第9話 サーチの正体-A

 引き止める間も無かった。

 取り残された僕は、唖然としたまましばし光の名残を見つめていたが、やがて、手に何か握らされていることに気がついた。

「何……?」


  真実は常に、求める者にのみ開かれる。

ハル・サウザンドワード


 メモの形状をしていたファイルには、その短い言葉に添えて、住所が記されてあった。

 深く考えるまでもなく、メモはそこに来いと言っているように思える。

「オークフィールズ……?」

 書かれていたのは、この近くの地域の住所だった。

 きっちりと細かい番地の指定までしてある。分かりそうな場所だけれど、あからさまに怪しい。

「………………」

 これを寄越した相手は、おそらくサーチライトの《本当の使用者》だろう。

 どうしよう。

 こんなメモを押し付けて去って、僕が本当に足を運ぶとでも思っていたのだろうか。

「……馬鹿げてる」

 サーチのマスターであり、もしかすると制作者であり、1ビット・ダイビングの出来る人間。

 しかし、連邦総務省にハッキングをかけるような相手である。

 どんなにすごい技術者だったとしても、そんなの犯罪者じゃないか。

「馬鹿だよ。絶対」

 いや、馬鹿なのは僕かな。

「……サーチ」

 呼んでみると、予想通り、普通の検索ウインドウがスッとそっけなく現れる。彼女が証しだ。


《何をお探しですか?》


 不意に寂しい気持ちが込み上げる。

 ウインドウを見つめて、それから手に持っていたメモに目を戻す。

 オークフィールズ。ここからは遠くない。

「…………地図を」

 ああ、やっぱり馬鹿は僕だ。

 けれど、このまま何も分からないよりは、行って、確かめたいと思った。




 校門を出た所で時計を確認する。

 二十時過ぎ。

 家に帰るのが遅くなってしまうけれど、この際もう仕方がない。

(……母さんには後で謝ろう)

 SiNEルームで控えてきた手書きの地図を取り出す。

 指定された場所まではここから歩いていけない場所ではなかったので、乱雑に書かれてあるメモを頼りに、そのまま早足に歩きはじめる。

(一体、ここが何だっていうんだろう……)

 サーチライトとの偶然の出会いから、まだそう長い時間は経っていないはずなのに、感覚的にはもう随分長く……何ヶ月も経ったような気がしている。

 理不尽に驚くことばかりだったけど、何もかもに興味を引かれた。

 サーチは、まさに僕が行きたかった世界の扉を示してくれたんだ。

 だから、確かめずにはいられない。

 教えてほしい、君が本当は何なのか。

 自然と足が速くなる。

 改造しかけのゴーグルは、結局続きの作業が出来ないままに紙袋の中。

 これは、サーチに教えてもらって揃えたもの。僕が求めてやまない、捨てられた情報の海へと至る鍵。この退屈な【閉鎖後】の世界を、照らしてくれるかも知れない可能性の塊だ。

「サーチ……信じさせてよ」




 祈るように呟いて、知らず、夜の道を駆けだしていた。

 街灯に照らされた走る自分の影が、歩道や住宅の壁に大きく映し出されて、まるでもう一人別の人間がいるように見える。

 意味もなく気持ちが焦ってしまって、追い立てられるように走り続けた。

 オークフィールズは高級住宅地として知られていて、道の脇に立つ家々もいかにも金持ちの住居らしい豪華なものばかりだ。

 けれど、指定されたのはこの邸宅の群れの中ではなく、どうやら地区の中でも外れの方らしい。

(どこだ……?)

