遠くて近い。
気づけば文化祭が終わっていて、冬休みも間近。
今年は暖冬らしく、まだマフラーを巻いていない。寒くない冬も少し味気ない気がする。
三年生の殆どの受験組はピリピリし始め、予備校でも自習室の埋まり具合が変わっていた。わたしは秋に買った小説を漸く読破し、小説から単語帳へと持っているものが変わって、赤羽に苦笑いされた。
「カウントダウンって好き?」
唐突な質問に、わたしは購買で買った野菜ジュースのストローから口を離す。野菜ジュースの味って少し苦手かも、と久しぶりに飲んで思った。これを飲むのなら野菜を食べる方が好き。
「年越しまで、とか卒業までってこと?」
「そうそう。行事があるごとに、黒板の隅に書かれるあれ」
赤羽の言葉に、鮮明にその様子が頭に浮かんだ。誰かが毎日書き直しているのだろう。毎日きちんと変わっていく日数を見て、好きか嫌いかなんて考えたことは無かった。
「赤羽は嫌いなの?」
「あの追い立てられてる感じが嫌」
「センターまでって書かれてたら、確かにわたしも嫌かなあ」
「あーお腹の調子が」
そう言って栄養補給ゼリーを食べる赤羽。最近固形物を食べている気配がないのは、お腹の調子が原因らしい。
わたしは個包装のクッキーをひとつ渡す。「ありがとう」と言いながら赤羽はそれをポケットにしまった。高校に入ってから、どの生徒よりも赤羽とは一緒にいたつもりだったけれど、こんな一面があることを知らなかった。
「赤羽って兄弟いるの?」
「いるねえ、不良の妹」
「そうなの? 仲良い?」
「いやー全然話さない。てかあんまり家にいないな」
あまり家にいない兄弟をわたしも持っている。不良……不良……柾は不良かな。
赤羽は首を傾げる。
「どうしたの、急に」
「うちの一番上の兄がね、今度彼女連れてくるって」
「え、結婚するの?」
「したそうだったけどね、母があんまり良い顔してなかったの。年上の人みたいで」
柾と徒党を組んでその結婚を成立させようとしている悪い妹ですよ、わたしは。
そう続けると、赤羽は少し笑った。
「仲良いね、真ん中のお兄さんと」
「よくいじめられたけれどね。何故かお兄ちゃん、全然勉強しないのに頭は良いの。ただ生活能力が無いんだよね、よくお母さんに借金してるし」
「就活大変そうだねえ」
「何になれるんだろうね」
受験を前にお兄ちゃんの就活の心配する図が面白くて、わたしも笑った。丁度鐘が鳴って、最終下校時刻。赤羽がノートを閉じて机の上を片付ける。
単語帳を鞄に入れて、戸締りをチェックする。生徒会室での癖が教室でも出てしまう。赤羽に笑われた。
廊下に出て少し歩くと、ぼうっと人影が見えて驚く。人は本当に驚くと声が出なくなるものらしい。
「あ、帰るところですか?」
「うん。水縹さん、まだ残ってたの?」
「忘れ物しちゃって。生徒会室に萌もいます」
「そうなんだ、気を付けて帰ってね」
「先輩方もお気をつけて。さようなら」
萌とは萌黄のことだろう。挨拶をして別れる。
「すっかり生徒会員だね」
「文化祭乗り越えると変わるねえ」
「あたし等も頑張ろ」
「……赤羽って不思議だよね」
廊下を歩きながら赤羽と話す。
「不思議? はじめて言われた」
「なんかふっと人の懐に入ってるの、すごいなあと思うよ。内部生と外部生って前からちょっと壁のあるイメージだったけれど、赤羽はそういうの全部払っちゃってたもの」
「あーなるほどね」
「赤羽はそれ以前に人にモテるからね。脚長いし協力的だし。わたしの知り合いにも一人いるよ、そういうひと」
「脚長いひと?」
「脚は普通だけど、友好的で協力的なひと」
黒岩の姿が脳裏に浮かぶ。
昇降口でローファーに履き替えていると、赤羽に顔を覗かれる。
「それって前に言ってた銀杏の好きなひと?」
「う」
「まだ片想い中なの?」
「そこはノーコメントで……」
「銀杏の良いとこは気が長いとこだよね。あたしならさっさと告白して付き合うか次いっちゃうか」
笑う赤羽が羨ましい。わたしにその度胸があれば、どれ程良いか。
いつしかファストフード店で聞いた、『なわけねーだろ』が頭に残っている。
すごく遠くて近いひとだ。
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