「うん……実はあの後ビーバーの親子が来たでしょ」

「来ましたね」


 確かに、『お客様』が注文をした後、来られた『ビーバー』の親子がヘンゼルさんと何やら話をしているとは思っていた。


 しかし、僕は他のお客様の接客をしていてその会話を聞く余裕はなかった。


 思えば、ヘンゼルさんが何やら聞き入っているとはって思っていた。だから、実はちょっと気になっていた。


「……どんな話をされていたんですか?」

「うん、『あのヤギのお客様』は七匹の子ヤギが暮らしている……って事は知っているよね」


「まぁ、ご自身で言われていましたからね」

「うん、それは俺も知っていたんだけど実は……ある日、そのお母さんヤギは街へ出かけることになったらしくてね」


 そこで子ヤギたちに「誰が来ても、決してドアを開けてはいけませんよ」と言って家を出た。


 しかし、その日に限って『ヤギ』の天敵である『おおかみ』が家にやって来たらしい。


 ただ本当になぜか、いつもそういった話を聞くと、大抵『天敵』としてあがるのは『おおかみ』だ。


 もちろん、『おおかみ』にも獰猛どうもうなヤツもいるが、僕が会った事のある『おおかみ』はそういう感じではなかった。


 だから、正直僕はあまりいい気持ちはしない。


「……こういった時、なぜいつも『おおかみ』が出て来るんですかね?」

「さぁ? それは多分。『動物』たちの天敵だからじゃないかな?」


 でも、僕が会った事のある『おおかみ』はかなりのお年寄りだから……という事もあって、ただそれだけ大人しかっただけかも知れない。


しかし、僕とは違う『天敵』が彼らにもいるだろう。


「うーん、『人間』とか後は『猛毒もうどくを持つ動物』かな? 俺もよく知らないけど……。あれ? マシューは違う?」

「僕は、どちらかというと『タカ』や『トンビ』『ふくろう』の様な猛禽類もうきんるいや『ヘビ』とか『いたち』、『キツネ』……とかですかね」


 ただ僕が知らないだけで、実はもっといるかも知れない。


「へぇ、そうなんだ」

「それで、おおかみが来て何かあったんですか?」


「ん?」

「話の続きですよ」


 ここで、おおかみが来た……っていう時点で嫌な予感しかしない。


 そんな気持ちもあったが、話の続きも気になり、ヘンゼルさんに話を続けるように言うと、そこでようやく「ああ!」と思い出した様に話を続けた。


 ヘンゼルさんの話では、その家を訪れたおおかみのガラガラ声で「お母さんですよ」と言った様だ。


 しかし、当然の様に子ヤギたちにはすぐに見破られた。


 そこでおおかみは店でチョークを買い、それを頬張ほおばって声を変え再び子ヤギたちの家を再び訪れ、「お母さんですよ」と言うと、子ヤギはドアの隙間から足を見せて欲しいと言った。


 素直におおかみは足を見せると……もちろん足は『真っ黒』だったので、またしても見破られた。


 次におおかみは次にパン屋で「足を怪我した」と言いながら小麦粉を足に塗りたくって真っ白にし、もう一度子ヤギたちの家へ。


「……って、随分ずいぶんこの『子ヤギ』たちに執着しているなぁ。自分で話して思ったけど」

「本当にそうですね」


 普通であれば二回行ったら諦めるはずだ。


 なんて事も思ったが、僕たち『動物』はいや、『人間』も食べ物に困る……という事は、やはり死活問題しかつもんだいなのだろう。


 まぁ、その気持ちは分からなくもない。それに、肉食動物の『おおかみ』にとっては、この『子ヤギ』たちが七匹という事もあっただろう……。


 そして、もう一度訪れたおおかみは、同じように足を出す様に言われ、ドアの隙間から白い足を見た子ヤギたちは大喜びでドアを開けた。


「そして……」

おおかみが、子ヤギたちを襲った……という事ですね」


「うん、でも間一髪で柱時計の中に身を潜めた末っ子のヤギは、無事だったんだよ」

「……よかった」


 僕は思わずホッと胸をろした。


「でも、そのヤギを除いておおかみ丸呑まるのみされてしまってね」

「……あっ」


 完全に僕は忘れてしまっていたが、柱時計に隠れていた『子ヤギ』以外はすでに丸飲みされてしまった。


 子ヤギを6匹も丸呑まるのみにして腹一杯になったおおかみはしかし、草原で眠っていた。


「そこへお母さんヤギが帰って来たんだけど……その家の惨状さんじょうを見て驚いてしまって、その場で崩れ落ちてしまったらしいんだよ」

「それは……そうだと思います」


 今の話を聞いて、家の状況が簡単に想像出来てしまい、僕も悲しい気持ちになっていた。


「でも、末っ子から事情を聞いたお母さんヤギは慌てずに眠りこけているおおかみから子ヤギたちを助け出し、子ヤギたちはおおかみの腹に石を詰め込んでお母さんヤギが縫い合わせたんだって」

