②
「……ですが、ここはやはり行ってください」
「……今の俺の話。聞いてた?」
「ちゃんと聞いていましたよ。でも、ヘンゼルさんは……会いたい時に会えるじゃないですか」
「……」
僕の言葉を聞いてヘンゼルさんは、「しまった」というハッとした顔になった。
「僕は……前にも言った通り実の父親を知りません」
「そう……だったね」
「もっと言えば、兄弟も……今では母親とも一切連絡を取っていません」
「それは聞いた事。ないなぁ」
ヘンゼルさんは、何やら言いにくそうに僕から顔を逸らした。
でも……そうだろう。だって、言っていなかったのだから。
それに今では『動物』も人間と同じ様に『家族』という形で過ごしているヤツも多い。
しかし、元々『動物』たちは群れで生活しているか、僕と同じ様に最終的には『独り立ち』する……という形のどちらか……という場合が多い。
でも、多くなったとは言ってもやはり、昔と同じような形で生活している……という『動物』もいる。僕もその内の1匹である。
「僕は会いたくても会えないんです。でも、そもそも知っていないのですから会える方法が分かっても……なんですが」
だから、僕は本当に『人間』が
――でもそれは、決して簡単なモノではない。もちろん、それは時として
だとしても、やっぱり僕はそれが
なぜなら、それらは『相手』が存在してこそ……生活を共にしてこそ芽生える感情だから。
「確かに、ヘンゼルさんたちのお父様の犯した事は間違っていたと思います。どんな理由があったにせよ、自分の子供を森に置き去りにしてはいけません。それに関しては僕も
「……」
「ですが、ヘンゼルさんもご自身でおっしゃっていたじゃないですか、『悔いてはいた……』と」
「……」
「だったら、これ以上『後悔』を増やさないであげてください」
「……でも、俺はやっぱり父さんを心のどこかで許せていない。だって、姉さんもあの事で随分苦しんだ」
多分、ヘンゼルさんはそんなグレーテルさんを見てきたからだろう。その表情は
よっぽど苦い記憶なのだろう。
「それに関して僕は、『ヘンゼルさんたちの言いたい事や気持ちは分かります』とは言えません。だって僕は、ヘンゼルさんたちご自身ではないのですから」
僕の言葉にヘンゼルさんは驚いた表情をした。多分、「あなたの気持ちは分かります」と言われると思っていたからだろう。
でも、僕はそれは簡単に口に出していい言葉だとは思えない。
だって、僕は『動物』だ。どんなに『人間』と共に生活をしても、やはり『気持ち』までは理解が出来ない。
「そう……だよね」
「いつもがどうかは知りませんが、一度会って憎まれ口の1つでも言ってくればいいのではないでしょうか?」
「えっ?」
「多少は気が晴れると思いますよ? ため込むのが一番よくないです」
ヘンゼルさんの気持ちを代弁する事は出来ないが、僕は僕なりの答えをヘンゼルさんに伝える事は出来る。
すると……
「……ぷっ」
「?」
「あっはは! やっぱりすごいね、マシューは」
「??」
突然吹き出した様に大笑いを始めたヘンゼルさんに、僕はキョトンとした顔で首を傾げた。
「はは……、いやー笑ったよ」
「僕は全然わかりませんが」
「マシューはいいんだよ、分からなくて」
「……」
そう言われると無性に気になってしまう。
しかし、そんな気になっている僕とは違い、なぜかヘンゼルさんは吹っ切れた様な顔をしていた。
「はぁ、なんか気にしている自分がバカな気になってきたよ」
「それでは……?」
「行くよ。父さんのところに……憎まれ口でも言いに……かな」
ニコッとした笑顔は、いつものヘンゼルさんに戻っていた――。
◆ ◆ ◆
「……俺の作ったモノ。久しぶりに食べされてやるか」
「久しぶり……ですか?」
「まぁ、俺が最初に……作って父さんと母さんに食べさせたモノなんだけどな」
「いいじゃないですか?」
ヘンゼルさんはさらに嬉しそうな顔で古びたノートをパラパラとめくった。
「今はちょうど母さんが好きだった『果物』が旬だな」
「亡くなられた……ですか?」
今にしてみると、僕はヘンゼルさんの『実の母親』の話を聞いた事はなかった。
「ああ、
「そうなんですね」
その時の事を思い出したのか、ヘンゼルさんはいきなりノートに一瞬力を込めた。
ヘンゼルさんが力を込めた瞬間。何やら「グシャッ」という音がしていた。
さすがにノートをくしゃくしゃにしてしまって読めなくなるのは……非常にまずい。
「そっ、それでお母様が好きだった『果物』は何ですか?」
僕はすぐさまヘンゼルさんの気を逸らした。
「ん? ああ、『洋ナシ』だよ」
「洋ナシ……ですか?」
真っ先に思い浮かべたのは、やはり頭が小さく間はくびれて下は大きい……
「ちなみに『洋ナシ』ので有名な『ラフランス』は収穫された後、
要するに、『洋ナシ』も収穫してすぐに出荷はしないらしい。
「その後1週間くらいの
「? 今はその旬の時期には入りませんよ?」
だが、今はまだのその旬の時期には少し早い。しかし、ヘンゼルさんは首を左右に振った。
「実は、父さんの住んでいる場所はかなり遠くてね。1週間近く移動でかかってしまうんだよ」
「そっ、そんなに……ですか?」
「元々、ここ自体が
「それは……納得です」
僕は思わず、ヘンゼルさんの言葉に納得してしまった。
なぜなら、このお店は『森の奥』にある。だからこそ、こんな場所まで来てくれる『お客様』は本当に頭が上がらない。
「だから、今回は作り方だけ思い出しって事で作って、本番は向こうで作ろう……って訳だ」
「なるほど、久しぶりに作るのであれば、念のために確認……という事も必要ですね」
ヘンゼルさんは僕の言葉に「そういう事」と言いながら、ノートを見ながら必要なモノを次々出していった――。
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