6.蒸しパン&ボーロ


 小鳥たちのさえずりが心地いい……朝――。


「さて、今日も一日頑張ろうか」

「そうですね」


「……なっ、何? そんなにジロジロ見て」

「本当に大丈夫なんですよね? 無理していませんよね?」


「だっ、大丈夫だって、ちゃんと熱も下がったのを体温計見せて確認しただろ?」

「それは……そうですけど」


「それに、熱が出たのも一カ月以上前の話だから、さすがに大丈夫だよ」

「……」


 しかし、この間帰って行ったグレーテルさんに「あの子は限界を超えて頑張ってしまうから、気にかけてもらえると……ね」と頼まれた。


 それに、あの『小麦粉のトラウマ』についても何とか力になれると……と思っている。


 ただ、結局のところ僕がいくら頑張っても『トラウマ』を克服こくふくするためには、やはりヘンゼルさんの気持ちが不可欠ふかけつだ。


『私としては、ヘンゼルと一緒に生活が出来るといいんだけど……』


 どうやらグレーテルさん曰く、お父様の容態はあまりよくないらしく、あまり外に出られないらしい。


 ……そういえば、なぜかヘンゼルさんがここでお店を開いたのか、グレーテルさんに聞き忘れてしまった。


 ふとそんな事を思い出している内に、ヘンゼルさんはさっさとお店の開店準備を始めた。


 ここ最近はだいぶ落ち着き、休日でない限り前の様な行列は出来ない。でも、お客様が来てくれるのは、本当にありがたい。


「あっあのぉ……、」

「あっ、いらっしゃいませ」


「あの、もうお店開いていますか?」

「えっ、えーっと」


 僕はチラッと商品を出しているヘンゼルさんの方を見て、指示を待った。


「あっ、ちょっと早いですけど大丈夫ですよ?」


 ヘンゼルさんは僕の視線に気付き、サラッとそう言った。すると、その『動物』はホッと胸をなで下ろしていた。


「……」


一応。このお店は『人間』はもちろん、『動物』も訪れる。


 当然『人間』にとっては無害なモノでも『動物』によっては『毒』になってしまうモノも存在する。


そこでこのお店ではそういった『人間用』と『動物用』の表示もしており、もちろん『アレルギー表示』もしている。


 ただ、僕が来てから『ヤギ』が訪れたのは……初めてだ。


「ご注文は何でしょう?」

 ヘンゼルさんは特に何も気にすることなく、その『ヤギ』のお客様の対応をしてくれた。


「あっ、あの」

「はい?」


「ここでは『個別注文』もおこなっていると聞いたのですけど」

「はい。おこなっております。ただ……」


 しかし、なぜかヘンゼルさんは言葉を止めた……。


「出来れば……ですが、条件を提示していただけるとありがたいです。例えば『旬のモノを使って欲しい』とか『こういうお菓子を作って欲しい』と言って頂けるとこちらも作りやすいです」

「……そうですか」


 確かに、何も言われず無条件に作るより、条件とか提示してもらった方が作りやすいだろう。


「……」


 僕は作る立場ではないが、なんとなく『ゼロからモノを作る』大変さは、いつもヘンゼルさんを見ていると分かる気がする。


「えっと……でしたら」

「はい、」


 ヘンゼルさんはメモ帳を広げ、ペンを取り出した。そして『お客様のヤギ』が何を言うのか、真剣な眼差まなざしを向けていた。


◆ ◆ ◆


「うーん」

「あの。今回は、お菓子……という感じがあまりしないのですが」


 閉店後、僕たちは厨房ちゅうぼうで腕組みをしながら『お客様のヤギ』に頼まれたモノの試作をしようとしていた。


「いや、『蒸しパン』と言う方をしているだけで、コレに果物とか使えば『蒸しケーキ』って事になる。だから、『蒸しパン』も立派なお菓子だよ」

「あっ、そうなんですね」


 ただ、やはり僕には『パン』と『ケーキ』は一緒なモノとは思えない。でも、使っているモノは確かに変わらない。


「明確な起源はないけど、『蒸しパン』というか『パン』は、水と小麦粉でこねたモノを発酵させずにただ焼いたモノは約一万年前には存在していたみたいだね」

「それが……」


「パンや蒸しパンの原型だろうね」

「なるほど」


 やはり……パンだ……。なんて思ったことは、サラッと水に流す事にしよう。


「そういえば『ヤギ』って実はウシ科でかなり食いしん坊な動物だって聞いた事があったね」

「……でも頼まれたのは七匹の子ヤギの分ですよね?」


 それを考えると……してもかなりの量だ。多分、『ケーキ』を頼まなかったのは『食いしん坊』と言うことよりも子ヤギが七匹もいるからだろう。


 だから、先ほどの『ヤギ』は『蒸しパン』を作って欲しいと言った。


 後……コレは僕の勝手な考えだが、育ち盛りだからなのか『クッキー』では量が足りないと思ったのだろう。


「まぁそうだけどね」

「だとしたら、きちんと七個。作らないといけませんね」


 僕がそう言うと、ヘンゼルさんは小さく笑いながらもう一度「そうだね」と言った。

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