第5話 ワンビット・ダイビング(前編)-A
ランチタイムは、決まっていつも生徒会室だ。
別に、役員は生徒会室で昼食を取るべしと決められているわけではないのだが、何となく教室よりも居心地が良いせいで、自然と足が向かう。
最初の頃は、僕ひとりきりの静かなランチタイムを楽しめていた。
が、やがてサナエ先輩がちょくちょく訪れるようになり、先輩目当てでエリカも通うようになった。
エンジェル先輩は毎日色々な女の子グループに混じって昼食をとっているのだが、それでもたまには顔を見せる。
静かに食事をするために使い始めたはずなのに、いつの間にかの賑やかな昼休みだ。
「ウィルってば! ちょっとぉ、聞いてんの?」
「……は?」
意識の外側から自分の名前が飛んできたせいで、間抜けな返答になってしまった。
エリカは、食堂から持ち込んだランチプレートのクリームコロッケをつつきながら、聞いてなかったわねとこっちを睨む。
「怒ったって仕方ないわよ、エリカ、ウィルが食べながら考え事してるのなんて、いつものことなんだから」
「そーですけどぉ……」
サナエ先輩になだめられて、エリカはしぶしぶ癇癪を引っ込める。
「で、今日はなあに、例の女の子のことかしら?」
代わりに、先輩がニヤニヤと目を細める。
「えっ?」
「当たりでしょう」
「それは……」
サナエ先輩は、僕に何か面白い反応でも求めているようだ。
先輩の詮索は正解だけど、僕は悩んでいるのではなくて、落ち込んでいるのだ。
そして、昨日の出来事をうまく、かつ差し障りなく説明できる自信がない。
「えっ、なになになに!? 先輩っ、女の子って?」
思わせぶりな言葉に、エリカが食いつく。
サナエ先輩は一瞬思案して、こちらをチラリと見た。
「話していい?」
「……いいですけど、エリカにはどうせ理解できませんよ?」
うんざりした表情で毒づいてみたけど、好奇心でいっぱいのエリカの耳には皮肉としては届かなかったらしい。サナエ先輩の解説に興味津々に聞き入って……まもなく、あからさまに当惑した眼差しを僕に向けた。
「いくらあんたがコンピューター・マニアでも、それはちょっと重症すぎるわ……」
「放っておいてよ。だいたい、あの子はそういうんじゃ……」
「あの子、なーんて言っちゃって、ますます怪しい」
「エリカ……だから違うって……」
変な方向に誤解されるのは不本意なので、どうにか言い訳をひねり出そうとする。
けれど、エリカはそれ以上深く僕の性癖の偏りについて勘ぐろうとはせず、パッと表情を明るくして続けた。
「でもでも、私も見てみたいなー、人間そっくりのプログラム!」
彼女のこういうところは、大変付き合いやすいというか、扱いやすいというか、話していて楽な、助かる部分だ。
だが、実は、彼女の希望を叶えるのは難しい。
「多分だけど、見えないんじゃないかなぁ……」
「どういうこと?」
「使用者制限がかかってるから」
「意味わかんないってば」
「だから、僕にしか使えないようになってるんだって、今のところ」
「えー……」
「試したこともないし、僕もわからないんだけどね。サーチライトは特殊なプログラムみたいだから、君を使用者のひとりとして登録すればおそらく見えると思うけど、出処の分からないプログラムを使って、ブレインポケットに何がインストールされるかも分からないし。うーん、やっぱり、あまりお薦めはできないかなぁ……」
「ねぇ、その、ブレイン……なんとかって、何?」
「え? あー……と、それはね、脳の……」
SiNEをはじめとした現代のヒューマンリンクコンピュータでは、高度に発達した脳波認証技術の応用により、使用者の脳の
随分昔に確立された技術で、現在でも広く当たり前に使われているのだけれど、使われ方が透過的なため、普段僕らがそれを意識することはほとんど無い。
だから、エリカの疑問は尤もだ。
「――えーと、つまり……要するに、コンピューター側からのアクセスが可能な、脳内のデータ保管領域のようなものだよ」
僕にすれば当たり前すぎて、逆にうまく説明できない。
エリカは不思議そうに目を丸くして、そして、サナエ先輩は不安げに眉をひそめた。
