鴉が袖を振る。


そうして赤羽の嫌な予感は的中してしまった。


「会長、どういうことですかこれは。前代未聞です」


副会長の一年生、松江が噛み付いてくる。

文化祭実行委員会が仕事を全部生徒会に投げてきた。というか、そうせざるをえなくなった状況に陥った。委員会が機能しなくなったのだ。

赤羽は勿論、わたしだって頭を抱えた。わたしだってただの高校二年生であり、ただの生徒会長だ。文化祭に参加してはいたけれど、実行委員並みに文化祭に関わっていたわけではない。文化祭の運営に関する仕事内容なんてよく知るわけがない。


「とりあえず委員長を連れてきて、説得を……」

「それをしてる余裕はないかも。もう一か月切ってるし、クラスとか団体の出し物の申請は殆ど終わってるから」

「……もしかして、代わりをするってわけじゃ」

「うん、そうする外ないかなって。松江さん、一年生に文化祭実行委員の知り合い居たら集めてくれる? 人数は多い方が良いし」

「会長」


生徒会室で、会長の席はみんなが見えるお誕生日席だ。松江はその側面に立って机に手を置く。

わたしは視線を上げる。彼女は表情を固めていた。


「自分が何仰ってるか、分かってますか? 生徒会にも文化祭の仕事はあるんですよ。それなのに実行委員の仕事まで請け負うっていうんですか? そんなことしたら、生徒会だって実行委員会と同じ轍を踏むことになります」


真面目な松江が言うことはとても正しい。生徒会室には、全員が揃っていた。赤羽も含め、みんなの意識がこちらに向いていることが分かる。松江はその代表でここでわたしに意見を述べている。

それはそうだろう。ここでわたしの考えていることが通れば、生徒会は二つに、いや粉々になりかねない。でも、やらなければ文化祭の実行も危うくなってしまう。


「わたしは、仕事が多くなるって理由で、文化祭の運営に協力をしないのは違うと思うの。確かに実行委員会はこっちに仕事を投げっぱなしで、責任を持たないのはおかしいことだけれど、文化祭を楽しみにしている生徒たちの気持ちを掬えるならわたしはそっちを取りたい」

「……会長の言ってることは綺麗事です。私たちは生徒会である前に生徒ですし、全部を生徒会に捧げることなんて出来ません。会長のしたいことも分かりますけど……現実的じゃないです」


断言できる彼女はとても聡明だ。わたしだって、この立場でなかったら、こんなことは御免だ。


「じゃあ、誰がやるの?」


そして、そんなことを思うたび、わたしは会長なんて向いていないと考える。


「誰がって、だから、若葉先輩に……」

「若葉先輩を呼び出して、根性叩きなおして、それで文化祭の運営よろしくってするの? その方が現実的じゃないと思うよ」


松江は言葉を詰まらせた。赤羽が立ち上がって、手を叩く。


「もうやめよ。このままじゃこっちの仕事も滞るばっかりだし」

「赤羽先輩……」

「副会長の言ってることは間違ってない。でも、時間は待ってくれないし、銀杏だって全部生徒会で賄うとか言ってないじゃない?」


赤羽はやんわりとわたしの方へついてくれる。ありがとう、と心の中で言った。そして、誰も立ち上がらないで欲しい、とも。


「実行委員で仕事できる人を集めたり、三年生にも掛け合ってみるよ。なるべく一人の負担は減らせるようにね。生徒会の仕事に支障がない程度に」

「……分かりました。私も一年の文化祭実行委員の子に話してみます」


その言葉に場の雰囲気が軽くなった。松江が自分の机に戻る。

わたしは赤羽に視線を送ると、苦笑した赤羽が視線を返してきた。

ごめんね、と心の中で思う。





予備校帰りの黒岩が駅で女子と話しているのを見た。ぼんやりとそれを見ていると、気付かれてこちらに手を振る。

昔は、袖振るのは愛情を示す行為だった。女子もこちらを向いて、じっとわたしを観察した。主に制服を、だ。

とても嫌な感じがしたので、わたしは手を振り返して、黒岩には近づかずに改札を通る。嫌な予感、わたしも感じられるじゃないか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る