縫い目と繋ぎ目


桜の蕾が膨らんでいる。

小倉さんに挨拶しようと卒業式からそのまま予備校行くと、黒岩に会えた。目が合ってすぐに分かった。それが分かるくらいには、一緒にいたのだなと思う。


「受かったよ」

「うん、おめでとう」

「でも俺、まだ喜ばない」


黒岩が言った。視界の端で小倉さんがこちらに来るのが見えた。


「當金が受かるまで喜ばない」

「そしたら春になっちゃう」

「花見してお祝いじゃん」

「二人とも、何しにきたの?」

「報告を!」

「挨拶を」


小倉さんに笑われた。

わたしも黒岩も気が抜けて笑ってしまった。





銀杏なら大丈夫とか、そういうことを友人によく言われた。わたしのこの状況を聞いても、そういうことを言う友人はいる。他人事だから言えると取るか、信頼してくれると取るか。

わたしがわたしのこと、一番信用できないな。


受験当日、夜中から未明にかけて雪が降るとお天気お姉さんが話した。母が心配してホテル取ろうかと言ったけれど、それは流石にと断った。予想降雪量は5センチだというし、二つ隣の駅だし、「もし電車動かなかったら歩いて行く」と言った。「歩いて、って一時間半はかかるじゃない」と困った顔をされた。



わたしは、神様から嫌われているのかもしれない。


『――交通機関が乱れており、駅には多くの人が――』


テレビの中でアナウンサーが言っている。目覚ましより一時間も早く起きたのは何か予感をしていたからか。

母が扉を開けて外を確認している。白銀の世界、と小説では言うのだろう。確かに全て真っ白だった。


「電車動いてないみたい。これじゃ車も出せないわね」

「本当に歩くことになるとは……」

「一緒に行くから、一人じゃ危ないでしょう」

「ありがとう」


さっさと朝ごはんを食べてさっさと出よう。電車の運休とかで開始時間が遅れるかもしれないけれど、早く着く分には問題はない。途中大きな落とし穴や河でもない限り、歩けば着く。


スクールバッグだと転んだときに両手をつけないから、という理由でリュックにした。母がすぐに作ってくれたお弁当を入れる。


「行ってきます」


お兄ちゃんが小さいときに履いていたというエンジニアブーツで雪の上をザクザクと歩いていく。水っぽくないのが幸いだ。でも、これ5センチどころじゃない。

道路が雪で埋もれて、ランドセルを背負った子たちが元気に雪をかき集めている


駅まで行った辺りで、携帯が震えた。


「もしも」

『當金どこ?』

「今、は駅の近くに」

「『いた!』」


声が重なった。そちらを見ると、反対側の歩道を歩いている姿。なんで、ここに。


「『電車止まってるから歩いてるかなと思って』」


声が届かない距離ではないけれど、電話越しにも聞こえる声。次の横断歩道を渡って、黒岩はこちらへ来た。

母がきょとんとした顔で黒岩を見ている。


「おはようございます」

「おはようございます、約束してたの?」


母が挨拶を返している。二人が話しているのを見るのは、去年の雪の日ぶりだった。しかもそんなに、わたしの所為で、お互いの印象が良くないような……。


「いや、俺が勝手に来ました」


からりと笑った黒岩に、母もつられて笑った。ドキドキしながらそれを見ていると、母がこちらを向く。


「じゃあ戻るから。気を付けてね、着いたら連絡してね」

「え、あ、うん。ありがとう」

「力、出し切ってくるのよ」


手をぎゅっと握って母が言う。それに静かに頷いた。


「黒岩くん、よろしくね。二人とも気を付けて行ってらっしゃい」


戻っていく母の姿を見てから、黒岩の方を向いた。


「おはよう」

「おはよ、寒いなー」

「雪降ったくらいだからね」

「でも晴れた」


空は青く、順々と日光が雪を融かしていくだろう。黒岩はネックウォーマーに顎を埋めてはにかんだ。


「これ貸して」


あれよあれよと背負っていたリュックを取られる。それから手に何かを渡された。温かい。


「カイロ。もう一個あるけど両手に持つ?」

「い、一個で大丈夫」

「じゃ、行こう」


黒岩が握っていたであろうカイロは温かく、わたしのリュックを背負って先を歩いて行く。


「カイロはありがとう。でも荷物は自分で持つよ」

「これから一時間半くらいは歩く、それから當金は試験を受ける」

「うん?」

「だから荷物の負担くらいは他人に預けて良い。當金はもっと他人を頼って良いと思う」


正論すぎて何も返せない。頷くと、黒岩は前を向いた。

ザクザクと雪を踏みしめる。


「これ雪だるま作れんじゃん」

「さっき作ってた子いたよ」

「マジで? 何個でも作れるだろうな」


わたしも、試験が終わったら何個でも雪だるまを作りたい。


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