「……」


 どうやら僕はただ『猟師りょうし』だから……という勝手な思い込みで『色眼鏡をかけ』、『先入観を持って』しまったせいで、その人を見ようとしなかった……と反省した。


「仕方ないよ」


 いつの間に移動したのか、ヘンゼルさんは僕を気遣った。


「……! あっ、ヘンゼルさん」


「それに、ああいう……不器用な人は珍しいから。でも、そういう人もいるって事が分かったでしょ」

「……今度会う機会があったら、お話してみます」


「……そうしてみるといいよ」


 この世界は、動物と人間が会話をする事が出来る。


 それはつまり、お互い言葉を使った意思疎通いしそつうが出来るという事だ。


 普通に考えれば、良い事が多い様に思えるが、それが出来るが故に『トラブル』も起こってしまう。


 例えば、僕たち動物にとって『当たり前』だと思っている事が、人間にとってはそうじゃなかったり、その割に「これはいいんだ……」と言いたくなることがあったり……となかなか難しい。


 だから、なかなか『共存きょうぞん』いや、『仲良く生活をする』という事が難しい。


「それにしても……まさか、お婆さんが襲われていたとは……」

「そうだね」


「……? ヘンゼルさん。どうかされましたか?」

「えっ? いや」


 なぜかヘンゼルさんは、そのまま黙ってしまった。


 でも、僕はただ、ヘンゼルさんと『猟師りょうし』のおじさんがついさっきまで話していた『お婆さん』について話しただけだ。


 だから、何も考え込む必要はないはずだ。


「ちょっと……思い出した事があってね」


 ヘンゼルさんはなぜかかなり歯切れ悪く答え「そうだ。あれを前に頼まれたのは、あの時で……」と、そのまま何やらブツブツとつぶやいた――。


◆ ◆ ◆


「おー、こんにちは」

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ……。お待ちしておりました」


 そうこうしている内にあっという間に、お婆さんが注文していた『トライフル』を渡す日になった。


「ご注文なさっていた『トライフル』でございます」

「……」


 ヘンゼルさんが厨房の冷蔵庫から取り出し、お婆さんの前に置いた『トライフル』は、ワンホールケーキ五号くらいの大きさがあった。


 正直、とてもお婆さんとお孫さん二人で食べるにしては……かなり大きい。


 いくらそのお孫さんが育ち盛りだとしても……正直、二人で食べるにはちょっと考える必要がある量である。


「ああ。これだね」


 しかし、お婆さんは、特にその大きさには何も言わず、むしろどこか懐かしそうな……そんな顔をした。


「今回は旬のイチゴをふんだんに使っております」

「おや、今がイチゴの旬なのかい?」


「ええ。それと、バナナも入っております。確か、お孫さんがお好きでしたよね?」

「よく覚えているねぇ」


 お婆さんは喜んでいるから問題はないが、僕はその情報を知らなかった。思い返してみると……確かに『トライフル』を作っていた時、イチゴと同じくらいバナナをつめていた。


「……これで、前回は出来なかったお祝いが出来ますね」

「え」

「……」


 ヘンゼルさんの言葉に、僕は驚き、お婆さんは黙っていた。


「それは……『猟師りょうし』の人から聞いたのかい?」

「……教えて頂きました」


 だが、決して……こちら側から聞いた訳ではない。それにこの事は言うべきではないだろう。


「それと、前に『トライフル』を渡した時。あれだけ嬉しそうだったのに、それ以来ご来店されなかったので……」

「……本当は、あの子が来た時に食べようと思っていたんだよ。でも、私もあの子も狼に襲われてしまってね……」

「でっ、でも助かったんですよね?」


 そうじゃなければ、お婆さんは僕たちの目の前にいないはずだ。


「確かに、助かったよ。でもね……。あの子に怖い思いをさせてしまったのが……ね」

「……」

「……」


「でも、私の家に来る前にあの子。どうも道草みちくさをしていたみたいでねぇ。狼に襲われた後、もっといい子になったよ」

「そっ、そうなんですか」


 今ではちょっとした思い出話になっているが、幼いお孫さんにしてみれば忘れられない『トラウマ』になってしまっている事だろう。


「……じゃあ、なんで今回またこの『トライフル』をご注文されたんですか?」


 僕の頭にはそんな疑問が浮かんだ。


「……前回はそんな事があって『お祝い』が出来なくてねぇ。結局あの『トライフル』は助けて下さった『猟師りょうし』さんに渡してしまったんじゃよ」

「あっ、そうなんですね」


「それに私は、娘たちが心配して、しばらく一緒に暮らすことになってねぇ」

「そうなんですか」


 確かに、森の中で生活をしており、そのお婆さんに会いに行ったお孫さんまで狼に襲われた……と聞けば心配するのも無理もない。そこら辺は、人間も動物も一緒なのかも知れない。


