生まれたときから恵まれて。
わたしは、生まれたときから「蝶や花や」と育てられた。
二人いる兄もたぶん同じように育てられた。
言っておくけれど、當金家の「蝶や花や」は唯のお姫様扱いではない。書道、華道、武道と道のつくものは全部させられる。わたしは女だったので武道は通らなかったけれど、どんな道を通ったからと言って何かになれる保障もない。
「お、いたいた」
長い夏休み。三年の夏は受験勉強で埋まるから、と高校最後の夏休みでもある。
わたしは夏の総選挙で、生徒会長になった。
結局立候補者が出ずに、推薦で立って、スムーズに決まった。外部生のあまり居ないこの学校内でその流れは最初から決まっていたような軽さで、わたしは生徒会長の席に座っている。
赤羽は会計のまま、そして副会長には一年生の松江という女子がなった。とても機転の効く子で、わたしよりも生徒会長がお似合いだ。
「とーかね」
呼ばれて顔を上げるのと同時に、耳に入っていたイヤホンが取られた。聴いていたのはクラシック。幼い頃少し習ったピアノの影響で聴く習慣がついてる。
「ごめん」
「めっちゃ集中してた」
「解説見ても分からなくて……」
黒岩が前の席に座った。
わたしはフライドポテトの乗ったトレイを黒岩の方へ寄せる。
店内は図書館に比べると賑やかだ。ドアの開閉する音、トレイの重ねられる音、紙袋の擦れる音、人の話し声。
「化学? 當金が分かんねーなら答えが間違ってんじゃね?」
「いやいや、そんなことはないよ。黒岩くん、今日のバイトは終わり?」
「終わりです。俺を褒めて」
「偉い偉い」
二年になってからこの向かいにあるカラオケボックスでバイトをしている黒岩。さすがにカラオケに居座ることはできないので、このファーストフード店にいることにしていた。
満足げな顔をした黒岩は、パーカーのポケットからいちごミルクをひとつ取り出した。
「あげる」
「ありがとう」
「どーいたしまして」
ひとつ疑問に思ってることがある。黒岩は、高校に入ってから日を追うごとに正装の制服から離れている気がする。パーカーの上にブレザーを羽織っているからまだ高校生に見えるけれども。
包を開けていちごミルクを口に放る。ミルクと苺の甘さが舌を包み込む。
「當金、予備校行かねーの?」
「行かないかな、興味はあるけど」
予備校に通うことになったら、放課後に黒岩と会える時間が減ってしまう。それは将来がどうとかよりも由々しき問題だ。
わたしが大事なのは、未来のわたしより今のわたし。それは昔から、何も変わらない。
「俺、バイト辞めて予備校行こうと思って」
いただきまーす、とポテトを摘む黒岩を見る。
「どこの?」
「駅前にあるとこの。来週末に入校試験あるから受ける……から、當金を誘おうと思った」
「私も受ける」
「いやでも、誘おうと思ったけど、正直當金は予備校行く必要ないことに今気付いた。普通に全国模試上位にいるって聞いたし」
「え、誰から?」
わたしと黒岩に共通の友人はいない。
「うちのクラスの頭良い奴から」
誰だろうか。名前を聞いたところで分かるわけもないのは重々承知で思った。
ふうん、と言ってそれを言及するのはやめる。
「でも私、行きたい大学決まってないから、予備校とか行くと色々対策してくれると思うし」
「そっか、じゃあ一緒に行こ」
「うん」
ポテトを食べる黒岩を残して、わたしはお手洗いに立った。
良かった、予備校の話してくれて。いつも会いに来ているから、バイトを辞めたことは教えてくれても予備校のことは言ってくれなかったかもしれない。黒岩が予備校に行くならわたしにとってもそれは意味を成す事柄になってくる。
我ながら、引く。赤羽のこと、わたしは全然笑える立場にないのだ。
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