正しさ、美しさ。
生徒会選挙当日になった。
水縹や萌黄が緊張した面持ちで背筋を伸ばして座っている。
「そんなに緊張しなくても」
「だって先輩、こんな大勢の前で話すの初めてなんですよ!?」
「最初で最後……あ、でも退任のときも話すか」
「赤羽先輩ー!」
赤羽が後輩をおちょくっている。松江がそれを苦笑しながら見ていた。緊張している一年に比べて上学年たちは和やかな空気。わたしもやっと会長を離れるのかと思うと、ホッとしたような少し寂しいような。
水縹と萌黄と、それから数人の生徒会員立候補が出た。本人演説と応援演説が終わり、拍手が起こる。それから三年になったわたしたちの退任式へと移行する。少しの休憩を挟んで、生徒たちがざわめく。
赤羽がお手洗いに立ち、水縹がわたしの目の前に立った。
「すごく良かったよ、演説……」
「先輩、辞めないでください」
「ごめんね」
「一緒に、生徒会やりたかったです……」
涙ぐんでいるので、ハンカチを渡す。そんなに一緒に生徒会をやりたかったと言われると、なんだか罪悪感が湧く。わたしは推薦で会長になっただけで、それがなかったら今頃他の生徒と同じようにあちらでクラスメートと雑談をして、早く終わらないかな、なんて話をしていたのだろう。
水縹にも萌黄にも松江にも赤羽にも出会わなかった。
「着席してください、退任式を始めます」
先生の声に、生徒たちが自分の席に戻る。水縹も席に帰り、わたしは前に向き直った。
退任の挨拶で、代表として立ち上がる。緊張はもうしない。大凡二年ほどこんなことをし続けてきたのだ。
「おはようございます、生徒会長として退任の挨拶をさせて頂きます。月日が経つのは早いもので……」
早かったな、と思う。ついこの間まで、わたしは副会長をしていて、会長にはなりたくないと正直思っていた。
止まったわたしを赤羽が顔を上げて見ているのがわかる。
……わたしは正しくない。美しくもない。
「……一年生の皆さんもご存知の通り、去年の高等部の文化祭は準備段階から大変な事が立て続けに起こり、生徒会が大半を運営する形となりました」
しんとしている講堂。わたしは続ける。
「確かにあれは、わたしの一存でそうなり、結果的に二日間の文化祭が無事に終わりました。その過程を知らない生徒の間では、わたしが生徒会を動かして行ったという噂が流れていました。それを今、ここで訂正させて頂きます」
ちょっと、とステージの袖にいた生徒会顧問の先生が小声で言う。
分かっている、ここで言う話ではない。でも、赤羽と三年の生徒会員が肩を竦めているから、まだ大丈夫。
「結果はどうあれ、会長という役職を乱用して様々な方に多大なるご迷惑をかけました。ごめんなさい。生徒会の中には反対する声もあり、それを押し切った形でわたしは続けました。後から考えると、酷く恐ろしいことをしたなと思います」
松江がこちらを見ている。
「分裂をしても可笑しくない中、皆文句ひとつ声には出さず、手伝ってくれました。生徒会の仕事じゃないと無視をしても構わない仕事を、分担して責任を持って、運営をしてくれました。去年の高等部文化祭は、こうして多くの人たちの手助けがあって、行われました……」
水縹の涙が移ったのかもしれない。
ここで卒業式以外で生徒が泣いたことなんて、あるのだろうか。
「そんな風に生徒たちのことを一番に考えてくれる生徒会員たちがいる生徒会をよろしくお願いします。
この一年間、わたしたちを支えてくれた全校生徒の皆さん、先生方、本当にありがとうございました。これをもちまして、三年生徒会員は退任致します」
頭を下げる。涙がポタポタと落ちる。ガタガタとパイプ椅子が動く音がした。顔を上げてそちらを見ると、三年は生徒たちに、他の生徒会員たちはこちらに頭を下げていた。
一拍遅れて拍手が起こる。司会進行が閉式の言葉を言おうとするが、なかなか拍手は止まなかった。
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