「さて、多分。シンデレラ姫ご本人様も知らないところで俺たちが話をしたけど……」

「まぁ、そうですね。ですが、そういった『一国のお姫様』でしたら、専属のコックさんなどいらっしゃいそうですが……?」


 ただそうだとしたら、わざわざ僕たちに……いや、ヘンゼルさんに『注文』をする必要もなさそうだ。


「それは……ほら、せっかく友人の『白雪姫』が教えてくれたんだから、一回は食べてみないと……って話になったんだろ?」

「なるほど……そういう事ですか」


「そういう事。深くツッコんじゃダメなお話なんだよ」

「りょっ、了解しました」


 イマイチ人間の考える事は今でもよく分からないことが多い。でも、「そういう事」と言われた場合は、あまり深く聞いてはいけないという事は覚えた。


だから、ここは黙っておくに限る。


「ただ本人は忙しい方ですので……と使用人の方が注文に来たんだけども」

「はぁ……」


「実は、これを注文しに来ている事は『シンデレラ姫』には秘密らしい」

「えっ?」


 なぜ、秘密にする必要があるのだろうか……。


 いや、これはもしや、前回来られたお婆さんの様に『サプライズ』という形でお祝いするため……なのかも知れない。


「うん。それに注文した人曰く、『シンデレラ姫』は……何ていうか……頑張り過ぎちゃうから、代わりに『サプライズ』って形にしたいらしいんだよね」

「……何を頑張り過ぎちゃうのでしょう?」


「なんか、掃除や洗濯を自分でしちゃうらしいんだよね」

「確か……ちょっと前までは自分でするのが普通でしたからね」


「うーん。それもあると思うんだけど、なんか……いつでもあの頃に戻れるように……って思っているんじゃないか……って使用人の人たちは感じているらしんだよ」

「……と言いますと?」


「聞いた話によると、その『シンデレラ姫』は継母ままははとその連れ子の娘たちに今までずっとそうやって色々ないわゆる『家事』を押し付けられてきて、それがいきなり変わっちゃったから……」

「……あの」


「ん?」

「いや……ヘンゼルさん。さっきの説明に、その継母ままははさんの話はありませんでしたけど」


 僕の指摘に、ヘンゼルさんは「あれ、そうだっけ?」と、キョトンした顔で言っていた。ただ、なぜか「ヘンゼルさんなら仕方ないか……」と思えてしまう。


 なぜなら、常連客じょうれんきゃくの顔すら未だに覚えられていない残念な人なのだから……。


「とっ、とりあえずこのお姫様はまだ自分の置かれている状況が受け止めきれていないんじゃないかな?」

「もしかすると……また環境が変わるんじゃないかって、心のどこかでおびえているのかも知れませんね」


 確かに『再婚さいこん』という形で一度いきなり状況が変わったのを経験していると、心のどこかで「もう一度があるのではないか……」と思ってしまうのは、仕方のない話かもしれない。


「まぁ今回この『お菓子』を頼んだのは、『そんな心配はしなくても大丈夫ですよ』っていうメッセージを込めたいんじゃないかな」

「……なるほど。だから、『シンデレラ姫』ご本人ではなく、使用人の方が来られた……と」


「そういう事かな」

「……」


 いつも忙しそうに頑張っているお姫様の為に、わざわざ来てくれた。


 もし、みんなからしたわれている人なら、その『トラウマ』にも似た『恐怖心』が無くなってくれたらいい。


 たっだもし、そのキッカケになるのなら……と一度も会った事のない『お姫様』を思うのだった――。


◆ ◆ ◆


「さて、そんじゃまずは……」

「生地を作るんですよね?」


「そうだね。まずは、これとこれとこれと……」

「……」


 ブツブツと言いながら、デカデカと粉の種類が書かれた袋を次々と取り出し、ヘンゼルさんはメモを見ながら手際よく計量けいりょうした。


 多分、ヘンゼルさんの中ではどういう『ケーキ』を作るのかイメージが固まっているのだろう。


 確か、お客様は『旬の果物を使って欲しい』という事らしい。そして、その『旬の果物』としてヘンゼルさんが選んだのが……『ラズベリー』だ。


 僕も木苺きいちごはよく食べる。だからこそ、ヘンゼルさんがどう使うのか……実は、ちょっと気になるところだ。


「よし、そんじゃあ……まず」

「あの、ボウルを使うんじゃないですか?」


「いやいや。まずは、『下準備したじゅんび』からだよ」

「なるほど」


 どんな事でも『準備』は必要だ。それがあるのとないのとでは、やはり結果に大きな影響を与える。


 その『下準備』に、ヘンゼルさんは『コーンスターチ』と『ベーキングパウダー』、『重曹じゅうそう』を小さな容器に入れ、かき混ぜた。


「あの、あれは……?」

「ん? ああ。あれは水切りしている『豆乳ヨーグルト』だよ。次に必要なモノだからね」


 僕の指摘に応えながらヘンゼルさんは手際よく、別のボウルに水切りした『豆乳ヨーグルト』と『塩』を入れてよく混ぜて、『てんさい糖』を溶かした……。


 しかし、これだけ見ていたら、全然『ケーキ』が出来る様子はしない。


 なんて見ていると、ヘンゼルさんはさらにその中に、『米粉』と『アーモンドプードル』を加えてよく混ぜた。


 そして『つや』が出て滑らかになったのを確認すると、最初に混ぜた『コーンスターチ』などが入ったモノを加え、さらによくかき混ぜた。


「……よし」

「後は型に入れたら、完成ですか?」


 僕はただ見ていただけだが、どうやら『ケーキ』はあっという間に『完成』らしい。


「そうだね。後は、焼くだけなんだけど……」

「どうされました?」


 そういうとなぜかヘンゼルさんはキョロキョロと辺りを見渡した。


「焼いている間に、色々アレンジに必要なモノを準備しないとね」

「アレンジ……ですか?」


「うん……。そうなんだけど……あっ、あった」

「??」


 なんて不思議そうに首をかしげている僕をよそに、ヘンゼルさんはどうやら『お目当てのモノ』を見つけたようだ。


「あっ、この後に『ラズベリー』を使うんですね」

「そうだね。ジャムとか、クリームとか作ろうかな」


 小さく笑うと、ボウルに入れた生地を型に流し入れ、綺麗に伸ばし、数回叩き付けて表面を平らにした。


「こうしないと凹凸おうとつが出来て、焼きムラの原因になっておいしくなくなっちゃうから」

「なるほど」


 そんな注意事項ちゅういじこうを言いながら、ヘンゼルさんは生地の入った型を予め温めておいたオーブンの中にゆっくりと入れた。


 ――ヘンゼルさん曰く、「後は、きつね色になるまで焼くだけ」らしい。


 僕は、ジーッとオーブンの中をのぞんでいると……、ヘンゼルさんはそんな僕をよそに『ジャム』や『クリーム』などの準備を始めた――。

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