高校に入学して初めての試験の結果だ。当分、話題が試験結果で持ちきりなのは想像に容易い。

 もちろん、二位は試験の結果として悪くはない、むしろ良い方だが、今回は諸事情で一位を取らなくてはいけなかった。いや、それ以上に準備万端で手応え十分だった試験でトップの座を譲ったことの方が悔しかったのかもしれない。

「くそっ、一位取りたかったな……」

 誰にも聞こえないような声で本音を呟く。

 自分はどちらかと言えば秀才タイプだ。授業を一回聞いただけではすべてを理解できるわけもなく、毎日の復習をしっかりこなして良い成績を残してきた。今まではそれで十分だった。だって、それ相応の努力さえすれば、天才と呼ばれる人種に勝てたのだから。

 しかし、これからはそうはいかないようだ。

「叶……数理?」

 俺の右隣に書いてある――つまり一位のヤツの名前を読み上げる。

 叶数理。聞いたことない名前だから、きっと他のクラスのヤツなのだろうが、だいぶ変わった名前だ。疑問口調で読み上げたのは、名前からは性別が判断できなかったからだ。

 点数も二位の俺とだいぶ離れていて、ほぼ満点近い成績を叩き出している。逆にどこを間違えたんだとツッコミを入れたいぐらいだ。ともかく、天才と呼ぶに相応しい成績だった。

 まさしく越えられない壁の出現に、がっくりと肩を落とした。


「あきらーん! おはよー」


 威勢のいい挨拶とともに、落ちた肩を叩き上げるような強打をもらう。

 後ろを振り向くとそこにはショートヘアーがよく似合う、活発な少女。

「あっ、もう上位者のヤツ貼り出されてるんだ。って、おおっ、あきらん、二位とかやるじゃん!」

「そういう牡丹はどうなんだよ?」

「赤点はないぜ!」

「それは胸を張って言えることじゃないぞ」

 彼女は霧島牡丹。中学からの幼なじみだ。

 見ての通り明るいヤツで、交友関係も広い。高校でもクラスが一緒で色々とお世話になっている。

 見た目は恋愛小説なんかに登場する少しボーイッシュなヒロインと言ってもさしつかえがないだろう。あくまでも見た目の話ですけどね。

「私のことはさておき、あきらーん、二位だったよねー。約束、覚えてるぅー?」

 突如、声色が変わる。

 さてさて、全力でごまかしにいかないと……。

「なあ牡丹、試験の成績なんかじゃ人は計れないと思わないか? 何事も可視化、数値化できた方が判断は容易になって、相対的な価値付けは可能となるけど、数値だけでその人のすべてを理解できるものなのかな。確かに、何らかのデータがあった方がその人を判断する材料にはなるけど、本当に大事なことはデータに表せないところに存在すると思うんだ。長年の付き合いだからこそわかる、相手のいいところ、悪いところってのがあってさ、それらをお互い受け入れることで本当にいい関係というのが築けるってもんじゃないか。俺と牡丹は中学からの付き合いで、今では気が置けない対等な――」

