第13話 Ωの海-A

 ここに座り込んで、今で何時間だ?

 せっかくの貴重な休日が、台無しだった。

「はおうろー じゅーち! じゅーち!」

「うお、暴れるな。さっきも言っただろ。部屋に帰ってからだ」

「じゅーちー!」

「ったく、ジョージの奴、俺に子守を押し付けやがって……」

 長すぎる待ちぼうけの後で、ようやく待ち人の声が耳に入って、

「…………お?」

 おもむろに見上げると、夕日を背負った男の、可愛げの無い長身が目に入った。

「……遅いです」

 あーあ、本当に失敗だった。普段何をしていて、いつ頃家に居るのか、あらかじめ聞いておくべきだったんだ。

「何だお前、いつから待ってた?」

「二時間、いや、三時間くらい……」

 素直に申告すると、ハロルドは笑った。

「お前なぁ、来るならメールくらいよこせよ」

「こないだ、帰るとき、いつでも来ていいって、言いました……」

「そりゃ言ったけどなぁ。会えないかもしれねーだろうが」

 呆れた様子でそう言って、ドアを開ける。

「……日が暮れるまで待って帰って来なかったら、帰ろうと思ってましたよ」

 ずっと座っていたせいで固まった手足を伸ばしながら立ち上がった。

「何、女に会いに行く思春期のガキみたいなこと言って……――って、あー、お前、まさにミドルティーンのガキだったな」

「なっ……!」

 ハロルドと会うのはこれでまだ三回目なんだけど、何をどんな風に言えばが僕が怒るのか、的確に把握されているみたいだ。

 絶対、面白がられている。

 ハロルドはアハハと笑いながら、アリスを降ろして先に部屋に入れる。そして、唐突に僕の髪を、グシャリと掴んだ。

「ま、別にいつ来ても、いつ待っててもいいけどな。ここはガイアポリスだ。夜は気をつけろよ。川向こうのお坊ちゃん育ちには、刺激が強いぜ?」

 自分がまだ十六歳なのは厳然たる事実なのだから、子供として取り扱われることそれ自体はいい。けど、やっぱりこの男のは、言い方が腹立たしいんだ。

「……言われなくたって、治安が悪いことくらいわかってます」

「ほぉ、ならいい」

 一応、教えてもらう立場でここに来ているのだからと、色々我慢して冷静を装う。だけど、ハロルドは気にもとめない。僕の言葉に適当な返事をしながら、買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れて、纏わり付くアリスを乱暴に抱き上げてあやす。

「ゴドウィンさんは?」

「そろそろ来るはずだ。お前、案外良いタイミングだったな」

 言って、上機嫌のアリスを突然こっちに渡す。面食らうけれど幼児を落とすわけにはいかないので、慌てて支える。

「ぼーず!」

 このくらいの子って人見知りしないのかな。僕、これ、絶対うまく抱っこできてないと思うんだけど、キャッキャと楽しそうに笑っている。

「あの、えと……」

 アリスが僕の眼鏡に手を伸ばそうとするので、咄嗟に高く持ち上げてみると、面白かったらしく、手足をばたつかせて喜んだ。

「へぇ、お前でも子守くらいは出来そうだな」

 ハロルドはビール片手に自分のコンピュータを立ちあげる。僕はそっちに興味を引かれるけれど、容赦なく攻撃を加えてくる、目の前の難敵に苦戦していた。

 アリスはどうしても眼鏡が気になるらしい。しつこく手を伸ばして奪おうとする。

「かれえ!」

「うわっ、ちょ、駄目だって……」

「ぼーず!」

「や、やめ……」

 小さな手を避けようと顔をそむけると、髪の毛をむんずと掴まれてぎゅうぎゅう引っ張られる。子供というのは人見知りしないだけでなく、こんなに好戦的なものなのだろうか。それとも、この子がそうなだけ?

