7.クレームブリュレ


「それで……何をしに来たんですか、姉さん」

「……」

「ちょっ、ヘンゼルさんそんな言い方をしなくても」


 コト……とお茶を出しながら、いつものヘンゼルさんと違う口調だった事に驚いた。


「いいのよ、マシューくん」

「ですが……」


 しかし、実のお姉さんに、そんな迷惑そうな言い方をしなくてもいいのに……と思ってしまう。


 ちなみに僕に『兄弟きょうだい』はいない。


 でも正直な話。実は兄弟きょうだいに憧れがある。だからこそ……特に『お姉さん』や『お兄さん』にそういった口調で話すのはどうかと思ってしまう。


「でも、ヘンゼルがこんな言い方をするって事は、分かっているのね。私がここに来た理由」

「……まぁ」

「?」


 一体、どういう事なのか分からない。


 だが、ここはやはり姉弟きょうだいだからなのか、お互い言葉は少ないながらも、意思の疎通そつうは簡単に出来ている様だ。


 でも、やはり流れている空気は決していいモノではなく……というほど可愛らしいモノではなく、かなり悪かった。


◆ ◆ ◆


「……、ヘンゼルさん」

「……何?」


 グレーテルさんが帰った後、僕とヘンゼルさんは厨房にいた。


「あっ、あの……」

「いいよ。気にしなくて」


「ですが……」

「いいって」


 口ではそう言っているものの、やはりヘンゼルさんの機嫌は良くない。その理由はもちろん。グレーテルさんが来た『理由』だろう。


「……驚いたよね」

「はい。ものすごく……」


 今思い返してみても、かなり驚きの話である。


「でも、ちょっと疑問には思っていました。なんでヘンゼルさんはこんな……場所で1ひとり、お店をしているんだろうって」

「なんで……って?」


「……はい」

「まぁ、そうだよね。気になるよね……」


 もちろんずっと気になってはいた。だが、今まで僕はあえてその事を聞かない様にしてきた。


 それはここに『個別で注文をしてくれるお客様』にも言えることだ。


 もちろん、話してくれるのであれば、当然聞くし、相談にだって僕でよければのる。でも、話したくない事を無理に聞くような事はしない。


 それは、ヘンゼルさんも同じだ。でも、知りたいか知りたくないかと聞かれてしまうと……。


 ――本当は知りたい。


「マシューはさ……。姉さんからあの『出来事』を聞いたんだよね?」

「……はい」


「じゃあ、俺がそももそも『お菓子作り』を始めたきっかけ……は聞いた?」

「いえ、それは……」


 ヘンゼルさんは僕が口ごもっている事が、『答え』だと思ったのだろう。


「そっか」


 なぜグレーテルさんが慌てた様子で来たのか……。


 その『理由』は、『お父様が倒れて、もう長くない。だから、帰って来て欲しい』という事なのだ。


 でも、ヘンゼルさんは、かたくなにそれを『拒否』した。


 しかし、実はその『かたくなに拒否する理由』はなんとなく察しがついていた。


 それは、グレーテルさんから聞いた『2人に起きた出来事』を思い返してみると、分かってしまう。


 なぜなら、グレーテルさんとヘンゼルさんを『森に置いてきぼり』にしなければ、あんな事にも巻き込まれずに……しかも『小麦粉』に『トラウマ』を感じる事もなかったのだから――。


「もちろん、主導しゅどう継母ままははだったと思うけど、父さんもそれに絡んでいた。しかも、2回も」

「……」


 そんな事を実の親にされて、しかもそれを知った時のヘンゼルさんの心境は……僕なんかに分かるモノではない。


「確かに、父さんもやってしまった事に対して悔いてはいたよ。でも、それだったら最初から反対して欲しかった……。そうすれば、あんな怖い思いもせずに済んだ」

「……」


 それは……確かにそうだろう。


 ヘンゼルさんの悲しさと怒りと……その何とも言えない感情からくる言葉は、聞いている人……いや、動物の僕にも訴えかけるモノがあった。


「でも、それで帰りたくない……っていうのは」

「俺も、頭では分かっているよ。でも、あの時の事をやっぱり思い出してしまうんだよ」


「……」

「それに、俺がここに店を開いたのにもちゃんと理由があってさ」


「その理由は、なんですか?」

「あの時に置いて行かれた場所が、『森』だったからだよ」


 ハッキリと……しっかりした口調で言った。


「それと、マシューは話を聞いて多少は察しがついていると思うけど……」

「……あの閉じ込めていた『お婆さん』ですよね」


「ああ。俺たちは助かるために……あのお婆さんを殺してしまった」

「でも、そうしないと……」


「そうだね。でも、殺してしまった事には変わりない」

「たっ、確かにそうですけど……」


 多分、これ以上繰り返してもただの『押し問答もんどう』になってしまう。だから、僕はそこで言葉を止めた。


「それで、ここで働けば……何かの『罪滅ぼし』になるかなって思ったんだよ」

「……」


「でもまぁ、そう決心したものの……修行中に『小麦粉』が使いにくくなっちゃったけどね」


 ちょっと照れた様な顔でヘンゼルさんは言っていたが、言っている内容は決して笑えない。


「でも、俺はやっぱり使えるようにならないといけないと思う」

「でっ、でもヘンゼルさんはコンテストで金賞も取られたと聞きました」


「……それも姉さんから聞いたんだね」

「すみません」


「別にいいよ。まぁ、確かに『斬新ざんしん』とか『新しい』って評価されたよ。でも、それじゃあ俺が納得出来ないんだ。他人がいいって言っても……」

「……」


 ヘンゼルさんはそう言って、力強く拳を握りしめていた。その姿を見て僕はグレーテルさんが言っていた言葉を思い出した。


『あの子は『真面目』だから……出来ないって事をよしとはしないのよ』


 グレーテルさんがポツリと呟くように言った言葉が、僕の頭に過った――。

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