第三章 4

 彼女と僕が『共犯者』になって数日間で、僕はわかったことがある。

 和泉紗枝は、いわゆる絵に描いたような『優等生』だった。

 運動も勉強もそつなくこなし、教師からも友人からもすべてにおいて『絶対的な信頼』を勝ち取っている。漫画みたいだ。そんな人間がいるはずもないと思いつつも、学校の代表の一人として壇上に上がり何かの賞状を受け取る彼女の背中は完璧な優等生そのものだった。少なくとも、学校にいる間、僕と二人でいる時以外は。

僕と和泉紗枝の関係というのは相も変わらず微妙なもので、クラスが違うということもあってか学校で接触することは殆どなかった。時々体育だとか合同授業の時にすれ違い、彼女が意味ありげに含み笑いをしてきたり、何かが書かれた紙切れを渡してきたり、僕らの接触はそれくらいだ。

 僕が彼女のLINEのIDを手に入れたのは理科の授業で教室の入れ違いの時だ。うちのクラスの前が和泉のクラス。すれ違いざま、人の波に紛れた瞬間に彼女は僕のポケットにノートの切れ端を突っ込んだ。一瞬の出来事すぎて、他の人は誰も気づいていないだろう。その、鮮やか過ぎる手つきに僕は、この女の子は殺人犯だけではなくてスリにもなれるのではないかと訝しる。そこに入れられた切れ端と、一緒にいれられたレモン味の飴玉を口に含みながら僕は内容を確認する。


LINE → popcandy-saeXXX



 矢印とか使うところがやっぱり女の子なんだよなとか思いながら、僕はそれをスマホに登録する。休み時間、誰もいない所を見計らいLINEを送ると蓋を閉めて数秒でバイブがなって流石の僕も少し焦る。通話だ。


『和泉紗枝』


 早いな。僕は周囲を見渡して少しだけ躊躇して、通話ボタンを押した。


「もしもし?」

『もしもし、セイジ?』

 彼女の声だ。

「なに?」

『ううん、LINE、登録してくれたんだなーって思って』

「うん。で、なに?」

『え、うん、あのね』

 彼女が何かを言おうとした瞬間に、受話器の遥か遠くから甲高い黒板を引っ掻いたような女の子の声が聞こえてきた。河内麻利か。こいつは本当に、空気の読めないというかなんというか。

 彼女もまた、自身の友人が近づいてきたことに気づいて少しばかり焦った口調で言った。

『ごめん、セイジ。まりっぺ来ちゃったから、後でLINEする』

 彼女は一方的にそう言うと一方的に通話を切った。僕は、つーつーという音だけが聞こえてくる携帯を持て余す。

 そうなるのなら、最初から電話でなくてLINEにすればいいものを。


 僕は学校と家を行き来して普段通りの生活を営みながらも、僕のすぐ隣に存在する『殺人少女』のことを無意識のうちに観察していた。

 僕と彼女はクラスこそ違うけれど同じ学校で同級生だから、ほんの少し教室から外へ出れば彼女の姿なぞ嫌というほど見ることができた。

廊下の端で、河内麻利や他の女生徒と手を叩いて笑い声を上げる和泉紗枝。

 学校の代表として壇上に上がり作文の朗読をする和泉紗枝。

 体育の時間にバスケのポイントゲッターとして活躍をする和泉紗枝。

 学校にいる彼女は、どこからどう見ても『普通の女の子』――もしくは、それよりも聊か出来すぎているような女の子だった。

 大抵の場合彼女は、どこにいてもどんな場所にいてもその場所に中心に立っていて、彼女のいる場所には自然と人の輪ができていた。

 カリスマ。

 学校で優等生の仮面をかぶり続ける彼女は、いわゆるそう言った存在だった。

『主犯』である彼女に対し『共犯者』である僕はというと、僕は決して人の中心として立つような人間ではなかったし、なにか目立って功績を残すそうな人間でもなかった。 廊下に集まって意味もなくタムロしている同級生は何人もいたけれど、僕はそれらの落ちぶれた同級生をただただ上から見下ろすだけであり、僕は教室で自分の席に座り参考書やら教科書やらを開いたまま、風景の一部に溶け込むことを日課としていた。

 僕らの関係は比喩的に言うと太陽と月のような存在で、真っ赤に輝く太陽と、一年間かけてその周りをぐるりぐるりと回転をするクレーターだらけの白い月。その、太陽の周りをまわり続ける土星やら木星やらの惑星達は相も変わらず太陽の恵みに憧れを示していて、例えていうのなら神を崇める平信徒。

 なにかどうしても困ったときは和泉紗枝に相談すれば、大抵の場合彼女は解決策を見出すことが可能だったし実際にそれは解決できる問題だった。

 スーパーマン。救いのヒーロー。

 だからこそ彼女は周囲から憧憬の眼差しを集めていたしすべての信頼を勝ち取っていた。 素晴らしい人間だ――欠点の一つも見当たらない、完璧な。少なくとも、僕の前にいる以外での『和泉紗枝』は。

 僕は『she is older than I』≪彼女は私よりももっと年上です≫だとか『This bag is the biggest of the three』≪このバッグは三つの中で最も大きい≫だとかのそう言った英語の数々を脳みそに書きだしながら、僕の中での『和泉紗枝』と他人の中での『和泉紗枝』のキャラクターの違いについての考察を広げていた。

 僕の中での『和泉紗枝』は自分自身のためだったらあらゆる苦労は惜しまない。なおかつ策士家で演技派だ。他人の前では簡単に猫を被ることができるし、頭がいい分要領もいい。計画犯。第一、普通の女の子は実の父親を刺し殺して名前しか知らないような同級生にその死体の後始末を手伝わせたりなんかしない。

 優等生として過ごす『和泉紗枝』はすごくおしとやかに上品に微笑むけれど、僕と二人でいる和泉紗枝はけたけたとそれこそ心の底から楽しそうによく笑う。それどころか、僕の肩だとか腕だとかを大声で笑いながらばしばし叩くし風呂場で見るとそれが真っ赤になっている時もある。優等生が聞いて呆れる。

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