願わくは 花。
サクラサク。
「おめでとう。次帰ったらお祝いしよう」と父から珍しくメッセージが入っていた。
「藤帰ってくるって。柾も今日はフラフラしないで帰ってきなさい」
「相分かった」
「お祝いなんだからね。あ、黒岩くんは呼ぶの?」
「え、呼ばないよ。なんで急に」
「あの子急に現れるじゃない」
母の中で一体黒岩がどんなイメージでいるのか未だに分からないけれど、家族ぐるみのお祝いに呼ばれて嬉しい友人がこの世にどれだけいるのだろうか、と考えてしまう。
「困るだけだろ」
と、リビングのソファーで雑誌を見ている柾の言葉。母もそっか、と納得した顔をして話題が逸れていく。
やっとわたしの行く大学が決まった。
「おめでとう、銀杏」
学校で赤羽が待っていてくれて、わたしは駆け寄る。
担任に結果報告をして、二人で廊下を歩く。既に春休みに入っていて、校舎内は部活をする生徒以外いない。音楽室の方から管弦楽部の演奏が聞こえた。
「ありがとう。大学でもよろしくね、赤羽」
「こちらこそ」
自然と足は生徒会室へと向いていた。
いちおうノックをして扉を開ける。誰もいない。
「寂しいもんだね」
赤羽が元自分の席に座って呟く。
「同じこと、去年も言ってた気がする。三年生いなくなって寂しくなったって」
「そうだっけ?」
「うん。あと、去年の文化祭のときに赤羽がわたしについてくれたことも一生忘れない」
「そんなこともあったね」
窓を開けると温かい風が入ってくる。近くで桜の花びらがひらひらと舞っているのが見えた。
「文化祭、大変だったなあ……。あのとき、赤羽が松江さんのことを宥めてくれたけれど、他にも反対する声があがったらどうしようって思ってたの。退任式のときのスピーチも後からチクチク言われたし」
思い出して笑うと、つられたように赤羽が頬杖をついてくつくつと笑った。
「なんか初めて當金会長じゃない本音を聞いた気がする」
「え、そう? 赤羽には言ったと思うけど、わたし会長になりたくないって」
「聞いたよ、なんとなくその理由も一緒にいて分かった気がする」
苦笑されて、わたしはなんとも言えない気持ちになる。入ってきた風に赤羽の前髪は少し乱された。
予備校にも行って小倉さんに報告しなければいけない。生徒会室を後にして、わたしたちは校舎を出た。
「じゃあまたね」
「うん、またね」
別れて道を行く。予備校へ行く途中、黒岩から電話があった。合格の報告と、予備校に行くと言うと来てくれるらしい。
「……本当によかった……!」
小倉さんが涙ぐんで言ってくれる。春期講習中なので受付の階は静かだった。
「當金さん、勉強はしっかりしてるのにそれ以外がぼんやりしてるしインフルエンザになっちゃうし後期って知ってる? すごく狭き門なの」
「あはは、知ってます」
「笑い事じゃないんだから! もうこっちの胃がきりきりしてたんだから」
「ご心配とご迷惑をかけてすみません。とりあえず行く大学は決まったので」
小倉さんがたまに大きい声を出すので近くにいる事務の人がちらちらこちらを見てくる。それを宥めていると、黒岩が現れた。
「なんだかんだ二人とも大学決まって良かった。黒岩くんは私大コースからよく国立に頑張った」
「まー俺をここまで連れてきてくれたの、當金なんで」
「秋口には『俺が當金を予備校に連れてきたんだ』って豪語してたのに」
「冗談に決まってんじゃないですか」
「本当に仲良いねえ。同じ大学に決まったし、学部一緒だし。當金さんは心配してないけど、黒岩くんは楽しみすぎて留年しないように」
「大丈夫です、俺には當金がついてるんで」
「それは當金さんの台詞だから」
会話を聞いて笑っていると、黒岩がふとこちらを見た。
「じゃ、俺らはこれから花見兼合格祝いをしてくるんで」
「はい、何かあったらまた来てね」
「何かって、なんですか?」
「退学とか」
二人して乾いた笑いを上げて、小倉さんに別れを告げた。予備校を出ると夕方すこし前。
猫公園でお花見をすることが決まった。
「おめでとう」
「ありがとう」
缶紅茶を渡してくれる。黒岩は缶コーヒーを持っていた。
温かい気温に気持ちが浮つく。猫たちがどこからかやってきて、近くで寛いでいる。
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