4.シートケーキ


 ――突然だが、僕は『雨』が苦手だ。


 もちろん。動物によっては『好き』だというヤツもいる……。それはそれでいいと思う。このみなんて物に限らず、なんでもありでいいと思う。


 雨が降らないと困る事当然……ある。例えば森が燃えた時も『雨』が降っていたら……なんて事を思ってしまう。


「はぁ……ここ最近。雨がひどいね」

「あっ、ヘンゼルさん」


「こう湿気が多いと、お菓子作りにも影響が出て困って本当に……滅入めいるねぇ」

「そうなんですか?」


「うん。いくらレシピ通りに作っても、同じようにならなくて」

「……大変ですね」


 こう改めて話を聞くと、ヘンゼルさんに限った話ではないが、『職人』と呼ばれる様な人はやはりすごいな……と素直に尊敬する。


「それにしても……最近はマシューお目当てのお客様も増えたよね」

「……ヘンゼルさんも変わらないと思いますよ」


「そうかな?」

「……そうですよ」


 ここ最近は時期が時期なだけに『雨』が増えている。ただそれ以上に僕たちを目当てに来店されるお客様が増えていた。


 やっぱりお菓子が好きなのは『女子』だからなのだろう……。


 なんて最初の頃はそう思っていた。しかしお客様の反応を見ているとどうも……ちょっと違う?と最近は感じている。


 そもそもお客様が増えた理由は、『動物』と『人間』が一緒に物を販売している……という事がめずらしいらしく、それが上手い『客引きゃくひき』になっている様だ。


 後、他には来店された誰かこのお店の話をして、その話が『噂』となって広まったのだろう。


「まぁ、お客様も増えたから、今まで以上に商品を増やした方がいいかも知れないね」

「そうですね。開店して三時間後にはなくなっている……というのはさすがに……」


 来店する理由は何であれ、お菓子を買っていただけるのはありがたい話である。


 しかし、いくらお客様が来られようが売る『商品しょうひん』がなければ意味がない……という事が分かったのは以前、午前中に商品が全て売り切れてしまった時だった。


 正直、あの時はあせった。


 いやもう……どんどんどんどん面白いくらいに『お菓子』が売れに売れ、最終的にはお店の商品がなくなってしまう……なんて事になると、さすがに恐怖すら感じる。


 でも、人気のお店は大体こんな感じなのだろう……。


 なんてその時は現実から目を背けていたが、こんな事がそう何度もあっては困る。そうなると……ここはやはり、作る量を増やさなくてはいけない。


「そういえばヘンゼルさん」

「ん? どうした?」


 そこで、僕はヘンゼルさんに一つ提案してみた。


「大量に……とはいきませんけど、やっぱり『ホールケーキ』は一つずつ切って『ピース』で売る事も出来ますよね?」

「……そうだね。全ての『ケーキ』でその方法は使えないけど、『ショートケーキ』とか『チョコレートケーキ』だったら、その方法は……使えるかもしれないね」


 ヘンゼルさんも僕の提案に乗り気だった。


 ちなみに……なぜ今。何事もなく平然と話をしているのかというと……今日も商品を全て売り切り、早めの店じまいをした後だからである。


 それでもたった一度だけだったとはいえ、ああいう事があってから、今まで作っていた量を倍にした。


 しかし、それでも……連日れんじつ早々はやばやと閉店をしているのが今の状況じょうきょうだ。


「あっ、そうだ」

「?」


 ヘンゼルさんは思い出した様に『予約よやく注文票ちゅうもんひょう』を取り出した。


「……コレは?」

「さっき来られた方が注文されてね。なんでも、『旬の果物』を使った『シートケーキ』を作って欲しいらしくて」


「シートケーキ?」

「まぁ、『ケーキ』なんだけど、形が丸形まるがたの『ホール型』じゃなくて四角なんだよ」


「……なるほど。それで、旬の果物……ですよね」

「うん。そう」


 雨が降り続いているこの時期に『旬』の果物……って何かあっただろうか……。


 僕としては「食べられれば何でもいい」というを大事に今まで過ごしてきた事もあり、『旬』に関しては、未だに無頓着むとんちゃくだ。


「うーん。今の時期だと……そろそろラズベリーが旬を迎えるんじゃなかったかなぁ」

「ラズベリー……という事は、木苺きいちごですか?」


「そうだね」

「……」


 言われてみれば確かに、前に僕がよく木苺を食べていたのも、熱い夏を迎える少し前くらいの頃だった。


「ラズベリーの旬は、六月から八月くらいで、もともとフランスという国の言葉で『フランワーズ』って呼ばれるバラ科の植物の事を指すね」

「へぇ、バラですか……」


 そう言われて、僕は真っ先にとげを連想した。


「あっ、それとラズベリーには『ラズベリーケトン』という成分が含まれていて、脂肪燃焼効果があって、他にも食物繊維しょくもつせんいやビタミンが豊富で、肌にも良いと女性に人気な果物なんだよ」

「へぇ、良い事だらけですね」


 女性に嬉しい効果……と呼ばれそうな成分を色々と上げている所を見ると、お客様はどうやら『女性』だろう。


「だから、今回はその『ラズベリー』をふんだんに使った『シートケーキ』を試作しさくしてみようと思ってね」

「いいですね」


「うん。コレでお客様の評判が良ければ正式に採用して、小分けで売ったり一つまるまる売ったりするのもありだと思ってね」

「そうですね。季節によってシートにのせる旬の果物を変えれば応用も効きますね」


 確かに、この『ケーキ』が上手くいけば、すぐに売り切れてしまっている現状を打破する一つのキッカケになるかも知れない。


「よし。それじゃ、さっそくとりかかろう」

「えっ!? 今からですか?」


「……そうだけど?」

「あの、その注文いつお渡しの予定なんですか?」


 ヘンゼルさんは何気なく言っているが、あまりに突然過ぎる話だ。


「……二日後」

「いや、いくらなんでも早過ぎますよ……。前の『トライフル』の様に作った事があったり、元々あるモノを作ったりするのならまだしも、一から作るならもっと計画的に予約を取らないと……」


 ごもっともな上に、僕が呆れた様な顔で言ったからだろう。ヘンゼルさんは少しシュン……とした顔で、「ゴメン。調子に乗った……」と反省していた。

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