「こっ、コレは、ダメだって……」

 自慢じゃないが視力は悪い。眼鏡が壊されでもしたら困る。

「かれえー!」

「……君ねえ、それ、僕に帰れって言ってるの?」

「貸せって言ってんだよ」

 笑い混じりにハロルドが口を挟む。

「そんな言葉、あなたが教えたんですか?」

「奥ゆかしくていいだろ」

「何を……」

「かれぇ!」

「わわっ、だめ、貸せないってば……!」

 隙を突かれ眼鏡をむしり取られ、僕が悲鳴をあげたところで、玄関のドアが開いた。ゴドウィンさんだった。

「おーおー、悪い子じゃ」

 祖父の声に、アリスはハッとしたように動きを止め、すぐにパアッと嬉しそうに笑って手を伸ばした。

「悪いのぉウィリアム」

 孫を受け取り、取り返した眼鏡を僕に返却して、のんびりした調子でゴドウィンさんは言う。

「……僕に子守は無理です」

 恨みがましいような、情けないような声でそうこぼすと、彼は器用にアリスをあやしながら言った。

「兄弟の面倒を見たことは?」

「一人っ子ですから」

「そうかそうか。ま、心配ない。すぐ慣れるさね。何しろ、あのハロルドでさえ大丈夫だったんじゃから」

 言われてみれば、自分よりも、さらにずっと子供に縁の無さそうな男が、さっき子連れで買い物して帰ってきたのだった。偉そうなハロルドよりも、実はこの好々爺風のゴドウィンさんの方がここの権力者だったりするのだろうか。年齢からすればその方がし、だとしたら……ちょっといい気味だ。

「ずっとお孫さんの世話を?」

「いやぁ、昼間だけじゃよ。息子夫婦が働きに出ておるのでな」

「なるほど、それで……」

「儂の息子の癖に、技術者じゃなくて教師なんぞになりおった。まぁ、それも息子の道じゃがのう。だから、儂の技術は全てこのアリスに継がせようと今から……」

「おいウィル」

 背後から無遠慮な声がする。

「……はい?」

「ジョージの与太話になんて付き合ってねぇで、ビール。冷えてるほう」

「…………」

 自分で取ってくださいよ、と、喉元まで出かかったけれど、言わないでおく。

「……これで、いいですか?」

「おう、ご苦労」

 ハロルドはモニタから目を離さず缶ビールを受け取って、水のようにごくごく飲む。よく見ると、彼の席の周りは空き缶だらけだ。

「いつもそんなに飲むんですか? 体壊しますよ」

「何だ、優等生ぶったこと言うなよ。酒と水がありゃ生きていけるだろ」

「水はともかく……アルコールは不要でしょう」

「わかってねぇな、コレだからガキは」

 ハロルドの煽るような言葉を無視して、さっさと自分の席を作って座る。そう何度も乗せられてやるものか。あと、何となくここでの振る舞いについてコツが掴めてきた気がする。

「ちょっと、聞きたいことがあるんですけど」

「ああ?」

「ハル、最近、ネオポリスで間違い電話騒ぎが起きてたの、知ってますか?」

 ようやくタイミングをつかんで、今日まず聞いてみようと思っていたことを切り出した。

「あー……まぁ。あったな、そんなのも。それがどうした?」

 ハロルドは興味の無さそうな返事をするが、僕は気にせず突っ込む。

「あれって、何が原因だったか分かりますか? 僕のところにも一度かかって来たんですが……QUEENのゲートウェイに不具合があったなんてニュースは無かったですよね?」

