見性自覚。
雪、降るかな。どうだろうね。
そんな会話が教室から聞こえてくる。その度にわたしは窓の外へ視線をやってしまう。すぐに降るわけがないのに。
降ったらどうだろう。積もったら黒岩が雪だるまの写真を送ってくるかな、と思ってしまってダメだった。
「銀杏、今日も寒いから中で食べよう」
クラスの友人とは暖かいとテラスで昼食を取るけれど、それも難しくて、食堂に向かうことにした。わたしは母親の作ったお弁当を持って食堂へ向かう。
廊下でクラスメートといる赤羽と擦れ違った。
「寒いね」
「ねー本当。冬休みはまだ遠いのにね」
確かに、まだ11月に入ったばかり。
赤羽のクラスメートは「先戻ってる」と言って進んで行った。じゃあ、と別れた。
食堂へ行くと、本当に外が暗くなり始めていた。どうしよう、傘持ってきてない、とそれを見ながら考える。
「天気予報では言ってなかったよね」
「帰りに雨じゃなかったら良いけど」
「雪だったら傘なくても帰れるよ!」
「なに子供みたいなこと言ってんの」
「風邪ひくってば、もう」
クラスメートたちの話を聞いて笑う。
本当だよね、と同調する。
雨は降っていない。でもやはり寒い。
マフラーに首を埋めて鞄を身に寄せる。今日は予備校には行かずに、真っ直ぐ家に帰ろう。
そう思いながら歩く。そういえば、去年の春は黒岩が喫茶店でバイトをしていて、折り畳み傘を持ってわたしはそこで雨宿りをしていたな。思い出して、懐かしさを噛みしめる。もうすぐ三年。あれから一年半ほど経ってしまった。
ポツリと鼻に雫が落ちた。空を見上げる間もなく、雨が降る。大降りになってしまって、近くの店先の軒下へと逃げ込む。
同じように雨宿りをする人が何人かいた。その中に知り合いの顔がいるはずもない。
ぼんやりと雨空を仰いだ。雨、上がるかな。
黒岩とは、最近一緒にいる時間が減った。わたしはあまりラウンジへ行かなくなったし、授業がない日は自習室に籠りっぱなし。細心の注意を払いながら黒岩の動向を見守った。
たまにぴょこっと現れて、わたしの周りをぐるぐるわんわんとするから、ささっと躱す。中学三年生のときは、別れた後に「付き合ってた」という話をぼんやり聞いた。そんなの、知ってたけれど。
「とーかね?」
ひょこっと見えたのは、黒岩の顔。
「黒岩、くん」
「なんか久しぶりに當金と話した気がする。元気?」
「うん、元気。黒岩くんは?」
「俺も元気。何してんの?」
黒い蝙蝠傘を持っている。私は雨宿りをしている。
でも、言ったらきっと、駅までと言って送ってくれるのだろうな。
「友達、待ってるの。約束してて」
上着のポケットに入った携帯を出して笑って見せた。
「黒岩くんは学校帰り?」
「そうそう。寒いなーと思ってたら、當金がいた」
「彼女と遊びに行かないの?」
「んー、まあ」
苦笑いをした。わたしはそれ以上何も聞けなくて、黙る。
「秋、終わっちゃったな」
その言葉に、顔を上げる。
雨は弱まっていた。黒岩の意図を汲み取れなくて、顔を見た。
「イチョウの時期?」
「うん」
いつか話した。わたしはその時、初めて人に本音を話したのだ。
「當金さ、嘘つくとき、指絡める癖あるよね」
え、と自分の指を見る。そんな癖あったのか、誰も言ってくれなかった。
ぱっとその手を掴まれる。驚いて声を出す前に引っ張られた。
「なんて、うっそー」
ケラケラと笑われる。黒岩はわたしを傘に入れてくれた。
「雪になるかなー」
「これだけ寒いと、なりそうだね」
「積もったら雪だるま作りたい」
その言葉に笑う。なんだか可笑しくて、笑いが止まらなかった。寒いのに体が温かい。
黒岩の肩が濡れているのを見て、傘の柄をそちらに傾けた。
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