「まぁ、そのせいで……って訳じゃないけど、ここからちょっと遠くなってしまって、しばらくここには来られなくてねぇ」

「なるほど……だからですか」


 ヘンゼルさんは突然、今の会話で何かに気が付いたようだ。


「? ヘンゼルさん。何が分かったんですか?」

「あっ、いや……」


 だが、本人は思わず口から出てしまったらしく、すぐに自分の口を手でふさい……が、残念ながら時すでに遅しだ。


「……実は、お婆さんが来られなくなってから、代わりに……と言ってはいけないとは思いますけど……」


 口に出てしまったから仕方がない……と思ったのだろう。ヘンゼルさんは「ゴホンッ」とワザとらしい咳ばらいをした。


「なぜか『猟師りょうし』の方がよく来られるようになりまして……」

「おや、そうだったのかい?」


 しかし、どうやらそんな事になっているなんて、お婆さんは夢にも思っていなかったらしく、とても驚いた。


「……はい。ただ、その理由が分からなかったので、今の話を聞いてようやく分かったんです」

「おやおや、じゃあ知らないうちに私が宣伝をしておった……という事になるんだね」

「そう……みたいですね。僕も知りませんでした」


 その話自体、僕が来る前の話らしく、今日は何でもかんでも驚きの連続だった。


「では、前回できなかった……という事で、今回がリベンジ……という事になるんですね」

「そうねぇ。あの子は『赤いモノ』が好きらしくてねぇ。よく赤いズキンを被っておったし、確かイチゴも好きだったはずだから、喜んでくれるはず……」

「大丈夫ですよ。喜んでくれます」


 無意識に出た言葉ではあったけど、なぜかそんな自信たっぷりに言ったのか、今でも分からない。でも、そんな僕を見ながらお婆さんもヘンゼルさんも笑っていた。


 だけど、僕はなぜ笑われているのか……分からなかった。


「それじゃあ、ありがとうございました」

「お気をつけて、今度はぜひお孫さんもご一緒に!」

「またいらしゃってください。お待ちしております」


 僕たちはお礼を言って杖をつきながら帰っていくお婆さんに向かって手を振って、見送った。


 ――そして、僕が「お孫さんも一緒に来てください」と僕が言った通り。すぐにお婆さんはお孫さんを連れて来てくれた。


「マシュー君。とってもカワイイー」


 ただ、お孫さんは『お菓子』以上に僕に興味津々で、買い物が終わるまでまでずっと僕をでて遊んでいた。


 多分、お婆さんに聞いて付いて来てくれたんだろう。でも、撫でられるのは嫌じゃない。


 でも、せっかくお菓子を買いに来ているのだから、お菓子の方に興味を示して欲しい……なんて、最近ではそういった事も考える様になった。


 ただまぁそれ以上に今は、毛並みと逆の方からは撫でて欲しくなかった。


 よく分からないが、毛並みと逆から撫でられると、なぜか気持ち悪くてゾワゾワしている様に感じるのだ。


 ボーっとしながらも、たまに逆に撫でてしまう子供の不慣れさに、多少の気持ち悪い感触を感じてしまっていた。


 こんな僕を目当てでこのお店に来て、「ついでに……」とお菓子を買って行ってくれるのなら……とも思う。


 世の中なんでも積み重ねが大切なのかも知れない。


 そのキッカケは……多分、なんでもいいのだろう。ただ、その小さなキッカケをどう積み重ね、つなげられるか……それがとても大事なのだろう。


 たとえ、あり合わせのフルーツにスポンジとクリームを重ねた簡単なモノでも美味しい『お菓子』だ。


 そう、それはあの時お婆さんに渡した……あの『トライフル』が教えてくれているに感じてしまうのだった。

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