 すると、ハロルドはちょっと困ったように目をそらした。

「……まぁな」

 僕だって異常に気がついたことだし、サーチに頼めば手がかりは簡単に見つかった。目の前のこの男が、何も知らないはずはない。

「それで僕、サーチに頼んで通信ログを読んでみたんですけど……明らかに不自然な干渉があったみたいだったんですよね」

 問い詰めるように続ける。

 ハッキリ言って、僕はハロルドを疑っていた。

「えーと……」

 ハロルドは口ごもり、やがて、はああと深く息をつく。

「……お前、目ざといなぁ。そこまで大騒ぎにもなってなかっただろ」

「興味ありますから」

「好奇心は猫を殺す、って言うんだぞ?」

「……あなたが、そういうことを言うんだ」

「そりゃ……」

 珍しくハロルドが言葉に窮していた。意外な反応だなと思っているところに、ゴドウィンさんが機械を抱えてやってくる。

「二人共、潜るんじゃないのか? ウィリアムはそのためにわざわざ来たんじゃろ?」

「あ……」

「お、そうだな、そうしよう。おら、ゴーグル持って来い」

「ちょっと、話はまだ……」

「ああ? 潜らねえならそれで良いぜ。俺は行くから」

「ちょ……待ってください!」

 あからまに話をはぐらかされたけれど、潜りたいという気持ちの方が当然強かった。

 とりあえず詰問の続きは後回しにすることにして、鞄を引き寄せてゴーグルを引っ張り出す。

「ウィリアム、ゴーグルの電源を入れて……よしよし、そうじゃ。問題無いの」

 ゴドウィンさんが手元の機械を操作しながら頷く。

 彼が操っているのはレーダーと名付けられた特別の端末で、1ビットダイビング中のユーザが今に居るのかをモニタリングするものらしい。この装置自体がゴドウィンさんのオリジナルだそうで、どういう仕組みで動いているものなのか見るからに興味をそそられるが……それを尋ねるのもまた後にしておこう。

「ウィル、やり方は覚えてるな?」

「もちろんです」

「じゃあ、とりあえず潜ってこい。中で待ってる」

 一方的にそう言って、ハロルドはさっさとゴーグルをつけて潜ってしまう。僕も慌ててそれに続いた。

 モニタを流れる接続メッセージを眺めていると、すうっと体から感覚が切り離されていく。慣れたとまではいかないけれど、もう慌てることはなかった。

 やがて軽い体の感覚が認識されると、つま先が柔らかく、水面に触れるように地についた。無論、そこに地面は無い。

「よし……と」

 ひとまず体勢を崩さずにログイン出来たことに、ホっと胸をなでおろす。

 ゆっくりと手のひらに目を落とし、少し指を動かしてみる。

 自然な感じに動く様子を満足げに見つめてから、おもむろに天を仰いだ。

 遠く、近く、光の粒子が飛び交う、不可思議な世界。傍を通りかかった光子を何気なく捕まえると、ピョコンと小さなウインドウが開いた。

「あ……これ……」

 見慣れた光子構造体エディタのウインドウだった。表示された内容は何かの断片のようでよくわからないものだったが。ここはネットワークの中なのだから、ここを流れている光子は全て、何かのデータなのだ。

