つまり、そういうこと。


読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋。

私はこんな時期に、読書に耽っていた。昔読みかけていた小説の新刊が出て買ってしまって、間を埋めなければとばかりに既刊も買った。


「銀杏の志望校って波都大?」


日直の日誌を書いている赤羽が尋ねる。私の手には小説があった。


「うん。赤羽は?」

「あたしも。文系だけどね」

「そうなの? じゃあ一緒に通えるかも」


明華で同じ大学を志望している人に初めて会った。赤羽はシャーペンを走らせて日誌を埋めている。

わたしはページに栞を挟んで、鞄の中に入れた。


「銀杏は普通に行けるから良いとして、あたしは分からないなー」

「赤羽がそういう予防線を張るの珍しいね」

「冷静に分析しないで。なんか辛い」

「ごめん」


つい最近も小倉さんに「皆ピリピリしてるのに、當金さんはいつも通りだね」と言われた。確かに三年前ほどピリピリはしていない。その理由は自分の中で検討がついている。


「もう、すぐに寒くなるね」


文化祭も終わっていないのに、赤羽が手を止めて窓の方を見る。空は高くなったばかりだ。


「松江さんたち、文化祭張り切ってるみたいよ」

「そうなの? 差し入れでも持って行ってみる?」


楽しげなお誘いに返す言葉は決まっている。赤羽はさっさと日誌を書き終えて、わたしたちは近くのコンビニで差し入れを調達して、生徒会室へ乗り込んだ。

しかし、現実はそう上手く出来ていないもので、生徒会室には会長の松江と水縹しかいなかった。二人ともホチキス止めをやっている。


「すみません、今日はみんなクラスの方に行ってて居なくて……」


松江が申し訳なさそうに差し入れを受け取った。


「あたし達が勝手に来ただけだから。二人はクラスの方大丈夫なの?」

「うちのとこは展示で、水縹さんのとこは演劇らしくて」

「小物調達係でした」

「二人で出来ることは進めとこうってことで」


ホチキス留めをやっていたらしい。わたし達も差し入れを置いて帰るだけじゃね、ということでそれを手伝った。手が二倍になれば二倍早く終わる、はず。


「今年は実行委員動いてるの?」

「今年の二年は大丈夫ですね」

「松江の張り切るとこなくなっちゃったね」

「私は何事もなく終わってくれれば良いです。会長って、生徒の代表ってだけでリーダーなわけじゃないですから」


赤羽のふざけた言葉が引き出した良い言葉。水縹も手を止めてそれを聞いていた。既に会長が板についている。

わたしはプリントをとんとんと整えた。


「先輩方は外部に行くんですよね。推薦ですか?」

「ううん、わたしも赤羽も一般だよ」

「頑張ってください。3月には、三送会するので」

「ありがとう。楽しみにしてる」


生徒会室を後にして、家路につく。赤羽は何も言わずに空を仰いでいた。夕陽が建物の向こうに隠れていく。

昼の時間が短くなっていく。三年生の殆どは文化祭に参加しない。内部進学する生徒も外部進学する生徒も、冬には試験を控えている。


「もうすぐ卒業だね」

「その前に試験だよ」

「そうだった、そうなんだよねえ……」


卒業は来年のこと。来年の話をすると鬼に笑われるらしいので、ここでやめておく。

それから赤羽と別れて、帰り道を歩いていく。アスファルトは歩み慣れたものだけれど、人生ってこうなのかもしれない、と思った。

いろんな人と出会って、別れて、また会うこともある。

また、会えるよね。



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