 慌てず、もっとちゃんと地図を確認してから出てくれば良かったかもしれない。

 道は合っているはずなのに、妙に遠く感じる。

 だいたい、住宅地というのは、目印の建物とかそういうのが無いのが困る。

 いくつか見過ごした曲がり角は曲がるべきものではなかったはずだし、今走ってるこの道で、間違いないはずだけど……ああ、やっぱりもっとちゃんと調べて来るべきだった。

 とはいえ、今更学校に戻るわけにもいかない。

 地図を信じてどんどん進むと、やがて、ずっと続いていた住宅地が途切れる。

(この辺り……なのかな……)

 行き当たったのは、ちょっとした公園のような場所。

 昼間なら気持ちの良い場所なんだろうけど、今は夜。そんな心の余裕はない。

(でも……たぶん、住所ではこの奥……)

 明るい街灯を探してもう一度メモを確認する。

 やっぱり、この辺りで間違いないはずだ。

(行ってみよう……)


「えええっ……!?」

 十分後、確かに僕は『ハル・サウザンドワード』なる人物に会っていた。

「何……なんだ……」

 ただし――――その人の、墓の前で。

「………………」

 公園だと思ったのは、実は霊園だった。

 森のように作られた遊歩道を抜けると、一面の芝生と、整然と並ぶ墓標。

 そして、この墓に行き当たったのだ。

 こんな時に限って無風で、実に嫌な静寂。《千の言葉サウザンドワード》という名を持つその人は、墓石の語る所によると、今から二百年近くも昔の人物であるらしい。

 ハルという名前からは、この人が男だったのか女だったのかは分からない。

 立派な墓で、丁寧に手入れされているということはたぶん、子孫がこの街に暮らしている証拠だろう。

 じわり、じわりと、背筋が寒くなる。

 もしかして、この話、オカルトの類いの何かだったのか?

「じょ……冗談じゃ……ないよ……」

 おそらく、あとひと呼吸分も余分に時間があったら、きっと逃げ出していた。

 けれど、僕が逃亡の体勢に入るよりも早く、その声は思考に割り込んできた。


「――本当に、ガキだなぁ」

 残念そうにそう言ったのは、低い、男の声だった。

「!?」

 驚いて声のした方を振り返る。

 大きな桜の木の幹にもたれ掛かるようにして、背の高い男の影があった。

(人……)

