チョコレート。
母親と父親と兄が二人います。一番上の兄は家を出て一人暮らしをしていて、たまに家に帰ってきます。二番目の兄は大学生で遊び歩いて家で会うことの方が少ないくらいです。
なんて、家族を紹介するときにわたしはそう言うだろう。
「黒岩くんは奨学金で通うの?」
「節約のために」
「じゃあ本当に頑張らないとね」
今年の募集要項を見ながら言った。黒岩が何度か瞬きをしてそれを覗いてくる。
「え?」
「ここ」
奨学金の返還免除の条件は様々ある。国公立はそれを狙う優秀な人間も少なくないだろう。渡すとそれを真剣に読み始めた。
この前、生徒会選挙の後日に三者面談があった。わたしの家は母が来た。このままなら試験も内申も問題ないと担任の先生に言われて、生徒会顧問から何か言われたのか「この前の選挙では驚いたわ」とチクチク刺された。
伝統を重んじるということは、変化を好まないということ。大事なことは確かに変わらないが、ただ変わらないだけでは駄目だ、とわたしは思う。
それを黒岩と赤羽に話したら、「正しい」と言われた。二人の言葉は自信をくれる。
そんな風に自分への自信を都合の良いようにつけながら、わたしは高校最後の夏休みを迎えた。と言っても、殆ど毎日予備校に通って黒岩を見つけては話し、小倉さんに見つかっては励まされる。
「ドーナツ食べれば良いよ」
「……食べたい」
「シュガーと、ハニーと、チョコレート」
「チョコレートをください……」
黒岩が買っていたドーナツを紙袋から出してくれた。美味しそう。ドーナツって自分じゃあまり買わない。
チョコレートの部分を避けて持ち、それに齧り付く。ココア生地のところも美味しい。
「駅の反対口でたとこでキッチンカーあって、そこで買った」
「え、貰って良かったの?」
「一個オマケしてくれたから、お裾分け」
「ありがとう」
「當金って好き嫌いある?」
ラウンジの椅子の背に寄りかかって黒岩が尋ねる。
好き嫌い、好き嫌いかあ……。パッと思いつかないのは無いからなのか、わたしがそれに出会ったことが無いからなのか。
「昔は三つ葉食べられなかったなあ」
「三つ葉?」
「うん。ほら、お吸い物とか、茶碗蒸しとかの上にちょんって乗ってるやつ。風味が強くて嫌いだったんだけど、今は食べられるよ。黒岩くんは苦手な食べ物あるの?」
「俺はねー桃。食べると口の中が持ってかれる感じが駄目」
確かクラスメートにも桃嫌いな人いたな。というよりも、桃アレルギーなのかも。
「今も?」
「今も」
「なんか意外。黒岩くんって甘いもの好きだから」
シュガードーナツをパクパクと食べて、「よく言われる」ともごもご話す。わたしはティッシュペーパーで指先を拭った。
「あ! やっべえ!」
「うん?」
「来月末の模試の申込み忘れてた! ドーナツと一緒に待ってて!」
「いやあの、ドーナツも持って行ってあげて」
と言ってる間に、受付へ行ってしまう黒岩。
仕方なくわたしも立ち上がり、ゴミを捨ててドーナツを持って後を追う。ちょうど受付をしているのが小倉さんだった。
わたしに気付いて、こちらを見る。
「當金さんも受付?」
「いえ、ドーナツを持ってきました」
「あ、ごめん」
「二人、知り合いなの?」
きょとんとした顔。そんなことを言われたのは久しぶりだ。
「中学の時から塾一緒だったんで」
「え、仲良いんだね」
「この予備校誘ったの俺なんですよ。この秀才を連れてきたの俺」
「自慢することじゃないでしょ。記入終わったの?」
「終わりました。當金帰ろ」
小倉さんの確認も終わって、ドーナツを渡す。
「気をつけて帰ってね」と小倉さんの声に返事をして、受付を出た。
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