「……ですが、ここはやはり行ってください」

「……今の俺の話。聞いてた?」


 怪訝けげんそうな顔でヘンゼルさんは僕を見つめ返した。


「ちゃんと聞いていましたよ。でも、ヘンゼルさんは……会いたい時に会えるじゃないですか」

「……」


 僕の言葉を聞いてヘンゼルさんは、「しまった」というハッとした顔になった。


「僕は……前にも言った通り実の父親を知りません」

「そう……だったね」


「もっと言えば、兄弟も……今では母親とも一切連絡を取っていません」

「それは聞いた事。ないなぁ」


 ヘンゼルさんは、何やら言いにくそうに僕から顔を逸らした。


 でも……そうだろう。だって、言っていなかったのだから。


 それに今では『動物』も人間と同じ様に『家族』という形で過ごしているヤツも多い。


 しかし、元々『動物』たちは群れで生活しているか、僕と同じ様に最終的には『独り立ち』する……という形のどちらか……という場合が多い。


 でも、多くなったとは言ってもやはり、昔と同じような形で生活している……という『動物』もいる。僕もその内の1匹である。


「僕は会いたくても会えないんです。でも、そもそも知っていないのですから会える方法が分かっても……なんですが」


 だから、僕は本当に『人間』がうらやましい。だって『人間』は、僕たち『動物』と違って、目に見えない『つながり』というモノを大切にするのだから。


 ――でもそれは、決して簡単なモノではない。もちろん、それは時としてうとましさやわずらわしさも感じる事があるだろう。


 だとしても、やっぱり僕はそれがうらやましい。


 なぜなら、それらは『相手』が存在してこそ……生活を共にしてこそ芽生える感情だから。


「確かに、ヘンゼルさんたちのお父様の犯した事は間違っていたと思います。どんな理由があったにせよ、自分の子供を森に置き去りにしてはいけません。それに関しては僕もうらみます」

「……」


「ですが、ヘンゼルさんもご自身でおっしゃっていたじゃないですか、『悔いてはいた……』と」

「……」


「だったら、これ以上『後悔』を増やさないであげてください」

「……でも、俺はやっぱり父さんを心のどこかで許せていない。だって、姉さんもあの事で随分苦しんだ」


 多分、ヘンゼルさんはそんなグレーテルさんを見てきたからだろう。その表情は苦虫にがむしを嚙み潰した様な表情をしていた……。


 よっぽど苦い記憶なのだろう。


「それに関して僕は、『ヘンゼルさんたちの言いたい事や気持ちは分かります』とは言えません。だって僕は、ヘンゼルさんたちご自身ではないのですから」


 僕の言葉にヘンゼルさんは驚いた表情をした。多分、「あなたの気持ちは分かります」と言われると思っていたからだろう。


 でも、僕はそれは簡単に口に出していい言葉だとは思えない。


 だって、僕は『動物』だ。どんなに『人間』と共に生活をしても、やはり『気持ち』までは理解が出来ない。


「そう……だよね」

「いつもがどうかは知りませんが、一度会って憎まれ口の1つでも言ってくればいいのではないでしょうか?」


「えっ?」

「多少は気が晴れると思いますよ? ため込むのが一番よくないです」


 ヘンゼルさんの気持ちを代弁する事は出来ないが、僕は僕なりの答えをヘンゼルさんに伝える事は出来る。


 すると……


「……ぷっ」

「?」


「あっはは! やっぱりすごいね、マシューは」

「??」


 突然吹き出した様に大笑いを始めたヘンゼルさんに、僕はキョトンとした顔で首を傾げた。


「はは……、いやー笑ったよ」

「僕は全然わかりませんが」


「マシューはいいんだよ、分からなくて」

「……」


 そう言われると無性に気になってしまう。


 しかし、そんな気になっている僕とは違い、なぜかヘンゼルさんは吹っ切れた様な顔をしていた。


「はぁ、なんか気にしている自分がバカな気になってきたよ」

「それでは……?」


「行くよ。父さんのところに……憎まれ口でも言いに……かな」


 ニコッとした笑顔は、いつものヘンゼルさんに戻っていた――。


◆ ◆ ◆


「……俺の作ったモノ。久しぶりに食べされてやるか」

「久しぶり……ですか?」


「まぁ、俺が最初に……作って父さんと母さんに食べさせたモノなんだけどな」

「いいじゃないですか?」


 ヘンゼルさんはさらに嬉しそうな顔で古びたノートをパラパラとめくった。


「今はちょうど母さんが好きだった『果物』が旬だな」

「亡くなられた……ですか?」


 今にしてみると、僕はヘンゼルさんの『実の母親』の話を聞いた事はなかった。


「ああ、継母ままははは俺たちに料理をさせなかったからな」

「そうなんですね」


 その時の事を思い出したのか、ヘンゼルさんはいきなりノートに一瞬力を込めた。


 ヘンゼルさんが力を込めた瞬間。何やら「グシャッ」という音がしていた。


 さすがにノートをくしゃくしゃにしてしまって読めなくなるのは……非常にまずい。


「そっ、それでお母様が好きだった『果物』は何ですか?」


 僕はすぐさまヘンゼルさんの気を逸らした。


「ん? ああ、『洋ナシ』だよ」

「洋ナシ……ですか?」


 真っ先に思い浮かべたのは、やはり頭が小さく間はくびれて下は大きい……瓢箪ひょうたんの形だった。


「ちなみに『洋ナシ』ので有名な『ラフランス』は収穫された後、予冷よれいといわれる通常4℃の低温で1週間~2週間貯蔵ちょぞうされるんだよ」


 要するに、『洋ナシ』も収穫してすぐに出荷はしないらしい。


「その後1週間くらいの追熟ついじゅく期間を経て11月~12月頃が旬なんだよ」

「? 今はその旬の時期には入りませんよ?」


 だが、今はまだのその旬の時期には少し早い。しかし、ヘンゼルさんは首を左右に振った。


「実は、父さんの住んでいる場所はかなり遠くてね。1週間近く移動でかかってしまうんだよ」

「そっ、そんなに……ですか?」


「元々、ここ自体が辺鄙へんぴな場所にあるから」

「それは……納得です」


 僕は思わず、ヘンゼルさんの言葉に納得してしまった。


 なぜなら、このお店は『森の奥』にある。だからこそ、こんな場所まで来てくれる『お客様』は本当に頭が上がらない。


「だから、今回は作り方だけ思い出しって事で作って、本番は向こうで作ろう……って訳だ」

「なるほど、久しぶりに作るのであれば、念のために確認……という事も必要ですね」


 ヘンゼルさんは僕の言葉に「そういう事」と言いながら、ノートを見ながら必要なモノを次々出していった――。

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