 声と背格好からして、大人の男だ。

「…………」

 知りたい、という衝動だけで、考え無しに行動してしまったことを深く反省しつつ、口をつぐみ、じっと男の出方を窺った。

 見知らぬ男は、暗闇の中で背を預けていた木から離れ、さく、さく、と夜露に濡れた芝生を踏んでこちらへ近づいてくる。

「……ま、正直ちょっと驚いた。今時の子供にも、お前みたいなのがいるんだな」

 からかうような声音。

「坊主、名前は?」

 そして、横柄な物言い。

「……あなたこそ、誰ですか」

 反射的に、怒りが恐怖を上回る。

 こういう、初対面で偉そうな大人は大嫌いなのだ。

 けれど、月を背負った男は、それを鼻で笑ったようだった。

「人のものを盗んでおいて、図々しいガキだな」

「盗む? 何のことです」

 男の言った言葉の内容よりも、その言い方が癇に障る。子供扱いされるのも気に入らない。

 幽霊なら嫌だけど、気に入らない人間の大人相手に、怖がってなどやるものか。「お前が今持ってるソレだよ。エルズで買ったゴーグルだろ」

 面白がるように、男は長い腕を組んで、

設計図を盗んだのはお前だ」

 やはり偉そうに、顎で僕の紙袋を指して言った。

「え……」

「それから、俺の端末を勝手に使ってたよなぁ」

「な……」

 混乱してはいたが、男の言葉が意味するところは、すぐに理解できた。

 そして絶望する。

 なんということだ。目の前のこの、性格の悪そうな男の言葉を信じるならば……

「サーチのマスターは、あなただと……?」

 恐る恐る口にすると、男はちょっと驚いたように首を傾げた。

「ふぅん。ガキだけどバカじゃないのか」

 何なんだ、この男は。嫌な奴だ。こんな男がサーチを作ったかもしれないなんて。


 それに……ああ、そうだ。そうだった。

「じゃあ、僕をここに呼んだのもあなたですか?」

「ああ。つか、引っ掛かったのはお前だな」

「……騙したんですね」

「ま、そうなるな」

 男は笑った。

「卑怯な。こんな……亡くなった人の名前まで持ち出して!」

 僕は思い切り不快感を顕わに、墓石を指した。

 騙すだけじゃなく、故人の名前を勝手に持ち出すなんてどうかしてる。

 こんな奴、絶対まともじゃない。

「お前、それが誰か知ってるのか?」

 僕の怒りをよそに、男は暢気な声で言う。

「知ってるわけないでしょう!!」

「へぇ。教えてやろうか?」

「要りません!!」

 僕が激高すればするほど、男はにやにや笑ってそれを面白がっているようだった。組んでいた手を上着のポケットに突っ込んで、大股にこちらへ近づいてくる。

 そばに来ると、これまた忌ま忌ましいことに、僕よりだいぶ背が高い。

 男は失礼にも人を上から覗いて、フフンと笑う。

「じゃあ、お前が盗んだ俺の端末サーチのことは?」

「う……」

「知りたいだろ?」

 図星をつかれて、黙り込むしかなかった。

 男は目つきの悪い三白眼に、勝ち誇ったような色を浮かべて言った。

「いい出来だろう、俺が作ったんだから」

 本当に、何を言っても偉そうな男だな。

「……マーキュリー型AIは、あなたが作ったものではないはずだけど」

「ほお? 知ってるのか? あのAIの制作者」

「知ってますよ! チェスター・クライトン博士!」

「じゃあやっぱりお前、そこの墓に入ってるサウザンドワード博士のことを知らないのは片手落ちってもんだ」

「え……」

「SiNEプロトコルの生みの親だぜ?」

 この嫌味な男は一体、何者なんだろう。

 粗野でがらの悪い話し方、狡猾な嘘をつくろくでなしで、どこからどう見てもまともな人物には見えないけれど……

「しっかし、お前、マメに通って遊んでくれていたみたいだな。お陰で俺のサーチライトが随分乳臭い女になっちまった」

「な……」

「何だぁ、怒んなよ。ああいう女が好みなのか? 馬鹿だなぁ、これだからガキは」

 アハハと笑われて、怒りに目の前が暗くなる。

「……これ以上、下らない話に付き合う気はありませんっ!!」

 反射的に、踵を返して走り出す。

「あ! おい、ちょっと待て! まだ話が……うわ、おい! 待てって!」

 呼び止めようとする男の言葉など、聞き入れるつもりは毛頭なかった。

「お前、そのゴーグル使うなよ! それは――――」

 知らないよ。お前みたいな嫌な大人の話なんて。

 今更慌てる男を無視して、僕はそのまま、全速力で走って帰った。






 翌日、昼休み。

 生徒会室に足を運ぶと、いつも先に来ているサナエ先輩の姿が無かった。

 エリカもまだ来ていないようだ。

 代わりに、机の上にはメモと、弁当らしき包みがひとつ。

『クラスの用事ができたので、ちょっと遅くなりそう。

 あと、これはエリカと一緒に作ったランチです。待たなくていいから、先に開けて食べててね。 サナエ』

「あ……」

 丁寧に包まれたランチボックスを見て、昨日の出来事を思い出した。

 全く、昨日は一日で三日分くらいの事件があったから、エリカのケーキ作りを手伝わされたのがまだ昨日のことだなんて、不思議に思える。

 このメッセージを見る限りでは、ケーキは無事渡せたみたいだ。一緒に弁当作りができたということは、きっとエリカは喜んでいるだろう。

 心なしかホっとしながら、持ち込んだ荷物を机に置いた。昨日の紙袋だ。

「……ランチは、先輩が来てからでいいか」

 ごそごそとゴーグルを取り出す。

 実は、昨夜のうちに既にソフトの入れ替えは済ませてあった。

 帰宅してすぐに寝てしまうつもりが、怒りが収まらなくて仕方なく延々とセットアップをしていたのだ。

 慣れないシステムでまたもや朝方までかかってしまったので、まだ動作は確認していない。

 本当は、最初に使う時はSiNEルームでサーチに確認しながらにするつもりだったのだが、もう彼女を呼び出すことが出来るかどうかすら怪しいし、昨日の今日ではとてもそんな気にもなれない。

