きずつける。
当たり前のことだけれど、予備校は学校とは関係のない時間が流れている。
わたしの担当となったチューターの小倉さんが、模試の判定欄に書く大学をそろそろ決めた方が良いと言ってくる。
「これから部活やってた子が引退して、勉強するようになるとどんどん偏差値上がってくるから。今のうちに行きたい大学を決めて、目標をちゃんと持っておいた方が良いよ」
小倉さんは帰り際、わたしを呼び止めてそう言った。
「はい、考えておきます」
「今の時期なら学祭とか行くと、学校の雰囲気が分かると思うから」
学祭のことを言われて、一気に現実に戻される。
わたしは他の学祭のことなんて考えている余裕はない。自分の学校の文化祭案件で大変だというのに。
それにてきとうに返事をして、「さようなら」と挨拶で閉めた。
文化祭のことでどたばたしている間、黒岩に彼女が出来ていた。
「同じ高校で、1年から同じクラスの奴」
黒岩はそう言うだけで、わたしに彼女をみせてくれることはなかった。黒岩に彼女ができるのは中学三年生ぶりだろうか。その間もいたかもしれないけれど、わたしはその存在を知ることはない。
おめでとう。良かったね。わたしも彼氏欲しいな。全部かける言葉としては違っている気がして「そうなんだ」としか言えなかった。
わたしと黒岩は、同じ予備校に通うにことになったけれど、クラスは違った。中学の塾とは違って、予備校は志望校別にコースが別れている。国公立と私立、文系と理系とか、専門的な学部なんかでもコースが組まれている。わたしは国公立の理系コース、黒岩は私立の理系コースにいた。
「そういえば、今週末に波都大の学祭あるって」
「みたいだね。この前小倉さんが言ってた」
「一緒に行こーよ。駅そんなに遠くないし」
予備校のラウンジでコーヒーを飲んでいると、黒岩が隣に座った。
その誘いに、前なら喜んで頷いていたことだろう。
「うーん、わたしはいいや。自分のところの文化祭がね、ちょっと大変で」
「當金のところも文化祭あんの?」
「そうそう。黒岩くんのところは6月にあったんだよね」
その頃はまだバイト三昧だったので、文化祭には何も協力していないので分からないと言っていたのを思い出す。わたしは単語帳を閉じて、文化祭の話題を出さなきゃ良かったなと後悔した。
「行きたい」
「え?」
「當金のところの文化祭、行きたい」
目が光っている。
女子校の文化祭は少し特殊で、招待券などを持っていないと男性一人での入場が難しい。大学はまた別だろうけれど、わたしは小学校から明華で、そういう風になっている。
「わたし全然出し物とか関わってないから、来ても案内とかできないよ」
「さっき大変だって言ってたのは?」
「生徒会でごたついてるの」
「當金、生徒会入ってんの!?」
「あ」
わたしはあまり、黒岩に学校の話をしない。黒岩の話ばかりを聞いているので、生徒会のことなんて全然知らないのは当たり前だ。
「もしかして会長?」
「その通りで……」
「すげー、當金会長……すげー」
すげー、と繰り返す。わたしはとても居辛くなってしまった。というか、さっきからガラス張りになった受付の方から、黒岩の彼女と同じ制服を着た子がこちらを見ているのが気になる。
「じゃあわたし、自習室戻るから」
「ん、何時に出る?」
「……まだ決めてない」
思わず苦笑いする。黒岩は本当にいつも通りだ。いつも通りというか、変わらない。彼女がいようといまいと、わたしと一緒に駅まで帰ってくれようとする。最初は気にせず帰ったけれど、たまに駅で彼女が待っているので、やんわり断るようになった。
わたしは、本当にばかだ。ばかだから、きっといつか、誰かを深く傷付ける。
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