ソプラノが響く。
中学三年の夏。わたしは図書館の籠って勉強することが多かった。
塾に行って勉強することも出来たけれど、そこで黒岩を見るのが辛すぎて、足が向かなかった。春までは外部進学も考えていたけれど、梅雨にはさっぱりそんな気持ちはなくなってしまい、わたしの勉強する目標はどこかへ飛んで行ってしまった。
周りも殆ど内部進学。仲の良い友人は夏の間に留学へ行ってしまって、わたしも行けば良かったと後悔した。母にも強く勧められていたのだけれど、こうなるなんて思っていなくて、ただすることが無かった。
いつも遊びに誘ってくる二番目の兄は受験生であったし、一番上の兄は一人暮らしをしていた。
「何してるの、銀杏」
夕方、図書館を出て校舎へ行く途中でクラスメートの東雲が話しかけてくれた。彼女はバレー部の午後練の休憩中らしく、教室のロッカーに物を取りに来たという。
「なんか、歌が聞こえると思って」
「え、歌?」
二人で耳を澄ます。上の方から響く歌声が大きくなる。
「合唱部じゃない? なんかすごい綺麗な声の子が入ったって聞いた」
「確かに綺麗」
「ソプラノだねえ」
「分かるの? すごい」
東雲は肩を竦めて照れを隠した。
水縹が原稿を見ている。その横顔に余計な言葉をかけてしまいそうになる。
年を取るってこういうことを言うのかもしれない。他人の道に口を出してしまうこと。わたしだって自分の人生に余裕があるわけではないのに。
「誤字脱字はチェックしたんですけど、中身のチェックお願いします」
「水縹さんはどこの役職に就きたいの?」
渡されたそれに目を通す。最初の一文に、『この度副会長に立候補しました』と書かれている。なんと、副会長に立候補するとは。
推薦して会長になったわたしとは全く違う人生を歩むのだろう。
「副会長です」
中身はとてもしっかりしていた。流石立候補するだけある。この学校を変えたい、そして伝統を守りたいらしい。相反する思いを抱えた原稿をわたしは水縹へ返した。
「良い副会長になってね」
「なれるかどうか、分かりません。でも」
「うん?」
「當金会長みたいな、正しい会長になりたいです」
正しい。その言葉が肩にのしかかる。
水縹とはそれで別れて、教室へ戻った。赤羽が「原稿どうだった?」と尋ねてくる。
「大丈夫だったよ。副会長だって」
「今年の一年は積極的だね」
「うん、わたし達の代とは大違い」
そういえば、と思い返す。
「赤羽はどうして生徒会に入ったの?」
「担任に勧められて。あたし外部生だったから色々心配されてたらしい」
「まんまと騙されちゃったのね」
「本当にね、まあ銀杏に会えたのが大きな収穫かな」
あら嬉しい、と答える。頬杖をつく赤羽を見て、水縹に言いたかったことを話してみた。
「水縹さんって中学のとき、合唱部だったのね。高校ではやらないのかな?」
「へえ、でも生徒会と部活を両立するのは大変じゃない? ここの合唱部ってコンクール沢山出てたよね」
「うん。結構忙しい」
「嫌になっちゃったんじゃないの。先輩とか同級生とか忙しさとか、そういうの全部」
赤羽が見てきたかのように話すので、わたしも頬杖をついて聞く。
「赤羽も嫌になっちゃったこと、あるの?」
「あるよ、それは。銀杏は無いの?」
「あると……あるね、うん」
黒岩の顔が出てくる。赤羽はきゅっと目を細め、楽しそうな目をしていた。この三年間でそこらへんはよく分かっている。
「でも銀杏は、嫌になっても投げ出したりし無さそうだよね」
「うーん、どうだろう。わたしは投げ出す方が難しいのかも」
「投げ出す方が簡単じゃない? まあ、そんな銀杏だから、松江と衝突したのかもしれないけど」
痛いところをついてくれる。
わたしは肩を竦める外なかった。
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