見様見真似。


天文同好会、会長が櫻井、副会長が白峯。

この春、二人は三年になる。

そしてわたしたちも無事進級して二年になった。


「當金、会長やる?」


サークル棟の二階の角部屋。そこに天文同好会は同好会室を持っており、その面積の殆どを学祭で使用した展示物などが占めている。

サークル棟自体があまり人の気配がなく、ひっそりと本を読むのに最適だと知った。同じことを知り、ここで眠っていたのが白峯だった。

白峯は色白で、後ろ姿はベリーショートで少し肩幅の広い女性くらいに見える。生きるのが酷く怠そうで、本人に尋ねると「起きるのも眠るのも怠い」と言っていた。

わたしが今まで出会ったことのないひと。


「……やりません」

「はい決定」

「聞いてください、他人の話を」

「んで、黒岩が副会長」


他人の嫌そうな顔を見るのが死ぬほど好きらしい。白峯はパイプ椅子に綺麗に足を折り畳んで膝に腕をかけている。わたしが静かにそちらを見ると、爽やかに笑った。


「自分で作ったジンクス押し付けないでください」

「何のことだ」

「会長副会長になったら、恋は実らないんでしょう」

「お前締めるぞ、まだ終わってねえよ」


色白に見合った綺麗な顔をしているのに、口調が乱暴。最初はとても苦手だったけれど、『黒岩と付き合えば良いのに』と肩を組まれたときにそれは無くなった。


「会長のこと諦めてないんですね」

「僕は一途だから」

「お互い同じ船に乗って沈んでる最中なんですよ」

「お前と同じ泥船に乗ったつもりはない」


泥船って、ひどい。

わたしは文庫本に栞を挟んでとじた。開いた窓から春の風が入ってくる。


「じゃあ、白峯先輩の船の素材は何ですか?」


新入生のオリエンテーションが行われているらしく、窓の外から楽しそうな話し声が聞こえる。白峯もその声を聴いてから口を開く。


「紙に決まってんだろ」


自信満々で言うので笑ってしまった。きっと真っ白な紙に違いない。

白峯が想う相手は、会長の櫻井。去年、新歓で音頭を取った男。

恋愛対象はいつも同性だと、聞かなくても教えてくれた。特にそのことに関して何か思うことはなかった。大学に入るまではずっと女子校だったので、その中で付き合っている子を見てきた。赤羽だってその一人だ。

でも、櫻井の恋愛対象は女性だ。ノンケというらしい。

わたしたちは、ここでお互いの傷を舐め合っている。



この前、ふと思って仙斎に尋ねた。


「黒岩くんって、彼女に対してちょっと冷たい感じなの?」

「冷たい……というか」


何を考えたのかは分からなかったが、その答えを聞いて分かった。


「あれが普通。友達にもあんな感じだし、俺にもあれ」

「え?」

「當金と話してるときはさ、良い子ちゃんの顔してんだよ。春は友達の前ではあんまり笑わないし、自分から近づくこともない。猫っぽい」


猫っぽい。その言葉が頭に残る。

確かに、本当に最初に黒岩に出会ったときも、自分から近づいてくる印象は無かった。

なんでわたしの前で良い子になっているのかは、分からない。


「春は基本的に付き合ってないときの告白は断んない」

「……うん」

「付き合わんの? 君らは」


顔を上げる。なんか、最近そんなことばかり言われるなあと思う。

仙斎は気遣った顔をして、それでも返答を求めていた。

黒岩に彼女がいないときは告白を断らない。今告白すれば付き合うことが出来る。

数学の命題みたいな。


「黒岩くんに言えば良いのに」

「んー……春に當金の話するとさ」


ぎしぎしとどこからか、軋む音がする。わたしにしか聞こえないそれ。


「すげー不機嫌になるから、振れない」



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