掌と掌を合わせて。


玄関で久しぶりに見た姿に、少し感動を覚える。


「お兄ちゃん、おかえり」

「ん、ただいま」


一番上の兄は、穏やかに微笑み振り向いた。

當金藤。社会人三年目で、一人暮らしをしている。今日は二番目の兄も家にいるので、久しぶりに家族が揃った。


「兄ちゃんお帰り」

「ただいま。なんか柾に会うの本当に久しぶりな気がする。バイトしすぎだろ」

「いつもバイト入ってる日に帰ってくるのが悪い」


二番目の兄、柾と一番上の兄、藤が話している。確かに、二人が並んでいるのを見るのって今年の春以来かもしれない。

リビングに入ると、夕飯を用意していた母が藤の姿を見て「おかえりなさい」と声をかける。先程と同じように「ただいま」と藤が答えた。


「お休みなの?」

「うん、明日には帰るけど」

「もう少し居れば良いじゃない。まだ休みはあるんでしょう?」


母がキッチンから顔を出す。藤が一瞬だけ目をきょろりと動かした。わたしと同じようにそれを見ていた柾がこちらを見て、二人で顔を合わせる。

返事がないのと、料理が揃ったのとで母がキッチンから戻ってくる。入れ違いに藤が洗面所へ行って手洗いをする音が聞こえた。


「あれは何かあるな」

「うん、わたしもそう思う」


わたしは柾の隣に座って同意する。母が前の席に座って首を傾げた。

そこで藤が帰ってくる。


「ビールある?」

「ご飯の時に飲むなんて珍しいのね」

「あー、なんか一人暮らしの癖が」

「冷蔵庫に缶なら入ってるよ」


柾が立ち上がりながら答える。自分も飲むのだろう。わたしは自分と母親のグラスにお茶を注ぐ。やっと二人がテーブルについて夕飯が始まる。


「今度、彼女紹介したいんだけど」


グラスに注いだビールを一口飲んだ藤が早々に言った。その隣に座った母が口をあんぐりと開けた。試験に出るかな、開いた口が塞がらないって。


「それって結婚するってこと?」


いつも直球な言葉を投げるのは柾。母から言葉はまだない。


「まあ、考えてる」

「一人で何でもできる兄ちゃんが結婚したいと思う相手、超気になるんだけど」

「……普通の人だよ。仕事は俺よりできる」


わたしは夕飯のサラダを頬張りながら二人の兄の話を聞いていた。母がようやく口を開く。

三人の兄妹の視線がそちらへと向いた。


「写真は?」


柾とわたしで思わず笑ってしまう。彼氏ができたと聞けば、『写真ないの、写真!』と騒ぎ立てる女子生徒たちを回りにしているので、その台詞がとても重なってしまった。きっと柾も同じ理由だろう。

藤は渋々といった感じでポケットからスマホを取り出した。ご飯を食べているときは携帯を弄らないという家のルールがあるけれど、今回は特別。


「お兄ちゃんより年上に見える」

「うん、俺もそう思った」

「年上の方なの? いくつ?」


ひとつの画面をみんなで覗き込んで口々に好きなことを言う。ショートカットの綺麗なお姉さんだった。年は藤よりも二つ上。母が少し難しそうな顔をしているのが分かる。

その雰囲気にしてしまうのが怖くて、わたしは顔を上げた。


「お父さんがいるときが良いよね。わたしも見てみたい」

「俺も。バイト無い日に連れてきてよ」


弟妹にそう言われて少し安堵の表情。一番上の兄は一番優秀ゆえに、昔から言いたいことを一番口にしてこなかった、気がする。だから基本的に柾もわたしも反対はしない。





夕飯を終えて皿を洗っている柾の後ろで冷蔵庫を開けると、柾がこちらを振り向いた。


「母さん、微妙な顔してたな」

「うん。お兄ちゃんがサッカー辞めて映画同好会入るって言ってた時も同じ顔してた」

「まじで? お前よく見てるのな」


頷き返す。柾が皿を濯ぎながら、今は普通に一緒にリビングで映画を鑑賞中の母兄を見た。


「お兄ちゃん、幸せになって欲しいな」

「な。手出して」


急に言われて何かと思う。持っていたペットボトルを一旦置いて掌を差し出した。

柾が思いっきり力を込めて掌を叩いてきた。濡れた手で。


「いったい! お兄ちゃんのばか」

「うっわ、本当痛い……」


二人して痛がる。リビングにいた二人が何だとこちらを窺ってきた。


「銀杏をいじめるなよ」


一番上の兄が咎めてくれる。いつも喧嘩をするとわたしの味方をしてくれた。

柾は赤くなった掌をぶらぶらさせた。わたしも同じことをしてるのに気づいて手を止める。


「違うよ、ハイタッチだって」



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