「そっ……それって、大丈夫なんですか?」


 それは要するに……狼のお腹を……と思ったが、すぐに考えない様にした。


「まっ、まぁ足はフラついていたらしいけど普通に歩いていたから……多分、大丈夫だと……思うよ」

「……まぁ、実際に見た訳じゃないので、分かりませんね」


 実際、いくらここで話をしようが、僕たちはその状況を見ていた訳ではない。ただ、結果的にその『子ヤギ』たちと『母親ヤギ』は無事に生活している。


「そして、今回注文して来た……という訳ですよね?」


 僕たちとしてはありがたい話だ。だが、なぜ注文してくれたのか分からない。


「うん。注文してきた理由は……多分。その『お母さんヤギ』なりの『罪滅つみほろぼし』じゃないかな」

「罪滅ぼし……ですか?」


「この話を聞いて、ちょっと思い出したんだけど、あの『お母さんヤギ』を見た事があったなぁ……って思ってさ」

「……まさか、またですか?」


 この話を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、前に『トライフル』を購入されたお婆さんの姿だった。


「……というか、さっき『ヤギ』が来るとは思わなかった……って言いましたよね?」

「いや、あの時はただ品物しなものを買っただけで忘れていたんだよ」


 やはり、ヘンゼルさんは忘れっぽい。


「でもその時、「また今度注文しますね」って話はしていたんだよ。ただ俺が忘れていただけなんだって」

「それどころか、僕は初めてお会いしましたよ」


「……だよね。それにビーバーの親子から聞いた『子供がおおかみに襲われた時期』と、『お母さんヤギ』がここに来られた時期じきがかぶっているみたいで……」

「それじゃあ」


「俺には前回出来なかった注文を今回はしようと思ってここに来たんじゃないかな……って勝手に思っている」

「そうかもしれませんね」


 しかし、僕たちがその『お母さんヤギ』ではないので分からない。そうこうしていると、タイミングよくタイマーから『完成の合図』が聞こえた――。


◆ ◆ ◆


「ありがとうございました」

「……帰った?」


「はい。とても喜ばれていましたよ」

「それは良かった。それで、聞いたの?」


 なぜかヘンゼルさんはニヤッとした顔をしていた。


 僕は、「大体この人がこういう顔をしているときは……」と質問の意図いとを理解した。


「何を……でしょう?」

「今回来店した理由だよ」


 ワザと分からないフリをしたのは、僕のせめてもの抵抗だ。


「……聞いていませんよ。そんな傷をえぐる様な事はしません」

「まぁそうだよね」


 ヘンゼルさんの言いたい事は分からなくもないが、僕としては相手を悲しませてしまう様な事をわざわざ聞く必要はない。


 ちなみに、『蒸しパン』と一緒に作っていた『かぼちゃボーロ』も「あらコレ、子ヤギたちが好きなのよ」と言って嬉しそうな顔でその『お母さんヤギ』が全て買ってくれた。


 そうして、今日も閉店するには少し早い時間ではあったが、『完売』になった。


 ――いやはや、本当にありがたい話である。


「さて、そんじゃ片付けますか」

「はい」


 そう言っていつもと同じようにヘンゼルさんのその一言を聞いて片付けようとした瞬間――――。


「ヘンゼル!」


 大きな女性の声と共に、突然お店の扉が勢いよく開かれた。


「えっ!?」

「……?」


 突然急いで現れた『女性』に驚いているヘンゼルさんと、不思議そうに首を傾げている僕……。


 対照的なリアクションをしている僕たちの前にその『女性』が誰なのか……僕もヘンゼルさんも知っている。


 なぜなら、僕たちの前に現れたのは……額から汗を流し、あまりにも急いで来たからなのか肩で息をしている『グレーテル』さんだったからである……。

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