「危なくないの? それって……」
「通常、危険は無いはずですけど。みんな意識してないだけで、幅広く使われているものですし」
「……だけど今、エリカに言ったじゃない。あまりお薦めはできないって」
先輩の言うとおりだ。ブレインポケットに安全性の確認がとれていないものを入れるのは推奨されない。
そして、サーチライトの持つ機能はあまりに高機能であり、それ故危険も大きいと考えられる。
「確かにそうですけど……僕自身については、一応、気をつけてるつもりです」
「なら良いけど……でも、まぁ、ほどほどにね」
サナエ先輩は真面目な顔で言った。
放課後、何もかもを横においてSiNEルームへ急いだ。
昨日の出来事――サーチとのやり取りに突然割り込みが入って、彼女が強制終了したことが気になって、昼休みだけでなく、今日は授業の内容すら、ろくすっぽ頭に入らなかったのだ。
「サーチ!」
いつものように図書館を立ちあげて、彼女の名を呼ぶ。
音声コマンドにしてあるから、それでサーチライトを呼び出せるはずだった。
しかし、柔らかい彼女の声のかわりに、足元の床にレンガを二つ並べたくらいの青い光が点き、ヒュンと小さなホログラフィ・ウインドウが現れる。
《ようこそ、こちらネオポリスアカデミー付属ハイスクールSiNE検索システム。何をお探しですか?》
合成音声による読み上げと共に、メッセージが浮かび上がる。
同じコマンドで呼び出されることになっていたそれは、この部屋に元々備え付けられている資料検索システムのウインドウだった。
どうして、という気持ちと、やっぱり、という思いが同時に湧き上がる。
「サーチ……」
もう一度呟くが、やはり彼女は姿を見せない。
いつもの穏やかな図書室は、今ではほぼ唯一の使用者である僕の好みの傾向をちゃんと覚えていて、立ち並ぶ書架に並ぶ本はどれも僕好みの分厚い技術書だ。
ここに並ぶ以外にも、ネオポリスライブラリーと共有する蔵書は膨大で、高校時代を全部使い果たしてもとても読み切れないくらいの資料がある。
入学前からの憧れだったSiNEルーム。
大好きな空間のはずなのに、どうにも物足りなく感じてしまう。
答えは単純。彼女が居ないからだ。
あの圧倒的な力、Ω‐NETの奥深くに隠された情報を、無限に引き出してくれる、魔法のような機能。
あれを体験してしまった後では、《一部の、許可された資料が閲覧できるだけの》この施設が、子供の玩具のようにすら思えてしまう。
「昨日のあれは、一体……」
答える相手の居ない部屋でひとり低く呟く。
そして、昨日の出来事を改めて思い返した。
あの時、確かに何者かが外から割り込んで、サーチライトに強制リターンコマンドを通してきたのだ。
「外って……」
当然、外とはこのSiNEルームが繋がっている、Ω‐NETのことを指す。
世界のどこからかは分からない、ネットを介した匿名(アノニマス)の第三者。
けれど、それが意外なことでないことは、僕自身理解しているつもりだった。
偶然この施設に紛れ込んできた正体不明のSiNEクローラーを、勝手に再起動させて使っていたのは自分の方なのだ。
正規の使用者が彼女を探すのは当然だし、見つけたとしたら手元に戻すのも当たり前だ。
でも、だったら……もう、ここで彼女に会うことは二度と出来ないと、そういうことなのだろうか?
「サーチ……」
未練がましく呟いた視界の隅で、先程立ち上がった小さなホログラフィウインドウが、フワフワと期待するように光を放つ。
ハッとして、思わずそのウインドウを手にとった。
「もしかしたら……」
《何をお探しですか?》
「1‐bitモード」
昨日、最後にサーチに尋ねたことだ。もしかすると、何か分かるかもしれない。淡い期待をもって結果を待つこと数秒――
《………………エラー。見つかりません》
そっけない返事に肩を落とす。やっぱり無いか。聞いたこともない技術だったもんな。
(じゃあ……)
「マーキュリー型AI」
エリカに邪魔されて読めなかった資料は、先技研の部外秘情報だった。それは無理にしても、何かちょっとした手がかりくらいあるんじゃないか?
《………………検索結果三件、表示します》
(やった!)