 ボイスレコーダーをひょいと取り出す牡丹。

「――スイマセンでした」

 情報化社会の下、為す術もない男がそこにはいた。傍から見れば全然対等な関係ではなかった。

「こんなもの見せなくても、あきらんは約束を破るような薄情な男じゃないよね?」

「……おう、当たり前……だろ」

 牡丹の生き生きしたセリフに死んだような言葉しか返せなかった。


* * *


 何と言うか……そわそわしていた。

 来るなら早く来て欲しい。いや、でもやっぱり来ないで欲しい。そんなもどかしい気持ちで、俺は教室の自分の席でただただ待っていた。

 そして、扉は開かれる。俺の視界に長身で、制服をだらしなく着崩した優男――永井雄太が映った。


「おはよー、あきらーん……ってどうした、真剣な顔しちゃって?」


 来た。来やがった。

 俺は雄太が教室に入って来ると同時に席を立ち、ヤツの前へと歩みを進めた。

 …………ヤバい、めちゃくちゃドキドキする。

 おそらく、この緊張は恐怖からくるものなのだろう。だって、これから俺が言うことは、今後の俺の人生を左右しかねない発言なのだから。

「どうしたの、あきらん」

「雄太、お前に話があるんだ」

「な、なんだよ、改まって……」

 俺は真剣な顔つきで永井雄太を見つめる。


「実は、俺、お前のことが……好き、なんだ…………」


 ドサッ、と雄太が鞄を落とす。

「あ、あきらん…………そ、それは友達としての『好き』だよな?」

 動揺を隠し切れていない雄太の顔が目に映る。

「いや、俺の『好き』は……なんて言うんだろう、夜景が綺麗な高級ホテルで、二人おそろいのパンツを穿いて、一緒にツイスターゲームを興じたい、そんな『好き』なのかもしれない…………」

 周りからどよめきと軽蔑の眼差しが感じられるがきっと気のせいだろ。というか、気のせいであれ。

 そう、俺と雄太は今から二人だけの世界に堕ちていくんだ。周りなんて関係ない。

「おかしいのはわかってる……。でも……でも……どうしてもこの気持ちを伝えたかったんだ!」

 俺は死んだ魚のような目で目の前の男を見やる。

 妙に赤面している雄太がそこにはいた。

 うわぁい、気持ち悪い。

 でも、俺はまだ言わなければならないことがある。

「だって、俺のグングニルが毎晩お前のことを思ってオートマチックにエクスプロージョンするのが――って言えるか! こんなセリフ!」

「あっ、あきらん! 私の指定したセリフ、まだ全部言ってない! キスシーンまでが約束だったでしょ!」

 いやぁ、勘弁してくださいよ、牡丹さん……。

「あきらん! 俺、あきらんにそんな寂しい想いをさせていたんだな……。俺で良ければ――」

「近づくな! 気持ち悪い!」

 抱きついてこようとする雄太に、その顔面を蹴り飛ばす俺。

 いや、もう限界です。


 ――――数分前


「…………なあ、本当にこんなこと言わないといけないのか……」

「えっ、別に言わなくてもいいけどぉー……」

 そう言いながら牡丹はボイスレコーダーを俺に見せつけてくる。

「スイマセン、喜んでやらせていただきます」

「うん、よろしい」

 ……くそっ。

 俺は牡丹からもらった紙に書かれたセリフを必死に叩き込んでいた。

 試験で一位を取れなかった罰ゲームとして、俺は牡丹に『永井雄太に対して所定のセリフを言う』ことを課せられていた。ご丁寧なことに、セリフには雄太の反応に対して細かく対応が書かれていた。どう考えても短時間では覚えきれない量のセリフだと牡丹に主張したが、「学年二位が何言ってんのよ。それに新入生代表挨拶で長い文章喋るのは慣れているでしょ?」と一蹴された。

 別に雄太に対して変なセリフを言うのは構わない。どうせアイツもギャグ、というより牡丹が原因だとわかってくれるからだ。たぶん。きっと。

 しかし、問題なのは場所と時間だ。雄太がやってくる時間は朝のHR間近でクラスメイトも教室に集まっている。したがって注目を回避するのはどうあがいても難しい。


 そして現在、優等生というレッテルが変態というレッテルに張り替えられた瞬間だった。


「みんな! これは罰ゲームだから本気にするなよ!」

「えっ、あきらん……俺はいつだってあきらんのことを受け入れる準備はできているというのに……。ヒドいっ!」

「やめろ! これ以上傷口を広げるんじゃねぇ!」

 もう一度、雄太を蹴り飛ばす。

「全部のセリフは言ってくれなかったけど、しばらくはネタに困らないから良しとしてあげよう。ちゃんと録音したし」

「テメェ! 鬼か!」

「いんや、ただの腐女子だよ」

 満面の笑みを伴う牡丹のセリフに俺はがっくりとうなだれる。


 牡丹は出会った当初から残念さを見せつけてくれた。

 中学三年の時に初めて同じクラスになったのだが、その時、牡丹が俺にかけた言葉は、

「君、誘い受けっぽい顔してるねー」

 だった。当時の俺は腐女子という存在自体よく知らないわけで、牡丹の言葉の意味がまったくわからなかったわけだが、今となっては牡丹のおかげ、いや、牡丹のせいでBLの素養がある程度ある。まったく欲しくもない素養だが。

