「それで、作るモノは指定されましたけど……」

「そうだね。やっぱりここは旬な果物くだものを使いたいところだね」


 そう、『母親ヤギ』は『蒸しパン』を作って欲しいという注文はした。しかし、『食材』はこちらで好きなモノを選んで欲しいと言われた。


 ただ、そこには大きな問題がある。


「……」

「……」


 それは……いや、そもそも『ヤギ』は……。


「何を食べられるんだろう? マシュー知っている?」

「……すみません。僕も知らないです」


「……」

「……」


 どうやら今回は、今までの様にスムーズ……とはいかず、前途多難ぜんとたなんになりそうだった。


◆ ◆ ◆


「さて、頑張ろう」

「……そうですね」


 結局分からなかった僕たちは、とりあえず自宅にあった『本棚』から知識を得ることにした。


「……」

「……」


 でも、目の前にある本の量はとても多い。


 どうやらヘンゼルさん曰く、お店を開くにあたって人間の『アレルギー』や動物の『禁止食物』などを表記するために必要だった為、図鑑などを購入していった結果らしい。


「でも、まさか『ヤギ』が来るとは思ってもいなかったよ」

「……いや、予想はしてくださいよ」


「色々な人や動物が来るって、想定はしていたんだけどね……」

「でもまぁ、全てが思い通りにはならないとは思います」


「そういうモノなんだろうね。結局」

「多分……」


 やはり色々想定しているつもりでも、想定外は起きてしまう。


 そんな会話をしながら本を出し入れしていた僕たちは、大量に敷き詰められている本棚の中から『ヤギ』が食べられそうな『食物』が書かれていそう本をパラパラめくりながら探していた。


 色々と本を読んだが、なかなか『ヤギ』について明確に書かれているモノがなかった。そもそも『ヤギ』という項目があまり詳しく書かれていない。


「あっ、これはどうだろ?」

「コレは……良さそうですね」


 でも、なんとかヘンゼルさんが見つけた一冊を参考にする事が出来そうだ。


「えっと……ヤギは野菜が好きです。これはたとえば、ヨモギをはじめ、レンゲやたんぽぽ、アカザにスギナなど……ん?」

「えっ、今挙げたモノって全部『草』じゃ……」


 どう聞いてもヘンゼルさんが今挙げたモノは、普通が聞いた人は『野菜』というではなく……『草』を連想してしまうだろう。


「あっ、ほっ他にも木の葉とは、混ぜご飯の具材として俺たち人間にも身近なクリやカキなどの食物が当てはまるって書いてあるね」

「なるほど……」


「後は、飼料しりょう作物さくもつも好物みたいだね」

飼料しりょう作物さくもつですか?」


 今でも人間の言葉には聞きなじみのないモノが多い。


「うん。飼料作物とは、飼育のために育てられた食物のことで、頻繁ひんぱん飼料しりょう作物さくもつとして名前があがるものは、トウモロコシやサツマイモなど……だって」

「じゃあ、その中から『蒸しパン』に使えそうなモノを選んだほうが良さそうですね」


「そうだね。でも、有毒ゆうどくなモノもあるから気を付けるように……だって」

「そっ、それは……人間にとっては……という事だと思いますよ」


 少し不安そうな顔をヘンゼルさんはしていたが、「まぁ、使わないから大丈夫か」と言ってその本をそっと本棚へと戻した――。


「それで……何を使う予定なんですか?」


 厨房に戻る途中、気になった僕はヘンゼルさんに尋ねた。


「うーん、そうだね。今回は『サツマイモ』を使おうかな? サツマイモも品種によっては甘いモノがあるから」

「サツマイモ……ですか?」


「うん。それに、『サツマイモ』は九から十二月の秋から冬にかけて旬を迎えるし、まぁ……ちょうど落ち葉を集めて焼き芋をするイメージの時期に旬を迎えるから」

「あっ、じゃあちょうど今が『旬』なんですね」


 今はちょうど暑さ厳しい季節も終わり、緑鮮やかだった葉っぱも色づいてきている。


しかも、そろそろ肌寒さを感じ始めているらしく、周りの人間たちは服のそですその長さも心なしか伸びている。


「でも実は、収穫直後は甘くなくて、一か月以上熟成させてから売り場に出されるらしいんだよ」

「あっ、じゃあ……」


「うん。だから、サツマイモの収穫は八から十月ごろで、1ヶ月ほど熟成じゅくせいさせた九から十二月ごろが食べ頃になるみたい」

「なるほど」


 やはり食べ物によって『熟成じゅくせい』が必要なモノがあるらしい。――代表的なモノで僕が真っ先に思い浮かんだのは『チーズ』だった。


「でも、今回は『野菜』ですけど……」

「うーん。でも、『サツマイモ』とか『かぼちゃ』は使った事があるから、大丈夫だと思うけど……」


 でも、試作は必要だろう。やはり『想定外』などを防ぐために必要な事でもある。それに今回は、たとえ頼まれなくても見ているつもりだ。


 なぜなら、グレーテルさんに頼まれたから……というのもあるが、前回の様に倒れられても困る。


 そうじゃなくても、僕の力ではヘンゼルさんを移動させる事も出来ないから、自分でどうにかしてもらわなくてはならない。


 何よりヘンゼルさんが倒れてしまうと、お店が営業できずお客様に迷惑がかかってしまう。


 だから、僕は厨房へと入っていくヘンゼルさんの後ろに黙ってついて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る