表示された資料は、ひとつは子供向けに書かれたコンピュータの歴史の本、もう一つはハイスクールの歴史の教科書、最後のひとつは大昔の政府の公報パンフレットだった。
「随分古いものだなぁ……」
マーキュリー型というのは、百年ほど前に実現された、非常に高性能な対人コミュニケーションAIであるという。自然な会話と高度な思考・学習システムを有し、《最も人を理解することができるAI》であると説明されていた。
当時、連邦政府が科学力の粋を集めて開発させた、政策判断コンピュータ《ジュピターシステム》に搭載されたものであるらしい。
「ジュピターって……すごいな。だけど、どうしてそんなものが、SiNEクローラーなんてやってるんだ……?」
歴史に残るAIではあるが、政府の基幹システムに一時期搭載されていただけのもので、その後民間で利用されたというような記述は見当たらない。
サーチライトが同型AIを搭載しているというならば、一体どこからそんな機密に関わるような技術が流出したのだろう。
(いや、もしかしたら、先技研に所属する誰かが作ったとか?)
そういうことはあり得るかもしれない。
――とにもかくにも、彼女のあの自然な振る舞いは、確かに最高峰AIの名に相応しいものだなと思った。
「あ、ウィル~」
人気のない正門を潜ろうとした時、軽い声が僕を呼び止めた。
施設の利用時間いっぱいまでSiNEルームに篭もっていたせいで、既に辺りは真っ暗だ。
「あれ……エンジェル先輩? 随分遅いんですね」
「ふっふっふー……部活だよ……」
「アーチェリー部ってこんな遅くまで練習があるんですか?」
「まぁ、大会も近いからねぇ、サボってると、サナエが怖いし……」
「そっか、同じ部活でしたね、先輩たち」
「そーなんだよぉ……」
エンジェル先輩は弓具の入ったカバンを抱えて、疲れた疲れたと盛大にぼやく。そのまま、何となく並んで帰路についた。
「先輩たちって、仲良いですよね」
「ええっ!?」
先輩たちというのはもちろん、エンジェル先輩とサナエ先輩のことだ。
素直な感想だったのだけど、エンジェル先輩は大げさに驚き、ぶんぶん首を振って否定する。
「仲いいっつーか……腐れ縁的なアレ。幼馴染み的な……」
「へぇ……」
初耳だった。
「弓だって、俺が先に始めたんだよ? それなのにサナエが真似してさあ」
「……サナエ先輩、エンジェル先輩のことが好きなんじゃ?」
「えええっ? ないない! サナエは……」
何か言いかけて口をつぐむ。
そして、コホンとわざとらしく咳払いして言い直した。
「俺とサナエはねえ、同じマンションの、それもよりによってお隣同士なわけ。もう、こーんなちっこい頃からお互い知ってるんだよ」
「……やっぱり、仲良しじゃないですか」
「わかってないなぁ……だからねえ、幼馴染みっていうのはねぇ……」
歩きながら、エンジェル先輩は近すぎる幼馴染み同士がいかに恋愛関係に発展しにくいかを力説する。
僕は一人っ子で、近所に同年代の友達がおらず、従って、幼なじみ、なんて存在もいない。だから、先輩の話も今ひとつ実感として理解することは出来なかった。
「でも、いいですよね、そういう親しい友人がいるのって」
「ああ……もう、俺の話をちゃんと聞いてないでしょう」
「聞いてましたよ? そういうのってやっぱり、深い仲だと思います。僕にはそういう友人はいないので、羨ましいくらいです」
「いーや、わかってないねえ君は、何もかも……」
もうすぐ始まる試験が終わると、半月の大会休暇が始まる。
北半球でも南半球でも季節の良い五月のこの期間に、国を挙げて、ありとあらゆる分野の大会やコンクールが集中して行われるのだ。
僕のようにクラブ活動をしていない学生にとっては、試験後の丁度いい骨休めの期間でもある。
「あ、そだ。ウィル、せっかくだからなんか食って帰ろうよ、俺お腹減ったー」
「えっ、嫌ですよ僕、帰って調べたいことが……」
「ええー、後輩のくせに冷たいー」
「いくらでも喜んで付き合ってくれる人がいるでしょ」
