獅子たちは健やかに眠る。
桜が完全に散って葉桜になった時期。予備校から出て駅へ向かうと、そこに黒岩が立っていた。誰かを待っているのかも。一瞬目が合って、逸らしてしまった。
「當金」
呼ばれて、立ち止まる。振り向く必要もなく、わたしの目の前に黒岩は来た。
「ちょっと来て」
あの日のように、手首を引っ張られる。わたしはそれを無抵抗で受け入れた。
つれられた先は、猫公園。それが本当の名前ではなくて、わたし達が勝手につけた名前。
猫が増えている。
増えている、というほど多い感じは無かったけれど、子猫が何匹かいた。黒岩はしゃがんで成猫を撫でる。わたしは全然来なくなってしまったけれど、通っていたのか、とても懐いている。
「いつ生まれたの?」
「たぶん三月かな。先週来たらみーみー聞こえてさ、もっと小さかったんだ」
「成長速いね。この子たち兄弟なんだ」
「そう考えると、猫世界って殆ど親戚みたいなもんなのか」
黒岩の思考に関心する。確かに、そう考えると猫の世界って親族が多いことになる。
「あ、でも人間も大きく見れば皆兄弟って考えもあるよね」
「いー言葉だな。戦争してる奴らに聞かせてやりたい」
「そういう人たちは、兄弟喧嘩って言ったりしちゃうんだよ」
わたしもしゃがむと、成猫が少し警戒した顔を見せた。
「俺さ、つまんないよ」
黒岩が赤茶猫をびよーんと抱き上げる。猫もされるがままになっていて、わたしはそれを見た。
「猫生まれたっていうのも當金に言いたいし、勉強する當金の邪魔しに行きたいし、学校の話したいし」
「う、うん」
「でもそれ考えてたらさ!? 今まで俺ばっかり話してて、當金の話って全然聞いて無かったことに気付いてしまった」
「そんなことないよ?」
「そんなことある。當金、俺らは半々じゃない」
……半々、とは。
腕に抱かれた赤茶猫が眠そうに目を細める。そこは温かいのかもしれない。
生まれ変わったら猫になりたい。
「半々というのは」
「……なんだろ?」
「……なんだろうね?」
「とりあえず猫撫でる?」
「撫でたい」
手を伸ばして、赤茶猫の柔らかい顎を撫でる。これもされるがままになっていて、勝手にしなさいと視線で言われた。
しばらくそうしてると、飽きてしまったみたいで、バタバタも黒岩の腕の中でもがき、どこかへ行ってしまった。わたし達はその背中を見送ると、立ち上がる。
「帰るかー」
辺りは暗い。猫たちは今から活動時間らしく、目を爛々とさせている。
頷いて、公園を出た。
「そういえば、黒岩くん」
「うん?」
「彼女さんとは別れたの?」
顔が一瞬固まった。本当に一瞬で、ぱっとこっちを見たときは普通だった。
「……別れました。その節は本当に」
「いや、あの。こちらこそごめんなさい。わたしが彼女さんに謝りたいくらいだけれど、そんなのはこっちの都合だね」
「俺が悪かったんだよ」
それを聞いて、半々のカタチを少し捉えられた気がした。
「ううん、わたしも悪かったよ。半分悪かった。もう半分は黒岩くんね」
「二人で半分ずつ悪かったってことか」
「うん。あとね、黒岩くん」
立ち止まる。少し先で黒岩は止まり、こちらを振り向く。
先程の赤茶猫に似ていた。
「待っててくれて、ありがとう」
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