 ちなみに未だに誘い受けっぽい顔が一般にどのような顔なのか、俺は知らない。知りたくもない。

 雄太も中学からの付き合いなんだが……まあいいか。


 教室前方という目立つ位置でクラスメイトの注目を浴び、新入生代表挨拶をこなし、成績もトップクラスという真面目そうな男が実はホモだったという疑惑を晴らすために、幼なじみである男を蹴飛ばして三回目になるとき、担任の大倉が教室に入ってきた。

「大倉先生! あきらんが俺の愛を受け止めてくれません!」

「えぇっと、誰かー、永井を保健室に連れてってくれ」

 俺は指を鳴らしながら言う。

「大丈夫です。すぐに病院送りにしますから」

「いや、さすがに教師の前で暴力沙汰はやめてくれよ……。てゆーか早く席に着きなさい……」

 チッ、と軽く舌打ちをして、席に着く。隣の席の牡丹は相変わらずニヤニヤしていた。一方、雄太は素で泣いていた。うん、気持ち悪い。


 ホモ疑惑はさておき、クラスメイトの前で(一応)友人である人間を全力で蹴り飛ばしたり、教師の前で堂々と舌打ちしたりと、優等生にあるまじき行動をした気がするが、気のせいだと信じたい。気のせいだと……いいなぁ…………。

 ……うん、まだこれからの生活で挽回可能だろう。真面目に生きよう。

 そんなことを朝のHR中に堅く決意した。


* * *


「学校始まって一ヶ月以上経つけど、結局あきらんって部活入ってないんだよね?」

「あぁ、色々と見てみたけど、これからは勉強優先の方がいいかなって」

 放課後、帰りの仕度をしながら俺は後ろの席の牡丹と会話を交わす。ちなみに牡丹は漫画研究部、通称漫研に所属。俺は帰宅部なので、基本的に放課後は直帰だ。

 帰宅部の理由が勉強優先だとは言ったが、実際はそこまでやりたい部活がなかった、という方が正しいかもしれない。

「今日も部室寄ってくのか?」

「うーんと、いいや。貴重なデータが手に入ったし、こっちを編集したいかな」

「もしよろしければ、そのデータとやらが入ったボイスレコーダーをポッケに入れっぱなしにして、そのまま間違えて洗濯機で洗濯されてくれませんかねー?」

「あきらん、女子のスカートの構造を理解していないな! そして私がボイレコをそんなガサツに扱うわけがなかろう!」

 力づくでも牡丹のレコーダーを奪いたかったが、朝の件もあり、下手に行動するとあらぬ噂しかつかない気がしたので、ぐっと堪えることしかできなかった。

 そんなやるせない気持ちでいると、前から雄太の声がした。

「お二人さーん、一緒に帰ろうぜ!」

「何言っているんだ、永井。お前は補習だろ?」

 と、すぐさま馬鹿は先生に連行されて視界から消えていった。

「…………うん、じゃあ帰るか」

「そうだね」

 何事もなかったかのように、牡丹と二人で下校することになった。


 会話というのは基本的にキャッチボールみたいなものだと思うのだが、牡丹と話しているとバッティングセンターにいるような気分になる。どういうことかと言うと、一方的に球を投げつけられて、こちらからは投げ返すことができない。しかも、グローブはもちろん、バットさえ装備することは許されない。

 そんな感じで、一方的に今話題のBLについて、生々しい表現を含みながら語られていた。無防備な人間でも、攻撃をかわすことはできるので、大半は適当に聞き流しているんだけどな。

