ラブオアライク。(上)


笑い声が聞こえて我に返る。借りた小さめの実習室の窓に暗幕を張る男子たちの姿がある。

ここらへん? もう少し右! と会話があって、その暗幕を持つのは黒岩だった。

ぱっと目が合う。逸らす。次の瞬間、扉が開く。


「よーす!」

「煩い」


櫻井と、その櫻井にいつものように首に腕をかけられて連行されてきた白峯。手にはコンビニの袋。


「差し入れもってきたぞー」

「先輩だいすきでーす!」

「展示手伝ってくださーい!」

「こらこら、現会員頑張れよ」


櫻井がくるといつも周りが賑やかになる。黒岩に似た性質だ。

一度休憩を挟むことにして、端に寄せた机の上に差し入れが広げられ、学祭準備に取り掛かっていた一、二年生が手を止める。櫻井に集まる輪からすっと抜け出した白峯がこちらへ来た。


「差し入れありがとうございます」

「俺は連れて来られただけ」

「あ、人手の差し入れです」


心底嫌そうな顔をする白峯。近くにいた赤羽が肩を震わせていた。


「おい、赤羽が笑ってる」

「いえ、最近銀杏の口が悪くなってきたのは先輩の影響かなと思って」

「そんなに悪いかな?」

「悪くなるのは成績だけにしとけよ、学部首席」

「ここまで底意地悪くないよねえ、赤羽」

「肯定も否定もできなくて辛い」


視線を感じてそちらを見る。櫻井の周りにいる一年生、の奥にいる黒岩がこちらを見ていた。この短時間で何回目が合っているのだろう。



高校の文化祭ほど、学祭は忙しくないイメージだ。わたしが生徒会に入っていたからか、天文同好会が忙しくないからか。今年の学祭のテーマは『銀河』で、同好会的には考えやすい。プラネタリウムのテーマは秋の星座。

撫子は学祭にはさして興味もないらしく、ちょっとした連休だと言っていた。赤羽は同期の可愛い女の子と学祭を回る約束をしているらしい。

三日間ある学祭の内、プラネタリウムは一日四回行う。やっていない時間は掲示物展示になっていて、学祭を賑わすというよりは彩る出し物になっている。


「本当にすみません!」


天文同好会は外の同好会に比べて活動が頻繁にはないし、強制もない。来られる人、できる人がやっていくというスタイルなので、他に部活や同好会に入っている人も多くいる。受付や星座の説明など、シフトを作る際にも希望は聞いたし考慮もした。


「大丈夫、それに天野さんが悪いわけじゃないんだから謝らないで」


今年入った一年生の女子はラクロス部と兼部が多い。ラクロス部は学祭で焼きそばの販売をしていて、そっちにも行くので天文部の方にも出るという子がいて助かっていた。学祭に興味のない学生は撫子のように連休として過ごす。

目の前で謝る天野もラクロス部。一日目の夜、ラクロス部の友人同士で牡蠣鍋パーティーをしたらしい。それからはご想像の通り、その場にいる皆で牡蠣にあたった。

焼きそばを売る人が不足したラクロス部に、天文同好会と兼部している子たちが向かわねばならなくなり、二日目天文同好会のシフトは穴が空いた。三日目もそうなるとは思っていたけれど、昨日は忙しくてそのことに気が回らなかった。


「わたしが出るから」

「それは……」

「何の話?」


教室から黒岩が出てきた。三日目の午前のシフトは黒岩も入っている。天野のシフトは午後最初だ。わたしのシフトは午後最後なので、お昼が終わったらそのまま居れば良い。


「黒岩先輩、ラクロスの方に出ないといけなくなりまして……」

「ああ、なんか牡蠣のやつ。で、そのシフトの穴を當金が埋めると?」

「でも當金先輩、昨日一日いたんですよ。うちの部員の穴を全部埋めてくれて」


何故それを知っているのだろう。少し固まり、黒岩の反応を見ると、案の定。


「は……?」

「なのに今日も當金先輩に頼むのは……」

「わかった。それはこっちでやるから、早く焼きそばの方行った方が良い」


黒岩の言葉に頷いた天野は一礼して去る。残されたわたしの気まずいこと。

沈黙に耐え切れず、わたしが口を開く。


「言わなかったのはごめんなさい、でも昨日は急だったから」

「昨日も俺居たけど」

「……うん」

「當金は、一人でどうにか出来ると思った」


小さく溜息を吐くのが聞こえた。そんなことを言われても困る。わたしは実際一人で出来てしまったから。

まだ開場していない大学は学生の声しかなくて、静かだ。それが沈黙を際立たせる。

「當金、あのさ」と黒岩がしゃがんでこちらを見上げた。


「當金だけの学祭じゃないからさ。それに来年主に活動してくのは今の一年だから、一年にも仕事回していかないと」


わたしは口を噤むしかない。仰る通りで反論の余地もない。そして、黒岩の冷静さに、自分の中で煮込まれて燃え上がっていた怒りがぴゃっと水を浴びて、沈んだ。

結局、天野のシフトは一年生が埋めることになり、働きすぎだとわたしのシフトまで黒岩が受け持つことになった。それに反対して話が大きくなるのも嫌だったので、渋々承諾した。

午前から来たものの、一日暇になってしまった。打ち上げは夜だ。



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