「むやみに流れを止めるなよ」

 いつの間にか傍に居たらしいハロルドの声がした。慌てて光から手を離す。

「ま、このへんをフラフラしてるのは大抵どっかから流れてきた破損データだから、問題は無ぇけどな」

 言いながら、傍の光子をつついてウインドウを開いてみせる。ウィリアムが覗きこむと、見やすいように少し角度を変えて、表示された内容を見せた。

「これ……は、えーと……」

「お? 分かるか?」

「ある程度は読めます。あー……これ、画像ですよね。それに、壊れてるといってもそんなでもないから、直せそう……」

「へぇ、使えるじゃねぇか」

「……使えるって何ですか」

「褒めてやってんだよ」

 言いながらハロルドはウインドウを閉じ、光を解放する。

 光はフワフワと頼りない軌道を描いて二人の元を離れていった。

「ま、とにかく、1ビットダイビング中は、俺達はΩ‐NET内のあらゆるデータに直接触れて、干渉することが出来る。そのことを忘れんな」

「……はい」

 頷いて、それから、あれ、と首をかしげる。

「……ハル」

「あ?」

「今の話ですけど」

「おう」

「こんな風に、音声通信のパケットに干渉したりとかも、できるんですよね?」

 確信を持って意地悪に言ってみると、ハロルドはぎょっとした様子で後ずさる。

「……お前、まだそれにこだわってんのか」

「こだわりますよ。というか、あなた以外に出来ないことでしょう?」

「…………」

 ハロルドはムッとした顔で暫く思案した後、嫌そうな態度で息をつく。

「お前、俺を疑ってんのか?」

「疑うというか……確認したいだけというか。僕は間違い電話の通信ログをサーチと調べていて、1ビットモードのことを知ったんです」

「サーチライト、あいつめ……余計なことを……」

 自分で作ったソフトに文句を言っても、自業自得に帰着するだけだ。

 ハロルドは観念したように首を振る。

「……まぁ、確かにあれは俺だ」

 予想通り、というか、順当な話だ。あんな芸当が出来るのは、間違いなく、世界で目の前のこの男だけなのだから。

「で、お前は何をしたいわけだ。通信混乱の原因を突き止めて、通報でもするつもりか?」

「まさか。そんなこと別に興味ありません」

「本当か?」

「疑り深いですね……」

「今この技術のことを総務省に知られるわけにはいかないんでな」

「知られるとやっぱり問題が?」

「そりゃそうだろ」

 休眠ホスト内の残留データ問題が解決できるなら、それはたくさんの人の役に立つ、画期的な技術だと思うんだけど……やっぱり、不正アクセスの問題があるってことなのかな。

「でも……だったら、どうしてあんな真似を?」

「何がだ」

「だから、間違い電話なんて……」

「あー、そうじゃねぇ。別に音声通信を混乱させるつもりは無かったんだ」

 ハロルドは首を振って苦笑する。

「あれはちょっとした副作用というか……まぁ、えーと、そうだな……先に見せたほうが早いか」

「え?」

「ちょっとじっとしてろ」

 ハロルドの、平たくて大きな手がぬっと伸びたと思ったら、強く腕を掴まれた。何するんですかと口を開くより先に、体がズンと重くなる。いや、重いと感じたのは錯覚だったらしい。その一瞬の間に、僕の意識はどこか別の場所へ転送されていたようだ。

「――っ!!」

 瞬きひとつで、風景が変わっていた。

「おっと、ここで体勢崩すなよ」

 意識体の制御を失いかけた僕の襟首を掴んで、ハロルドが静止する。

 先ほどまでの静かな空間と異なり、視界いっぱいの光。

 様々な光を放つ、おびただしい数の光子が、ものすごい勢いで流れていく。

 同じ方向へ向かうそれらは自然と束になり、僕の眼前で、巨大な閃光の川を形成する。

 あまりに膨大、しかし完璧な整然、そして、まさに光の如き速さ。

 それは、地上で見るどんな川よりも圧倒的な光景に思えるものだった。

「これ……って……」

「通信パケットの川だ。たった今の、直轄区このへんのな。Ω‐NETの、今も生きてる部分だな」

 光の照り返しを横顔に受けて、ハロルドが言う。

「すごい……」

「こいつらはこのあと……ほら、あっちに見えるだろ、QUEENの認証を受けて、それぞれの送り先へ届けられる。電話も、メールもな」


 ハロルドが指し示す先には、何か、大きな壁のようなものが見えた。川をせき止めるように立ちはだかるようでいて、光子の流れは止められることはなく、次々壁の向こうへと消えていく。

「すごい……!」

「……お前そればっかりだな」

「だ、だって、すごいですよ。あれがΩ‐NETのゲートウェイなんでしょう。QUEENを直に目で見られるとか! これが今のネオポリスの……すごいなぁ……!」

 感激のあまり、他に言葉が見つからなくて、すごいすごいと連発していた。

 だって、SiNEサービス越しに情報を受け取るだけじゃない、僕が今、Ω‐NETの一部になっているんだよ。

 こんなすごいこと、他にちょっと思いつかない。

「それでだ。さっきも言っただろう。1ビットモードでの俺達の体は、この流れを《触る》ことが出来る。この流れに手を入れて、パケットをいじることもな。そういうのをやろうとした時に、ちょっと失敗して余計なパケットを触ってしまうと、お前が言ってたような不自然な通信混乱が起きちまうというわけだ」