「ん?」

 昇降口を出たところで、ふと、ある人物が視界に映った。

 その人物――女性は校門の前でチラシを配っているように見える。

 部活勧誘期間を過ぎてチラシを配るのも珍しかったのだが、それ以上に、風に揺れるその長く美しい黒髪が俺には印象的だった。

「こんな時期に部活の勧誘か?」

「試合前で部員が足りないとかかなぁ?」

 牡丹もチラシを配る女性に目がいったらしく、(BLの話題を切り上げ)すぐ俺の話題に乗ってきた。

「……髪、めっちゃ長いよなー」

「うん。あれだけ長いと手入れとかすんごい大変だと思うよ」

「やっぱり女子って髪長いと大変なの?」

「そりゃあね。テキトーにほったらかすと、すぐ毛先とかボサボサになっちゃうし。でも、あの子、遠くから見ても、すんごい髪綺麗だねー」

 牡丹は自分の短い髪の毛を指先でクルクルいじりながらそう言った。

「マネージャーかな?」

「あの髪で運動するのも大変だろうし、たぶんそうじゃないかな。あんな綺麗な子なら男の一人や二人、簡単に釣れそうな感じするけどねー。あきらん、どうせだし、勧誘されてそのまま入部してみたら?」

「数合わせ、助っ人とかなら別にいいんだが、興味なくて部活に入るとどうも失礼な気もするんだが……」

「いや、そういうことじゃなくて、可愛い女の子目当てで入部してみたはいいものの、いざ部活に参加すると、そこにはガチムチの男たちが――」

「やめろ」

 牡丹の話を強制的に終了させたところで、再び黒髪の女性に目をやる。

 距離が近づいてわかったのだが、その女性はかなりオドオドしていており、勇気を出して声をかけようとしているが、かけられず、チラシを渡そうとしているが、全然渡せていない。誰がどう見ても、まったく勧誘ができていない状態だった。

 よく見ると、リボンの色が牡丹と同じ、つまり彼女も一年生のようだ。

 ……あれ? 新入生なのに部活の勧誘ってのはおかしくないか?

「なあ、ぼた――」

「何、あの子! お持ち帰りしたいんだけど!」

「……あのー、牡丹さん?」

「可愛すぎでしょ! 何、あのギャップ! 見た目はクールビューティなのに、いざ近づいてみるとめっちゃ挙動不審でビクビクしている小動物みたいなの! あー、もう、本当に一家に一人、あの子が欲しいわー。飼いたい、私好みに育て上げたい! あっ、でも自然なままのあの子がやっぱり一番なのかなー?」

「おい、BL好き」

「なんだい、あきらん。人が美少女を見て楽しんでいるというのに。私は確かにBLも好きなんだが、元々博愛主義者なんだよ。可愛いは正義だし、どんな愛の形も受け入れる、いわば女神みたいな存在なの」

「お前みたいな女神がいてたまるか」

「それはともかく、あきらん、あの子の力になってあげなさい」

「そんなにあの子を愛でたいなら牡丹が力になった方がいいんじゃないか?」

「いや、今の私だと、あの子を犯しかねない気がして」

「…………」

 本当に犯しかねない気がしたので、何も言わず、俺は黒髪の女性に近づき、声をかけた。

「すいませーん、何のチラシを配っているんですかー?」

 俺の声にビクッと反応し、俺の方を振り向いてまたビクッと身体を震わせた。

「えっ、あっ、うぅ…………」

 なぜか完全に怖がられている。よく、これでチラシ配りをしようと思ったな……。

「あのー、何か募集していたりするんですかね?」

 怖がらせないよう、最大限の笑顔を作って質問し直す。明らかに同学年のやり取りではないけどな。

 すると、相変わらずモジモジしていたが、勇気を振り絞ったように、大きな声で目の前の女性は言った。


「あっ、あの、一緒に魔王を倒しませんかっ!?」


 何らかの呪文がかけられて、時が凍りついてしまった。そんな沈黙だった。

 彼女がなんて言ったのか把握するのも難しかったが、その言葉の意味を理解するのはさらに難解だった。

「えっと……もう一度、お願いします」

 結論として、きっと聞き間違いだったんじゃないかと思ったが、

「ま、魔王を倒すための、な、仲間を募集しているんですが……」

 再び理解できない難問が立ちふさがった。

「えぇっと、お嬢さん。確かにゲームの世界では倒すべき敵として魔王というものが存在しますが、ここは現実世界なんですよ。実は魔王なんてどこにもいないんです。だってそうでしょ? 魔王によって苦しめられている街とか見たことないでしょ?」