 あの男には『盗んだ』なんて言われたけど、盗んでなんかいない。

 僕が自分で手に入れた情報なんだ。知ったことか。

 サーチに頼れなくなって、ここから先は一人でやってやる。

「よし……」

 昨夜、別れ際にあの男が「ゴーグルを使うな」と叫んでいたので、余計にやる気になっていた。あんな奴の思う通りになってやるものか。

 眼鏡を外して、ゴーグルを付ける。

 サングラスのように色のついたグラス越しに、生徒会室の風景が見えた。

 電源を入れるとそれに被さるように起動メッセージが表示され、同時にフッと明かりが落ちるように外の風景が見えなくなる。

 この機械はもともとネットワーク端末なので、起動すると自動的にΩ‐NETに接続するようになっている。

 形態こそ違えど、基本的にその辺りは家で使っているテーブルトップとさほど変わらない。

(えと……ネットに接続したら、ここで……確か、選ぶ……)

 搭載されているOSは、サーチに資料を出してもらった時に一緒にダウンロードしておいた改造版だ。

 ユーザー認証の途中で、接続モードを尋ねるダイアログが出てくるので、そこで1ビットモードを選ぶ。

 ――認証成功。

 ゲートウェイからウエルカムのメッセージが流れるのを見て、期待に胸が高鳴った。

「よし……あ……うわっ!?」

 成功したと思った瞬間のことだった。

 まず、耳が聞こえなくなった。

 昼休みの騒がしい廊下の喧騒が、ぐっとボリュームを絞ったようになって、プツリと途絶える。

 聞こえない、と、思った瞬間手足の感覚が消える。

 今の今まで椅子に座っていたはずなのに、立っているのか座っているのかも判別できない。

 まるで自分の身体が無くなったみたいだった。

(な……何……これは……)

 声も出なかった。

 見開いた目の前には、夜空のような果ての無い空間。

 上を見ても、下を見ても終わりが無い。

 いや、自分が見ているのが上なのか下なのかも分からない。

 もがこうとしても手が思うように動かなくて、そのくせ目を動かす度にぐるんぐるんと視界が回転する。

 あっという間に気分が悪くなってきた。


 《ホストを移動します》


 唐突にアナウンスが聞こえたと思うと、その場に浮いた感覚のあった身体が、急に落下しはじめる。

(え……ちょ……っと、待ってって!)

 二秒、三秒、四秒、五秒……落ちる感覚が終わらない。

 何だ、これは。

 自分は今生徒会室の長机に座っているはずなのに、どうして全部の感覚が別のことを感じているんだろう。

 落ちる。落ちる。

(何、また……!?)

 刹那、ピタリと落下が終わる。

(えっ……わ……!!)

 今度は身体がフワッと浮き上がり、そのまま落ち葉のようにクルクル周りながらどこかへ持っていかれる。

(――――!!!)

 身体が回転しすぎて、もはや自分がどうなっているのかサッパリわからない。

 大きな波か、荒れ狂う濁流にでも呑み込まれたら、こんな感じがするのかも。


 もしかしたらこれは、何か重大なことを間違えているのではないか。

 昨夜あの男の話を最後まで聞いておくべきだったのだろうかと、後悔の念が途切れ途切れに思考に混ざる。

(――――…………)

 しかし、まもなくその思考も保てなくなり、僕の意識は混沌の中に沈み、消えていった。






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