ラブオアライク。(下)
「乾杯」と音頭を取ったのは黒岩だった。引継ぎが終わってから、黒岩が適役だということで飲み会で音頭を取ってくれている。
そのおかげでわたしは席の端っこで、赤羽と仙斎の間で、小さくなって飲むことが出来る。先日二十歳になったのでお酒が解禁した。
学祭に来ていた三年生も参加していて、その中に櫻井と白峯の姿もあった。
「銀杏、ハイペースだね」
「そうかな? 赤霧島飲みたい」
何杯目かのビールを飲み干した後、ぼーっとしていると仙斎に心配された。
「大丈夫だよー」
「本当なのか……」
「わたしって丈夫だからね」
赤羽が隣のテーブルで同期の子と楽し気に喋っていて、黒岩は一年の男子と飲んでいる。テーブルに肘をついてその様子を観察する。
「ひとつ當金に謝りたいことがあってさ」
「え、学祭のシフトのこと?」
「いや、違う。シフト何かあった?」
「何もないよ。謝りたいことって?」
「告白すればって、嗾けたこと」
花火大会がひどく昔のことのよう。
仙斎は後ろに手をついて胡坐をかいている。同じテーブルにいる同期は違う話題で盛り上がっていた。わたしと黒岩の話題はもうとっくに忘れ去られている。
「別に仙斎くんが言ったからしたわけじゃないよ」
「だろうけどさ、俺の中の罪悪感が消えないから。謝りたい。ごめん」
「うん、いいよ」
仙斎が三年のテーブルから呼ばれ、わたしは宴会場から出た。店の外に出ると涼しくて、夜風が気持ち良い。ふと横を見ると、喫煙者用のベンチに座る白峯の姿。寝ているのか、動かない。
ふとこちらを向いて、隣を指示した。そこへと座ると、がっと肩を組まれる。どんなに白峯が白くて細めで美形だからと言って、男女の力の差はある。止まる余裕なく後頭部が白峯の鎖骨あたりにぶつかった。
これは肩を組むというより、ヘッドロックのような。
「ねむー……」
小さく呟く声が上から聞こえる。
「先輩。わたしの辛い話、聞いてくれます?」
「興味ねえよ」
「この前、黒岩くんに『嫌いって言ってほしい』って言ったんです」
「聞けよ。鬼か、お前は」
「ですよね。わたしも鬼みたいだなって、後から思いました」
先程の仙斎の言葉を聞いて、自分のしたことを振り返る。わたしも黒岩に同じことをしていた。自分の気が済めば良いからと、言葉を強要した。仙斎のとは比べ物にならないほど、重いことを。
白峯の腕の力が緩んで、わたしは姿勢を戻す。肩に腕がかかったまま、話し続ける。
「別に黒岩は當金のこと、嫌いじゃないと思うけど」
「どうしたんですか。優しい先輩が出てきちゃってます」
「好きにも種類があるからな」
傍から見たら恋人同士が仲睦まじく肩を組んで話しているように見えるのかもしれない。でもそれは外側だけ。
言葉と同じだ。中身は開けて見ないと分からない。
白峯はわたしの方は見ておらず、対面の路地裏の向こうを見ている。
「當金の思う感情と黒岩が考える好きが、全く一緒ってことはほぼないだろうな」
「どういう違いですか」
「知らね」
投げ出された。少し良いことを言ったかと思えば、すぐにどうでも良いという顔をする。その横顔を小さく睨むと、ぱっと腕が離れた。
店から出てきた黒岩が見える。
「時間きたし一次会解散する?」
「あ、うん」
「二次会の場所も押さえた」
「さすが黒岩くん」
きょとんとした顔。何にそう思ったのか分からないけれど、とりあえず隣に座る白峯の方を見た。
「僕は一服して戻る」とポケットから煙草を取り出す。今まで吸っていなかったくせに、と思いながらベンチから立ち上がる。酔いがやっと回ったのか、少しよろけた。わたしがベンチの背を掴むより先に、二の腕を掴まれる。
「大丈夫?」
「あ……りがとう」
「じゃ、先輩。先戻りますね」
「んー」
腕を掴まれたまま店の中へ入って行く。掴まれたところが熱い。わたしの身体か、それとも黒岩の手か。
宴会場に入る前には離された。皆は少しずつ帰り支度を始めていて、黒岩がそれに声を掛けた。入り口付近の席に櫻井がいる。
「白峯先輩が喫煙所で酔い潰れてました」
「まじで?」
「櫻井先輩が来ないと帰れないって駄々こねてました」
「それは面白すぎる。行ってくる」
立ち上がった櫻井がすぐに会場を出ていく。さっき変に気を回した白峯へのお返しだ。
二年会計の仙斎が伝票を持って金を数えている。
「大きいのあるから、両替する?」
「助かる、会長様」
「とんでもない、会計殿」
噴き出した仙斎の笑いのツボに入ったらしく、暫く笑っていた。黒岩と赤羽が怪訝な顔をしながらこちらへ来る。笑いながら仙斎が今の会話を説明して、二人が肩を震わせる。それにつられてわたしも笑ってしまう。久しぶりに四人で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます