④
「ジャム……という事は、ラズベリーを使った『ジャム』ですか?」
「そうだね。せっかくだからちょっと多めに作って、作り置きにして『ケーキ』だけじゃなくて、『クッキー』とかにも使いたいね」
そう言うと、ヘンゼルさんは小鍋の中に『ラズベリー』と『塩』を少し加え、『てんさい糖』を加えた……と思っていたら、なぜかその小鍋を放置し、『クリーム』の準備を始めた。
僕はヘンゼルさんが突然『ラズベリー』入った鍋を放置している事に思わず驚いた。
あまりにその行動が自だったので、「えっ、忘れた? たった今、ラズベリーを入れたのに?」と思ってしまったほどだ。
「あの、ヘンゼルさん?」
さすがにこの行動には僕も驚いた。
「ん? ああ。こうやってしばらく置くとラズベリーから『水分』が出るんだよ」
「水分……ですか?」
「うん。それで水分が出た後に火にかけるんだ」
つまり、水分が出ないと火にはかけられない……という事らしい。
「……それってどれくらいですか?」
「うーん。二十分くらい?」
サラリとヘンゼルさんは言ったが、『二十分』はどう考えても……
「……ケーキ。焼きあがるじゃないですか」
「確かに焼きあがるんだけど、少し冷まさなくちゃいけないから」
そう、いつも『お菓子作り』をしている時、いくら焼き上がっていても基本的にデコレーションをすぐにはせず、一旦『冷ます』という工程がある。
ヘンゼルさんも、当然。いつも当たり前の様にやっている。
ただ、僕の記憶では大抵の食べ物は『出来立て』が美味しいとされている……。しかし、どうやら『お菓子作り』では違うようだ。
「いつも思っていたんですけど『お菓子作り』って、焼きあがってから冷ますんですね」
「まぁ……モノにもよるけど……大体は……うん」
「……なぜ?」
「クリーム系は熱で溶けちゃうし……ってジャムも……同じか、だからデコレーションをするものとか、冷蔵庫に入っているモノは少し冷ますね」
「えっ、生クリームって溶けるんですか?」
「溶けるよ。アイスクリームが溶けるのと同じ様に……こう、ドロッと」
ヘンゼルさんの言い方もあるだろう。だが、僕の頭にはドロドロに溶けたあまり美味し《おいし》そうではないアイスクリームが浮かんでいた。
しかし、基本的にヘンゼルさんが作る『成功例』しか見ていないのだから、そんな事は知りもしなかった。
「さて……と、そんじゃ次は『カスタードクリーム』を作ろうかな」
「あっ、今回は『カスタード』なんですね」
「うん。ラズベリーは酸っぱいから、『クリーム』は少し甘めで」
「……なるほど」
ヘンゼルさんはそう言うと、今度は何やらガチャガチャと音を立てながら別の小鍋を準備し、その中に『米粉』と『植物油』を入れ、木ベラでよく混ぜた。
その後、小鍋に『てんさい糖』と『塩をひとつまみ』入れ、固まるまで混ぜていた。
「この時に粉っぽくないか確認した上で、この中に『豆乳』を混ぜ入れて、中火にかけて
ヘンゼルさんがゆっくりと混ぜ続け、鍋の中はフツフツと音を立てている状態になるのを見ていた。
「それで三分加熱したら、火を止めて『バニラビーンズ』を二分の一本加えて……」
「うわー、コレを加えると更に『クリーム』って感じの匂いがしますね」
バニラビーンズを加えると、一気に『クリーム』のいい匂いが厨房中に広がった気がした。
「そうかな?」
「僕にはそう感じるんです」
ヘンゼルさんは僕と言い合いをしながら、片手で丸い『保存容器』を
「次に、この保存容器に入れて、ラップを貼りつけ、
しかし、まだ
この後は、先ほど放置していた『小鍋』に入った『ラズベリー』を使った『ジャム』作りに取り掛かった。
「でもまぁ、『ジャム』って言っても強めの中火にかけて木ベラでラズベリーを潰して、
「……だけって言っていますけど、焦がさない様にするのも大変だと思いますよ」
「……そうかな」
「そうですよ」
確かに、いつも料理をしていて作り慣れていれば、こういった工程もスムーズにこなせるだろう。
ただ、『料理が苦手な人』は「……をするだけ!」という得意な人から見れば簡単な事でも、上手くいかず