「いないよ今日は!」
「じゃあ我慢してください。僕は嫌ですからね」
「えーっ、そんな、そーゆーコト言うなよぉ、ごちそうしてあげるからっ」
「遠慮します」
拗ねたフリをするエンジェル先輩を突き放して、さっさと先に行く。
「ここの坂降りたところにさ、最近、新しくイタリアンレストラン出来たの知ってる? これが結構旨くてさ、俺、カルボナーラ!」
「……行きませんってば」
「ウィルはそーだなぁ……トマト食べたそうな顔してるから、トマトクリームでっ」
「何ですかそれ……」
彼はやたら人懐っこい。そして、サナエ先輩やエリカとはまた違った方向で強引だ。僕的には決して得意なタイプでも好きなタイプでもなかったが、フワフワの巻き毛を揺らしてニッコリ笑うエンジェル先輩は確かに天使のようであり、何となく、逆らいがたい妙な迫力があるのだ。
「ただいまー……」
「おかえり、遅かったのねぇ、食事は?」
「ごめん、食べてきた」
結局押し切られて、夕食を一緒に食べて帰った。
でも、エンジェル先輩は宣言通り奢ってくれたし、話のとおり、新しいイタリアンレストランはなかなか美味しい店だった。
何だかんだ楽しい放課後だった。
僕は一年では孤立していて、その理由は自分の振る舞いのせいだ。
偏屈は自覚しているし、孤独は苦じゃないけど、生徒会のみんなは良くしてくれると思う。僕だって一応、感謝の気持ちが無いわけではないのだ。
「あら、珍しいわね」
「まぁね……僕、ちょっと調べ物あるから、上行くね」
「はいはい」
母さんは僕の遅い帰宅を咎めようとはせず、ニコニコと笑って言った。
僕は自室に戻り、気を取りなおしたように息をついて、コンピュータの電源を入れる。
(1‐bitモード……情報あるかな……)
帰宅したら、とにかくこれを調べてみようと思っていたのだ。
学校のSiNEルームでは何も見つけられなかったけれど、NeiN‐Thousandでなら、何か流れているかもしれない。
手際よくキーワードで検索をかける。
結果はさほど多くはなかったが、それでも期待通り、同じキーワードを扱っているらしい書き込みが多数発見された。
『1ビット・ダイビングが既に実現されてるってホントですか』
『1‐bit方式なんて所詮都市伝説』
『1ビット・ダイビングなら休眠ホストにアクセスできるらしい』
『情報求む! 1ビット・ダイビング』
『1‐bit方式が実在するとか言ってる奴はガセ情報に踊らされた馬鹿』
リストに並ぶ記事タイトルにどきりとする。
とりあえず、今夜はこれを、読めるだけ読んでみよう。
『1ビット・ダイビング』とは、休眠中のデータホストにアクセスすることの出来る仕組みを言うらしい。
何でも、それを用いれば世界中の眠っているデータを拾い上げることも可能になるという――この辺りまでは、コミュニティをざっと巡っただけですぐに分かった。
一つ一つのメッセージの信憑性はともかく、1ビット・ダイビングといえばそういう技術を指す用語であると、コアなマニアの間ではある程度の共通認識があるようなので、おそらくそんなに間違った内容でもないと推測することができる。
けれど、その実現方法はどうすればよいのか、という段になると、突然情報が途切れた。
というか、情報の内容がバラバラになるのだ。
実現段階に向けて軍が開発中である、と囁く者がいたと思えば、既に使っている奴を知っていると、まことしやかに語る者もいる。
そうかと思ったら、そんなものはただの都市伝説で、そんな技術はもともと存在しない、実現不可能なものだ、とバッサリ否定的に書いている記事も多く……どれが実際に近いものなのか、さっぱり分からない。
休眠ホストから情報を引っ張り出せるなんて、個人的な感情としてはものすごく興味をひかれる内容なのだけれど――
どうにか多数意見らしきものを拾ってみると、その見解はおおよそ「理論的には可能と考えられるが、実現した者はおらず、ただの都市伝説」というものだった。
(でも、じゃあ、サーチの言ったことは……?)
