こうしてわたしは。


住む世界が違うという言葉がある。

わたし達は暫しそんな言葉に出会う。住む世界なんて、この世の誰もが選べて生きていけるわけではないのに。


「當金ってすごいな。会長もやって文化祭もやって」

「でも、わたしだけで文化祭やったわけじゃないし」

「副会長が会長だったら、今年の文化祭は中止になってた」


と、俺は考えます。黒岩が続けた。


「そんなのより、當金は偉い。とても偉い。俺が認める。本当偉い」


偉い偉いと連呼してくれる。わたしはそれにお礼を言った。わたしをそういう風に評価してくれるのは黒岩だけだ。

雨の気配がふと去った。


「雪だ」

「結構ベタ雪だね」

「雪だるま難しそーだな」


傘の中から空を見上げる。わたしは近付く足音に、その方向を見た。黒岩の傘に被さり、近くに来るまで誰だか分からなかった。

パシン、と弾ける音。少しよろめいた黒岩が傘を後ろに落としそうになる。わたしは当然、傘から出て雪に晒された。


「最低! 馬鹿!」


そんな単純明快に貶す言葉。ピンクのマフラーを首に巻いている女子高生。見たことがある。黒岩の彼女。

わたしは驚きすぎて、声が出なかった。今一体何が起こっているのだろう。

彼女はポケットから何かを出して地面に投げつける。


「そうやってずっと、嘘吐き続けてれば!?」


突き飛ばされて、黒岩はされるがままだった。かなり強い力だったけれど倒れることはなかった。

そして彼女は、わたしを親の敵のように睨んで、雪の中を大股で歩いて行ってしまう。

段々と遠くなる背中を見て、黒岩がそれを追わないことに気付いた。


「待って!」


地面に叩き付けられたネックレスを拾って、声を上げた。彼女は止まることはない。

追いかけようと足を踏み出すと同時に、黒岩が腕を掴んだ。わたしは振り向いてその意味を視線で問うが、黒岩がこちらを見ることはない。


「黒岩くんの彼女でしょう?」


その手を払って、わたしは駆け出す。足は人並みだけれど、まだ背中の見える姿を追うくらいなら大丈夫、なはずだ。

走って、追いつく。その腕を掴んで、引き寄せる。わたしと同じくらいの背。わたしと同じ歳。わたしと同じ女子高生。


「待って、お願い、これ……」

「触らないでよ!」

「ごめんなさい、本当に」


彼女はわたしから少し離れて、わたしの手に持っているネックレスを見た。ひくひくと頬が強張っているのが分かった。

強張りながら笑おうとしているのが分かる。


「……あたし、春壱にあなたに会わないでって言ったの」

「……はい」

「そんなの無理だって、あなた頭良いんだから、普通に考えればわかるでしょ。でもね、あたし達は馬鹿だから、そんな約束簡単にしちゃうの」


彼女はそう言って、わたしの手からネックレスを取り上げた。それから、側溝の網の上に落とす。しゃがんでそれを止める前に、彼女はローファーでそれを溝の中に完全に落とした。


「どうして……」

「謝って済むなら、しないでよ。そうやって春壱もあなたも人を傷つけていくんでしょ」


がつん、と心臓の奥にその言葉は刺しこまれた。痛い。血が出ている。

でもその血は他人には見えない。

彼女もきっと、本当は血まみれなのだ。

さっきわたしと黒岩が一緒にいるところを見るのを、スルーすればそのままでいられた。そうはしないで、彼女はここに来た。

雪が降っている。寒い。彼女の頬も鼻も真っ赤になっており、わたしもそう変わらない姿のはずだ。


「最低」


わたしは息を吐くだけで、何も言えなかった。

溝に入ったネックレスが光る気配も感じることができない。ただ、彼女が大股で去っていく背中を見たら、泣いてしまった。震えながら泣いて、わたしが最低なことを思い知った。


「……本当、最低だ」






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