蝉と半袖。


蝉が鳴いている。そんなベタな夏を表す文章を考えるだなんて、何もかもこんな暑い夏の所為だ。

地球温暖化だと最近は騒がれなくなってきたけれど、こうして夏が来る度にわたしは地球温暖化を感じてしまう。ここのところ真夏日が続き、ついに今日猛暑日が来てしまった。


「當金、大丈夫?」


ひょいと視界に入ってきた黒岩の顔に笑顔を見せる。


「うん、大丈夫」

「大丈夫じゃない、顔色がマジで悪い」


冷静な分析に口を噤む。腕を引かれて、近くの校舎へ入った。外よりは涼しい。


「飲み物買ってくるから、待ってて」


広い食堂があり、その端の椅子に座ると、黒岩が行ってしまった。


本日は猛暑日、そしてオープンキャンパスの日。猛暑日とはいえ人は多く、広い大学内を歩き、全体説明会に参加してそれぞれの学科説明へ参加して、今ここにいる。

わたしはやっと行きたい学科が明確に決まった。文化祭に来ていたら、もっと早く決まったのかもしれないけれど。それは無かった未来の話だ。

オープンキャンパスに参加する人々は首からネックストラップを提げている。食堂は大学生じゃない人の方が多い。


「あいつ誰?」


隣の椅子が引かれて、すとんと腰が降ろされた。肉親に近い声だと思いながらそちらを見る。


「……何してるの?」

「オーキャンの手伝い。誘導係」

「離れて大丈夫なの?」

「俺一人が居なくなったところでねえ、世の中は回って行くんよ銀杏さん」


白いTシャツにネックレス。誘導と書かれた腕章を外す。夏休みは旅行があるから散々バイトをして出席がヤバイのだと話していた。


「時給が出るの?」

「出る出る」

「じゃあちゃんと仕事した方が……」

「彼氏?」


指さした向こうにいたのは、黒岩。きょとんとした顔をして、こちらを見ている。その手にはペットボトルのお茶。


「あ! ありがとう!」


思わず立ち上がってそのお茶を受け取る。


「……え、ナンパ?」

「違う、わたしの兄。二番目の」

「おにーさん、ハジメマシテ」

「ハジメマシテ」


どうして二人共カタコトなのか。

不思議な沈黙が降り、わたしがそれを破るしかない。


「えーと、黒岩くん。同じ予備校に通ってるの。で、こっちが當金柾、わたしの二番目の兄です」

「兄でーす」

「誘導のバイトしていて、今サボってる最中なんだって」

「休憩中だっつの。さて、戻るかな」


兄が立ち上がり、入れ替わり黒岩が反対の椅子に座る。行ってしまう背中を見て、暑い中大変だなと少し思った。


「お茶のお金、払う」

「いやいーよ。當金、兄さん何人いんの?」

「二人いるよ」

「あんま似てない、ってよく言われる?」


うん、言われる。

でも家族の中で一番歳が近いからか、一番仲が良いのもあの兄だ。幼い頃は何かと泣かされたけれど。


「そういえばここの学生だった。遊びほうけてるから忘れてた」

「何年?」

「今年三年生だから、来年就活かな」


貰ったペットボトルを開けて口をつける。あ、そうだお金。一口飲んで、鞄からお財布を出した。

黒岩はまだ兄の行った方を見ている。そんなにあの兄が良く見えたのだろうか。


「いいな、兄弟」

「柾で良ければあげる」

「いやー、それは兄さんの方が嫌がるね。當金と離れるの寂しいって」


背もたれに背をつけて黒岩が笑った。それがいつもとは違って、わたしは何か嫌なことを言ったかな、と考える。

いつか、赤羽にも「銀杏が言うと嫌味には聞こえないけれど」と話されたことがあるっけ。それが黒岩にとってそうなるとは思わない。

尋ねようとしたけれど、先に黒岩が口を開いた。


「そういえばあっちに図書館あった。見に行く?」

「あ、うん」


出そうとした財布を強制的にしまわれて、鞄を持って行かれた。わたしは椅子を直してテーブルを離れる。

やっぱりわたしは黒岩の背中を追っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る