 だから、間違い電話を起こそうとして起こしたわけじゃねぇんだ、と、説明するハロルドの言い訳めいた物言いに、僕は驚いた。だって、それって……

「……この川に、手を加えていたっていうことですか」

「おう。真似するなよ。犯罪だから」

「……犯罪者らしからぬ台詞ですね」

「まあな」

 冗談ぽい台詞だが、ハロルドは真顔だ。そして僕は、怖くなった。

 僕にだって分かる。この流れからたった一つメールのデータを読んだり壊したりしただけでも、立派な不正アクセスだ。もし今、自分がここで身体の制御ができなくてこの川に落ちてしまったりしたら、そのはずみでどれだけの通信に影響が出てしまうのか、考えるだに恐ろしい。さっきからハロルドが腕を掴んで全然放してくれないのは、たぶん、そういう理由からだろう。

「ちなみに、今の話、総務省に通報とかしたら殺す」

「だから、しませんってば……」

 だけど、と、僕は続ける。

「理屈は分かりましたけど、どうしてそんな危険な真似をしてたんですか?」

「……実験だ」

「何の?」

女王クイーンの目をどうやって誤魔化せばいいかの」

「犯罪?」

「うるせぇな、必要なんだから仕方ねえだろ」

「意味がわかりません……」

「1ビットダイビングはまだ開発途上の技術なんだよ。休眠データホストに潜れるといっても、今はまだ民間サーバとか、ごく一部の認証の緩いところに手が届いただけだ。もっと重要度の高いホストに潜るには、まだまだ足りねぇ」

「足りない……?」

「そうだ」

「重要度の高いサーバって、例えば、政府系のとか?」

 話のスケールに圧倒されてしまって、僕は何だか情けない声でそう言った。

 ハロルドは難しい顔で少し黙りこんで、そして、ふっと笑った。

「ま、コレ以上はお子様には秘密だ」

「えっ!?」

 不満そうに声をあげた瞬間、ズシンと重い衝撃が全身を貫いて、また景色が変わった。

 そして、そこでようやく、ずっと掴まれていた腕が開放される。とたんに身体感覚が変になって、僕はぐるんと一回転し、天地がひっくり返った状態に着地した。

 地面が反対だぞとハロルドに笑われて、慌ててもがいてようやく体勢を立て直す。

「ちょ……っと、そこまで話しておいて、ひどいですよ!」

 開口一番、情けない声で叫ぶ。

「お前のそもそもの疑問は解決しただろうが」

「そうですけど……だけど……」

 そんな話を聞かされて、知的好奇心をくすぐられないわけ無い。何と説得すれば今の続きの話を聞かせてもらえるだろう。僕は必死で考えたが、ハロルドは可笑しそうに笑った。

「……まぁそんな顔するな。代わりに、何かお前が見てみたいものを探してやるよ」

「え?」

 はぐらかされたことは分かっていたけれど、それはそれで、とても興味を引かれる提案だった。

「だから、Ω‐NETに眠ってそうな情報の中で、何か見てみたいものはねぇか?」

「え……っ」

 でも、突然そんなことを言われても……見てみたいものなんて、いくらでもある。

 そんな中で突然何かと言われると困るのだが、もたもたしていると彼はすぐ気が変わってしまいそうだ。

 すぐに指定できるものといわれて思い浮かんだのは――

「えと、じゃあ、バークレー・スタンダード社の、ビジュアルヒストリーシリーズ……最初の百巻までのどれかを」

 この間、エルズの店長にもらった映像データのことだった。あれよりもっと古い、映像が収録された巻があるはずだ。

 あれば、見てみたい。

「了解」

 思いつきの無茶なリクエストに、ハロルドは軽く頷く。

「ホントに……見られるんですか?」

 思わず聞き返すと、ハロルドは当然だと言うように、軽く首を傾げてみせた。

「ま、そのくらいならすぐ見つかるだろ。ちょっと探してみる」

 言った瞬間、彼の周囲に一斉に数え切れないほどのウィンドウが開く。その光景は僕がいつもやっている操作にも似ていたが、数も速さも普通じゃない。一体何をしているのかサッパリわからなかった。

「………………」

 呆気にとられて見ていると、ハロルドは得意げに振り返る。

「あった」

「ホントに!?」

「おう。行くぞ」

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