よく見てごらん。


土曜日、バイトに行くまで大学で勉強しようと思って来てみると、白峯がラウンジにいた。缶コーヒーを右に、レポートを書いているらしい。それに近づくと、すぐにこちらを向く。


「こんにちは」

「お前、大学スキね」

「先輩ほどじゃないです」


許可なくその隣に座ってみたが、拒否されなかったのでそのまま横にいることにした。

白峯はわたしに構う余裕もないらしく、黙々とレポートを書いている。

わたしも勝手に勉強を始めると、暫くして白峯がPCをとじた。レポートが終わったらしい。


「朔ーっておお、當金もいる!」

「煩い」


突然現れた声の主は、櫻井だった。天文同好会、前会長。白峯の幼馴染で想い人。

櫻井が気安く白峯の首に腕をかけており、白峯が鬱陶しそうに首を傾けている。


「今日授業?」

「いえ、バイト前に勉強しようと思って」

「當金、学生の本分は遊ぶことだぞ」


そのままの恰好で櫻井が言う。腕をかけている白峯がそれか逃れようとする。


「暑苦しい。櫻井はレポート終わらせてから言え」

「そうだ朔、教授が呼んでた」

「それを先に言えよばか」


PCを持って立ち上がり、荷物をそのままにラウンジを出て行った。わたしはどうしようかと櫻井の方を見ると、白峯の座っていた場所にすとんと腰かけた。

櫻井もまた、白峯やわたしとは反対側の人間だ。

いるだけでその場が明るくなって、人が集まる。恒星だ。対して、わたしは惑星か衛星……あれ、どうしてわたしの話に。


「當金って、朔と付き合ってんの?」


コーヒーを飲んでいたら噴き出していたと思う。

櫻井は至極真面目にわたしを見ている。どう答えるのが正解なのか、自分の中で探した。


「朔がさー、女子に構ってんの、當金が初めてだと思うんだよ。黙ってると美少年だけど口開いたら虎みたいじゃん」

「虎……」

「男にもそれで嫌厭されることあって、大変だったんだよ」

「でも、櫻井先輩が傍にいたから虎でいられたんじゃないですか?」


小さい白峯が虎のように威嚇する姿を想像する。その隣に宥める櫻井。

今と何ら変わらない。

返事がなくて、櫻井の方を見るとぼんやりと何かを思い出すように遠くを見ていた。


「付き合ってないです。白峯先輩とは」

「あ、そうだったのか、ごめん」

「先輩は好きな人がいるそうで、わたしはご存じの通り、黒岩くんに振られた身です」


最近黒岩を避けたり極力話をしていないので、同好会内ですぐに二人の仲が決裂したらしいと噂になっていた。それは赤羽から聞いているので疑うことはない。

櫻井が驚いたように目を丸くしているのは、たぶん。


「好きな人いんの、朔」

「わたし、バイトなのでそろそろ行きます」

「ちょっと待って、相手は」

「あれ、誰だったっけ。今は思い出せないです」


それを躱して、わたしも立ち上がりラウンジを出た。ちょうど白峯が階段をおりてくるところに立ち会う。きょとんとした顔でこちらを見ていた。


「もう帰んの?」

「はい。櫻井先輩が虎みたいだって言ってました」

「は?」

「白峯先輩のこと」


はあ? と眉を顰める白峯の横を通って大学を出る。

夏が完全に去ろうとしていた。








大学の学祭も以外と提出書類多いんだな、と資料をペラペラ捲りながら思う。

天文同好会は食べ物は扱わないので、そこらへんは色々と楽な方だけれど。


「當金、学祭の書類さ」


空きコマをラウンジで過ごしていると、黒岩が来た。撫子は授業よりも大事な用事があるとのことで、わたしは一人だった。


「もう出したよ」


うんうん人形となるのは難しく、日本語を返した。何に驚いたのか分からない黒岩がこちらを見る。


「え、出した?」

「うん」

「あれ全部書いたってこと?」

「うん」

「言ってくれれば半分やったのに。あとやることって」

「当日のシフトも大体作ったから。あとは装飾くらい」


と言ってもうちの同好会の出し物はプラネタリウムと展示物のみなので、殆ど学祭間際まですることはない。きっと黒岩が一緒にやろうと言ってくるだろう、と思っての対策だった。書類も書きなれているので、そんなに大変では無かったし。

プリントをまとめて、立ち上がる。徐に動いたわたしを見て、黒岩が少し動揺したのが分かった。どうして分かってしまうのだろう。

まだ好きだからか。


「當金、どこ……」

「同好会室に」

「俺も行って良い?」

「……来ないで」


まだ好きだ。だって何年も好きだった。そんなに簡単に好きなのを止められない。


「待って、當金」

「まだ何かあるの?」


こうしてずるずると、わたしの中の想いが整理されていかない。それなら拒絶するしかない。


「前みたいに、一緒に飯食ったり、したいんだけど」

「……黒岩くんは狡い」

「え?」

「じゃあ、わたしのことが嫌いだって言って」


顔を見上げる。もう中学高校のときとは違う。わたしたちの身長には顔ひとつ分以上の差ができて、わたしたちの関係はわたしが壊してしまった。紙と同じだ。一度皺がついてしまえば、それはどんなに引っ張って均しても元には戻らない。

それならもう、後に戻らなければ良いだけ。

黒岩がわたしに返したのは『付き合えない』という言葉だった。わたしの『好き』に対する言葉がない。『付き合えない』のなら『嫌い』であってほしい。

そこまで綺麗に斬られたなら、わたしはもう少し笑っていられた。笑っていられる、はずだ。


黒岩は何も言わず、花火大会のときのように顔を強張らせるだけだった。


「……へんなこと言って、ごめんね」


感情が重ならないことも知っている。




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