(彼女は言ってたぞ? 実現されてるって)
「――ル」
(あの子が嘘をつくはずは無いんだし……)
「……ウィルってば!」
「えっ?」
聞き慣れた声に顔を上げると、生徒会室にいた。
自分では教室にいたつもりだったのだけど、昨日に引き続き……いや、昨日以上に、ぼんやりしていたらしい。
「先輩……」
どのくらい話を聞いていなかったのかは定かでないが、サナエ先輩は呆れ顔だ。
「昨日から……どうしたの?」
「……すみません」
考え事をはじめると、周りの声が聞こえなくなるのは僕の悪い癖だ。
しかも、そういう時も一応、意識の一割くらいは現実世界で動いていて……今も一応、昼食をとっていた。
「すみませんじゃないわよ。薄情者」
しかも、サナエ先輩が用意してくれた手作りのサンドイッチを、だ。
手に持ったままのそれを見て、改めて思い出す。
そうだった。何の気まぐれか、二人分の昼食を手に、昼休みわざわざサナエ先輩が教室まで呼びに来てくれたのだ。
そして、それを食していたわけだ。
味の印象が思い出せないので慌てて一口かじる。微妙にマスタードの勝った味ではあったが、まぁ、なかなかである。
「その……とっても、美味しいです……よ?」
「……何で疑問形なのよ」
先輩はじっとり睨む。
「すみません」
「謝らないでよ」
「ごめんなさい」
「ウィル!」
いつも昼は食堂で適当なものを買って食べているから、哀れんでくれたのだろうか。何にしろ、不義理なことをしてしまった。
サナエ先輩のご機嫌はこのまま下限を突破してしまうのではないか。
そう思ったけれど、意外にも彼女は苦笑して、出かかったツノを収めた。
「……最近ほんと、どうかしてるわよ?」
この流れで激怒しないなんて、どうかしてるのは先輩の方だと思わないでもなかったが、彼女の機嫌が悪くないならそれに越したことはない。
そっと話を合わせる。
「ずっと、気になっていて……」
「例の、女の子のこと?」
「まぁ……そうなります」
後ろめたいことで悩んでいるわけではないけれど、今の状況を説明するとなると何かとややこしい。
昨日以上に技術的な話を避けて通れないトピックで、先輩にしても興味のもてるような話題ではないだろう。
自分なりに気を利かせたつもりで、ごまかしてお茶を濁す。
「そういや、今日はエリカがいませんね」
「君、同じクラスでしょ?」
「そうですけど……あー、そういえば、今日は声を聞いてないような気が……」
「はぁ、もう、全く……」
サナエ先輩は深くため息をついてから続ける。
「前から言ってたじゃない。今日はあの子、家の用事で休みなのよ」
「え? あ、あー……」
改めて思い出してみる。
そういえば言っていた。親戚の仕事の都合で、結婚式が平日になったのだとか。
そうでしたねと笑ってごまかそうとしてみる。
すると先輩はがたんと席を立ち、妙に力を込めて言った。
「……駄目よ、ウィル。そんなんじゃ」
その後、先輩は一瞬瞳を泳がせてから続ける。
「ずっと同じことばっかり悩んでると、うまくいかないわよ」
その言葉がどこからどこへ繋がっているのかが分からなくて、ハムサンドに伸ばしかけた手が止まる。
先輩は、両手を腰にあてて怒りのポーズをとっている。ように見える。
「……先輩?」
「付き合いなさい」
「へ?」
「明日……どこか、遊びに行くのよ」
言葉とうらはらに、先輩は怒ったように目を伏せたままで、僕と目を合わせてくれない。
コレは一体、どういうことだ?
だけど確かに明日は土曜で、学校は休みだ。
「い、今の調子だと、休日まで制服を着込んでSiNEルームに入り浸っていそうだわ。先輩はそういうの、不健全だと思います!」
生徒会メンバーは仲が良いし、僕と先輩は良い上司と部下であるけれど、今までプライベートでまで一緒に遊びに行ったりするようなことは無かった。
「サナエ先輩……?」
「……何よ、文句……ある?」
きりりとした眉がつり上がり、黒目がちな目が僕を睨んでいる。
サナエ先輩の様子はいつもとだいぶ違う。
怒ってるのかなぁ、やっぱり。
「……無いですよ、先輩」
休日にやりたいことが無いではないが、親愛なるサナエ先輩の気遣いを無駄にしてまでやるべきことではないだろう。
「え……」
先輩は驚いているようだった。
あれ、怒ってるんじゃないのかな?
「わかりました。明日ですね」
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