ままならない。
心音が煩い。どきどきしながら食堂に移る。お昼時なので学生が多いけれど、赤羽を待つだけなら良い。
赤羽に食堂に居ることを送って、サンドイッチを抱いた。
二限の試験を終えた赤羽がテーブルに来る。憔悴しきった顔で「もう終わったよ、いろいろ」と言いながら座った。
「お疲れさま」
「一夜漬けはやっぱりだめだ……銀杏、なんかあった?」
「……さっき、修羅場を目前にするところだったの」
「え、黒岩?」
頷くと、赤羽はあからさまに呆れた顔をする。頬杖をついて肩を竦めた。
わたしはその肩に身を寄せて声を潜める。
「ラウンジで黒岩くんが正面に座ってたら、彼女が来て一触即発な雰囲気だった」
「え、最近二人一緒に居るの見なかったけど」
「そうなの?」
「いや、あなたたちね。銀杏と黒岩、二人ともあんまり近づかない感じしてたけど、さっき一緒だったってこと?」
「うん、普通に合宿のこととか話してた」
言われてみれば、わたしだってゆるりと黒岩を避けていたし、逆もまた然りだろう。それが先ほど解かれた、ということは。
今でもあの雪の日が鮮明に思い出される。
「銀杏、修羅場が歩いてきたけど」
何て言い方をするんだ、と聞きながら思ったけれど、わたしはゆっくりと視線をあげるより外なかった。赤羽もそちらを見ていて、彼女もこちらを見ていた。
「當金さん」
「……はい」
「明華卒で成績優秀で家柄も良いらしいね。そんなひとから見たら、あたしなんて可哀想だろうけど」
周りの雑音は聞こえない。彼女の瞳は不安定に震えていた。
今にも泣きそうで、わたしはその下睫毛にしか目がいかなかった。
「可哀想だって思うなら、ちゃんとここまで降りてきたらどうなの?」
ここまで、という言葉に胸がざわつく。
彼女の肩に手がかかる。それは黒岩で、きちんと追ってきたことにほっとした。
「ごめん、また今度」
黒岩はわたしの目を見てそう言って、彼女の腕を引っ張って食堂を出ていく。彼女は何も言わずにそれに従っていた。隣のテーブルの学生たちがその様子を見ている以外、食堂はいつも通りだった。
背もたれに背中をつけた赤羽が「なにあれ」と小さく息を吐いた。
「なんだろうね……」
「いや、暴言でしょう。男と女の修羅場怖い……」
「暴言はほら……わたしも悪いから」
関係が壊れるのがただ怖くて、わたしは変わらないままここにいる。そこまで、降りていくことはない。
彼女たちはそれをきちんと分かって、わたしにそれを言ってきたのだ。
赤羽は何か言いたげに口を少し開いたけれど、何か言うことはなかった。
それから少しして、夏休み中のオープンキャンパスより前に黒岩は彼女と別れた。どんな別れ方かはわたしが知る由もなく、文学部の彼女とは学内で目が合うこともなかった。
学生スタッフとして働く頃にはもういつも通りに戻っていて、赤羽に呆れられた。
どこかで分かっている。わたしの気持ちも、この関係性も、誰かを傷つけてきて、これからも誰かを傷つける。
そして最後は大きく自分が傷つくのだ。
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