祝福
躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)
祝福
僕らは仲のいい四姉弟。僕は一番下だ。
この度、一番上の姉さんがお嫁に行く事になった。
相手は僕らの土地の領主。先頃先代の後を継いだ。伯爵としての爵位も継いだ。
だが僕は知っているんだ。彼が男には厳しく女にはだらしない事を。
そんな所へ行ったら姉さんはきっと僕らの知らない姉さんになる。そんなの嫌だ。
そういう訳で僕らは案を練った。
僕らの家系で男にしかその秘密と技術が伝承されない秘伝の方法を使えばきっと姉さんが救えるはず。
姉さんの知らない、母さんも知らなかった方法できっと救えるはず。
結婚式から数週間が過ぎ、姉さんが今は留守で屋敷には伯爵が1人でいるはず。伯爵は書斎で本を読んでいるはず。
僕らは霧の深い明け方に自分達の後ろに三人のお供を従えてここへやって来た。黒いローブをかぶった彼らを伯爵のいる書斎へ突入させたんだ。
驚いて傍にあった猟銃を手に取り、伯爵は発砲しながら叫んだ。
「賊め」
でもそんなものは効きやしない。何故なら彼らはとっくに死んでいるんだから。
僕らの家系は代々死人使いとして数々の仕事を引き受けて来た。
家族の女性には内緒で。
『知られたら秘伝を守る為に殺さなければならない』
と、これまた代々伝わる書物に記されている。殺し方まで記されている。
『秘密を知った女の肉をしもべに与えよ。されば使役の力は更に強大なものになろう』
とあった。
恐らく母さんは秘密を知って父さんに殺されたんだろう。その肉をしもべに与えられたんだろう。
父さんもその後間もなく死んだ。誰かに殺された。
四肢を引き千切られ、股間を抉り取られた状態で、事もあろうに教会のてっぺんの十字架に農作業用の三叉のフォークで釘付けにされていた。
それも恐ろしく強い力で叩き込まれており、結局十字架を取り替える羽目になった。
それなら僕らが秘伝を守らなければならない。
『何故そうしなければならないかは深く考えるな』
と、父さんはいつも言っていた。
大人が考えないなら僕らも考えない。
ただ、得体の知れない寒気だけが僕らの心に染み渡っている。
……僕は少しだけ、
『姉さんはそうならないといいな』
と思った。
伯爵の銃の弾が尽きた。
三人のしもべが彼に踊りかかり、両手をそれぞれが引っ張り合い、彼の身体が真ん中から裂けるまで、そう時間はかからなかった。地べたに落ちる彼の臓物が湯気を立てるのまで感じ取れそうだ。
何故分かるかって?
三人のしもべの目は僕らの視界と繋がっている。匂いも感触も繋がっている。痛みを感じないだけだ。
使役する者が痛がっていてはお話にならないだろう?
屋敷から離れた所で様子を伺っていると、そこへ姉さんが帰って来た。僕らの姿は屋敷の影になり、見えないはずだ。
やがて屋敷の中から悲鳴が聞こえた。
「どうした」
と、さも近くを通りかかった様に屋敷の中へ僕らが駆け込むと、そこには旦那を食われて茫然自失の姉さんの姿。
「この化け物め」
僕らはその三人に銃弾を撃ち込んだ。秘伝の銃弾にたちまち塵と化す三人。
僕らはそれぞれ順番に彼女を抱きしめ、お悔みを言った。ひとまず彼女を自分達の家へ連れて帰る事にした。
片付けは後ですればいい。
……しなくてもいい様な気もするくらい。
帰り道。
不意に姉さんが口を開いた。
「母さんが言っていた事ってこの事だったんだわ」
振り返る僕ら。すると朝もやの中でもはっきり姉さんの影が、ぬうっと立ち上がるのが分かった。
「何をするの、姉さん」
「だまらっしゃい。よくも私の愛しい人を殺したわね?」
「何の事?」
「母さんが
『三人も男が生まれては太刀打ちできないかも』
と呟いていた訳が分かったのよ。
よくも母さんまで殺したわね? それにまさか宿敵と暮らしているとは思いも寄らなかったわ。
……先祖は何を考えて一緒になったのかしら」
……何の事だ?
横を見ると二人の兄さんが青い顔をしている。
何があったの、と訊ねるより早く姉さんの影が幾つもの異形に姿を変えて行く。農作業用のフォークにも似た影が兄さん達を貫くと、そのまま自分達の身体をかたどる闇に引きずり込んだ。
りんごをかじるような音と兄さん達の滅茶苦茶な断末魔が一瞬轟いて消えた。
姉さんの影が僕の周りを覆い尽くし、赤く光る姉さんの目だけが僕を射貫いている。
「だから物事を深く考えない男は嫌なのよ。
秘伝だか何だか知らないけど、新しいやり方を模索しない一族と共存出来る訳がないわ。
……自分が男だって言うのを心の底から自覚させてあげる。
さようなら、私の可愛い弟だった者よ」
その瞬間、僕は下腹部に何かが食い付き、捻り切る様に持って行くのを、自分自身の声にならない断末魔の奥で確かに感じていた……。
祝福 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969
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