 なんでこんなことを真面目に説いているんだろう。これこそ同学年の会話じゃないよな。

「あっ、もしかして、ゲームの話でしたか? それだったらすいません、空気読めない会話してしまって」

「ち、違いますっ! げ、現実に、ま、魔王はいるんです!」

 そう主張する顔が大真面目なもんだから、思わず言葉が詰まってしまう。

「とりあえず、そのチラシ見してよ、チラシ」

 後ろからひょいと牡丹が顔を出して、黒髪の女性に話しかける。

「えっ、あっ、はいっ」

 俺と牡丹は女性からチラシを受け取る。

「……すげーな」

 何と言うか……めちゃくちゃ絵が凝っていた。魔王がまさしくラスボスにふさわしい凶悪さを醸しだしており、背景の絵も魔王の極悪さを際立たせるのに一役買っている。それだけではなく、魔王に立ち向かう勇者一行も躍動感があり、見事に戦闘――最終決戦のワンシーンをそのまま映しだしていた。普通にゲームのパッケージとかに採用されてもおかしくないレベルだと思う。

「ねえねえ、あなた、漫研においでよ!」

 牡丹が勧誘していた人を勧誘し始めた。

「ま、漫研……? あぁ! 面白そうですね!」

 そしてあっさり成功していた。

「おい、ちょっと待て! 魔王はどうした!」

「あぁ! そうです、魔王です、魔王」

「このチラシの出来は素晴らしいんだが、コレ、具体的に何を目的にしているとか、どこに集まればいいかとか書いていないぞ。そんなんじゃ誰も集まらないぞ」

「も、目的は書いてあるじゃないですか」

「どこに?」

「魔王を倒すって、ここに」

「……じゃあ魔王を倒したい人はどこに集まればいいんだ」

「ここ」

「…………そもそもお前の言う魔王とやらはどこにいるんだよ?」

「う、家にいますっ!」

 また、なんとも言えない沈黙が俺たちを襲う。

「……えっと、つまり?」

 黒髪の女性は鬱憤を晴らすように話し始める。

「ま、魔王は数理に学校に行けと言うんです! 今までろくに学校なんて行ったことなかったんですよ? それなのに、突然数理に無理難題をふっかけてきたんです! ですが、頑張りました! 頑張って一ヶ月以上学校に通いました。テストでもいい成績残しました。実は数理、デキる子なんです。デキる子にはそれなりの報酬が与えられるのが世の中の理じゃないですか。だから数理は一ヶ月の休みを要求しました。そしたらどうなったと思います? 却下、却下されたんですよ!? 酷くないですか? ヤツは一日中家にいるっていうのに数理だけが学校通うのっておかしくないですか? ただでさえ通学するのが苦難の道だというのに……。アイツは数理の気持ちを全然わかってくれないんです! もう、こうなったら謀反を起こすしかないじゃないですか!」

 えぇっと、ツッコミどころが多すぎてどこからツッコんでいいのかわからんぞ。

 最初はどもりまくっていたけど、コイツ、結構喋るヤツだな。

 てか、コイツ、数理って言ったか? もしかして、叶数理? 学年トップの? 俺より勉強ができる?

 ……なんとも表現し難い複雑な気持ちになったが、うん、とりあえず、アレだ、アレ、軽く死にたいぞ。

「もう、メンバーは厳選しているヒマはありません! 二人とも、数理について来てください!」

 そう言って数理はすたこらと歩き出した。

「牡丹、どうする? ついて行くか? 俺はできる限り行きたくないのだが」

「何言ってんのよ。行きましょ。数理ちゃん、可愛いし、面白そうじゃない」

 牡丹は笑顔で答える。

「それに……」

 と言って、牡丹は数理を指さす。

 数理が転んでチラシを撒き散らしていた。

 牡丹は「可愛い……」と恍惚の表情を浮かべていたが、俺は

「ほっとくと事故に合いそうだし、目覚め悪そうだな……」

 素直にそう思った。


 こうして俺たちは、会って間もない数理とよくわからないパーティを組んで、魔王がいるという数理の家にお邪魔することになった。

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