ただまぁ……そもそも僕は動物で、大体は料理なんて元々せず『食物』にそのまま
でも、接客をしていく内にそういった『世間話』をする機会も増えている。その中でそういった料理の話を聞いた事もある。
「おっ、生地も焼きあがったみたいだね」
「そうですね。いい匂いがします」
オーブンの近くに行ったヘンゼルさんに
「冷めたらさっき作った『ジャム』と『カスタードクリーム』と『ラズベリー』を使ってデコレーションをすれば完成……と」
「そうですね。それが終わったら寝ますよ」
「えっ」
「えっ……じゃないですよ。作り始める前に言ったじゃないですか。ちゃんと守ってもらいますからね」
「いや、せめて……」
「問答無用です。約束は守ってもらいますよ」
最初は反論しようとしたヘンゼルさんだったが、約束をしてしまった事もあり、最終的には渋々「分かったよ」と僕の意見を聞き入れてくれた……。
◆ ◆ ◆
「さて……と、今日も一日……」
「……どうしたました?」
あの後無事、『シンデレラ姫のシートケーキ』を完成させた僕たちは、いつもと同じように開店の準備を始めていた……。
なぜか、外の景色を見ていたヘンゼルさんの言葉が途中で止まった。
「えっ!? なっ、何なんですかあれは!」
「……いや、俺が聞きたいよ」
ヘンゼルさんの視線を見た時、窓の外には『午前中に完売をした日』以上の人が並び、開店前にも関わらず列が出来上がっていた。
「へっ、ヘンゼルさん……」
「……今から作り始めて……足りるかな」
おそるおそるヘンゼルさんに尋ねたが、当のヘンゼルさんは「ははは……」と言いながら笑う事しか出来ない様子だった。
「さっ、さぁ……どうでしょう?」
「……はぁ、今日はいつにもまして……疲れるだろうなぁ」
そしてもう一度、チラッと外の行列を確認したヘンゼルさんはため息交じりにそう呟き、フラッと厨房に入って行った――。
◆ ◆ ◆
「はぁ……今日はなんでこんなに行列が出来たんだろ」
――ちなみに、そんなことを言っているヘンゼルさんは店内にある机の上で疲れ切った様子で突っ伏していた。
「……どうやら今回は『シンデレラ姫』に作った『シートケーキ』目的のお客様が多かったようですね」
「えっ、たっ確かにこの『シートケーキ』は商品化したけど……それにしたって二、三日前の話でしょ」
「それが噂の怖い所で、あの後もう一度同じ注文が入ったじゃないですか」
「……入ったね」
実は、一度あの『シートケーキ』を渡した後、一週間も経たないうちに全く同じ注文が入った。
「まさか……」
「どうやらその時に、どこのケーキか教えたみたいで……」
「あっという間に広まった……と」
「その様です。後、ご注文された使用人の方たちも来られて、先ほどお礼を言っていかれました」
「お礼?」
「はい。『今まで以上に、姫様が元気そうにいきいきと毎日を過ごして、楽しそうです。今まではどこか無理をしている様に思っていましたけど、それも無くなり、国民全員喜んでおります。ありがとうございました』と……」
思い出す様に、僕はその時に言われたことを呟いた。その間、ヘンゼルさんは黙って聞いていた。
「それは……俺がした事じゃなくて、頼んできた使用人に言って欲しい言葉だね」
僕の言葉を聞いた後。ヘンゼルさんは一度、
「そうですね。でも、少しは……お役に立てたのではないでしょうか」
「……だといいね」
人間には、お互いどうして口に出せない事がある。
でも、口には出せなくても、ちょっとした行動がその人のためになり、その人が笑顔になれたのなら……それはとてもうれしい事ではないだろうか。
「はぁ、しばらくはこの行列続くんだろうなぁ」
「だから夜は早く寝て下さいと、言っているんです」
どうやら僕たちは『シートケーキ』のお礼として、しばらくの間は嬉しい悲鳴と辛い疲労の両方を受けとるる事になりそうだ――。
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