春死なん。


暖かくて柔らかい風が首元を過ぎるたび、ぶわっと体の奥で何かが大きく膨らむ気がする。その正体が何か分からず、大学のオリエンテーションを終えて、少し話をする同級生ができた。

人の多いキャンパスなだけあって黒岩とも赤羽とも会えない。メッセージのやりとりだけした。


入学式当日。用事のある母に代わって柾が来てくれるという話だったけれど、昨日から柾が帰って来なくて母が鬼のように怒っていた。桜の散った道を一人で歩いていると、後ろから声をかけられる。


「銀杏!」

「赤羽ー会いたかった!」

「あたしも。どこの棟でオリエンテーションだった?」

「5号棟だった。赤羽は?」

「1だった、きっと授業始まったら会えるね」


赤羽も一人らしく、式場まで歩いていく。入ると学部ごとに場所が分かれていて、法学部の赤羽と別れた。

自分の学部の方へ進むと、後ろから顔を覗き込まれて驚く。髪の毛が明るい。


「やっぱり當金だ、スーツだから分かんなかった」

「黒岩くん」


黒髪はどこへやら。バイトをしていたときの髪色に戻っていた。わたしはそれを見上げて、だから姿を見つけられなかったのだなと思い返す。

黒岩も勿論スーツを着ていた。


「すげー久しぶりな気がする」

「わたしも思った」

「オリテ長かったなー」


学部エリアに来た順で座っていく。わたしの隣が端で、そこに黒岩が座る。オリエンテーションで話した子が前に居ないか目で探す。


「春」


後ろから声が聞こえて、黒岩が振り向く。わたしも反射的にそちらを向いてしまった。


「お、治郎」

「はよ。あっちに石竹もいた」

「マジで、ちゃんと寝坊せず来てんじゃん」

「友達?」


ぱっと目が合った。あ、見過ぎていた。


「當金、予備校が一緒。こっちは仙斎治郎、高校同じ」

「初めまして、當金銀杏です」

「はじめまして、仙斎です。あー明華の子か」

「そうです」


予備校で黒岩くんと一緒に居たので、黒岩くんの高校の人からの視線はひしひしと感じていた。うちの制服は知られているし。


「銀杏って秋の? すごい名前」

「よく言われます」


そして初対面の相手に名前を紹介すると大抵言われる。赤羽にも言われたくらいだ。名前目立つよねって。

仙斎は黒髪で眼鏡をしていた。雰囲気が藤に似ていて、真面目そう。黒岩の友達は賑やかな人種ばかりだと決めつけていた。

思えば、友達を紹介されるのは初めてだ。


「黒岩くんの同級生、何人くらい入ったの?」

「知ってる範囲で仙斎と石竹……法学部に入った奴だけかな、他知ってるか?」

「いや、知らねえ」

「じゃあ二人だ。當金のとこは?」

「わたしも知ってるの、法学部に一人しかいない。小中高とクラス一緒にならない人は話もしたことないから……」

「でも當金が知らなくても向こうは知ってんじゃね? 生徒会長だったし」


確かに、とは思ったものの、生徒会長だったからと言って話しかけてもらえるわけでもない。黒岩ならきっとされたかもしれないけど。

他愛ない話をしていると入学式のアナウンスが流れる。


入学式が始まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る