縁と言いたいのだ。


テーブルに戻ろうとすると、座っている黒岩がその近くに立つ男子と話しているのが見えた。


「さっき一緒にいたの、明華高じゃん。黒岩の彼女?」


二人とも黒岩と同じ制服を着ている。私はそれを聞いて、壁に沿うようにして立ち止まった。

決して隠れてるわけじゃない。


「なわけねーだろ」


即答。


「だよな、あの明華だし。お嬢様ばっからしいし」

「そんなに?」

「何処ぞの会社の一人娘とかめっちゃ居るらしいよ。姉ちゃんの友達が明華行ってたからよく聞いた」

「へえ……玉の輿狙えんじゃん」


男子二人の話し声。完全に戻るタイミングを失ってしまった。


「當金帰ってくるから散れ散れ」

「あ、そっか。じゃーな」

「また明日ー」


黒岩の言葉に二人が離れて行った。わたしはやっと動き出し、席に戻る。

ポテトが殆ど無くなっていた。


「遅くなってごめん、コンタクト落としちゃって」

「え、當金ってコンタクトしてんの? つーか見つけられた?」

「大丈夫」


参考書を鞄にしまい、ポテトを咥える黒岩のことを見た。友達と話すとき、ちょっと乱暴な口調になるんだなあ。初めて知った。


「今さっき高校の友達来てた」

「黒岩くんのクラスメート?」

「そう。さっき言った頭の良い奴じゃないけどね」


ふうん、と返事をする。名前知りたかったな、なんて漏らすことはせずに、わたしは空になったトレイを持って立ち上がった。









駅前の予備校に寄って、パンフレットを貰った。帰ってそれを見ていると、母が「あなた予備校へ行くの?」と尋ねてくる。


「うん。ここに名前書いておいて」

「良いけど、あんなに行かないって豪語してたのに」

「事情が変わったの」


二年の夏休みという時期も相まって、母は簡単に許してくれた。義務教育を終えると、うちの親は非行でなければ大抵のことは許可してくれる。二番目の兄は、アルバイトで足らない分の旅行費なんかも出して貰っているし。


「行きたい大学決まったの?」

「これから決めるの」

「そう、それなら良いけど。高校は内部進学したじゃない。大学もそうするんだと思ってた」


それは、と心の中で話す。

中三の夏、黒岩には彼女がいたから。

あの頃、わたしはとても荒れていた、と思う。誰に言われたわけでもないけれど、自分でそう思う。とても荒れていた。

塾で黒岩のことを見る度、焼き切れそうな心臓がばらばらにならないように必死で、これは恋なんて可愛いものじゃないと思い知らされた。


「大学はちゃんと考えることにしたの。友達も予備校通うっていうし」

「その子と一緒に通うの?」

「たぶん」


歯切れの悪い返事。黒岩のことだ、急に行かないということは無いとは思うけれど。

わたしは全然黒岩のことを知らない。今、彼女がいないことは知っているけれど、これから彼女ができるかどうかも分からない。

勉強ができても、そんなことも分からなかったら意味もない。


「まあ、もう子供じゃないしねえ。やることくらい自分で責任持たないと、お兄ちゃんみたいになるわよ」


母が言いたいのは二番目の兄のこと。一番上の兄はしっかりしているけれど、二番目はこの家に生まれていながら、なかなかやんちゃな方だ。


「はーい」


返事をいちおうして、わたしは部屋に戻る。

確かに、もう子供じゃない。いつまでも黒岩にベタベタとくっついているわけにはいかない。


中学からのこの関係、誰かが縁だと言うだろう。

わたしも、縁だと言いたかった。


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