3.トライフル


「寒っ」


 ちょっと感じる肌寒さに思わずブルッ身震いをした。


 そんな春の終わりを予感しながら見上げた先には……桜が全て散ってしまった木が立っている。


 しかし散ったのは桜だけでなく、色々な花も散っていた。最近では花よりも草や木の緑が多くなってきた様にも感じる。


 だが、雨が毎日降るにはまだ少し早い……そんな時期のある日。


 まだ雨は降ってはいないものの、やはり雨が降ると気が滅入めいってしまう……でも、今みたいに『苦手な人間』が相手でも同じでは……ある。


 店内をチラッと見渡し、そのままは厨房の中をのぞき込んだ。


 いつもであれば僕が接客を担当する。しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。なぜなら、店を訪れているのは……僕たち動物が嫌っている『猟師りょうし』だからである。


「…………」


 なんでこんな人まで来るんだろう。なんて僕にしては珍しく、心の中で愚痴ぐちを呟いた。しかし、いくら僕たち『動物』が嫌っていても、『お客様』である事には違いない。


 そこで、ヘンゼルさんが僕の代わりに接客をしてくれている。僕はどうしても 『猟師りょうし』の人を前にすると……命の危険を感じてしまうのだ。


 ちなみに彼ら『猟師りょうし』という人は『野獣やじゅう』を捕獲する人たちで、『動物』を捕獲したり殺したりする人たちではない。


 しかし、その『動物』を『野獣やじゅう』かどうか決めるのは……実は『人間』が決める事であって、そこに僕たちの気持ちなんて……ふくまれていない。


 ――この世界、動物と人間が話す事が出来てもまだまだお互い探り合いをしている状態……。つまり、お互い歩み寄るにはまだまだ遠い話である。


 そもそもこういう『狩猟しゅりょう』をしている人たちは、服装ですぐに分かる。


 でも、僕は人間の服装はあまり詳しくないため、ヘンゼルさんに聞いてやっと知り、すぐにヘンゼルさんと相談し、今にいたっているのだ……。


 ちなみに猟師りょうしは今も説明した通り、『野獣』を捕獲する人で、日本という国では中世ちゅうせいの頃に、漁業ぎょぎょうをする人にもこの文字をあてはめ、いずれも『りょうし』と呼ばれていた。


 その区別は獣を捕る者を狩人かりうど川魚漁かわざかなりょうを川立ち,海魚かいぎょ湖魚こぎょを捕獲する人を漁師または漁人ぎょじんと言う言い方をしていたらしい。


「いやぁ、最近は暖かくなってきたからなのか動物たちの動きも活発になってきてねぇ」

「そうなんですか……。大変ですね」


「そうなんだよ……。それにここ最近はなぁ、おおかみがここら辺をうろついているんだよ。だから、見かけたらすぐ連絡してくれや」

「わざわざお気遣いありがとうございます」


 色々な世間話せけんばなしが聞こえてきたが、なんだかんだでその猟師りょうしのおじさんはずっとヘンゼルさんと話こんでいた……。


 いや、もう本当に「友達いないんですか?」って聞きたくなるくらい……だ。


 でも、そんな事。住んでいるを家すら失った僕が言う様な話でもない。しかし、あまりに長い事話をしていると、むしろ可哀想かわいそうな気持ちになった。


「……おっと、そろそろ行くわ」

「はい。お気をつけて」


 ようやく店にある時計に気が付いた猟師りょうしの人は、購入した『フロランタン』を片手に持ってそのまま店を出て行った。


「……帰りましたか?」

「うん。もう……大丈夫だね」


 窓の様子を確認したヘンゼルさんからその言葉を聞き、僕はようやく厨房から出る事が出た。


「それにしても、本当に猟師りょうしが苦手なんだね」

「どうやら僕たちは、農作業のうさぎょうをしている人たちから見れば、『野獣やじゅう』になってしまうらしいので……」


「へぇ、そうなんだ。知らなかった」

「母さんから聞いた話なので、詳しくは知らないのですが、やはりそういう話を聞くと、近寄る事すらしたくないので、『猟師りょうし』に追われた経験はありませんね」


「ふーん。野獣……ねぇ。こんなかわいい見た目をしているのに」

「食べ物に困っている動物たちが、そういう出来た野菜や果物を食べてしまうらしいんです」


「ああ、なるほど」

「僕のいた森は特にそういった事もなく、のびのびと生活していましたから」


 今では枯れ果てた大地だが、あの森は本当に暮らしやすかった。


「へぇ」

「でも、人間の作るモノは美味しくて……魅力的みりょくてきではありますね」


 そう、人間たちの作るモノはどれも美味しい。


 だが、森林伐採しんりんばっさいなどもあり、食べ物に困った『動物』たちが農家に行って畑を荒らしたり作物を食べてしまったりしてしまう事があるらしい……。


「まぁ、確かに……」

「実際に行った事のあるヤツから昔聞いた話によると、今が『イチゴ』のしゅんなんだとか」


「ああ。そうだね。でも実は、出荷量は『冬』が多いんだよ」

「あっ、そうなんですか?」


「うん。ちょうど『クリスマス』と重なる……って、マシューは冬眠して知らないか」

「……勉強不足ですみません」


「いやいや、人間の行事だし、知らなくて当然だよ」


 一応『旬』というモノがあっても、人間には『行事』というモノがあり、それにより作物の売れる時期が変わってしまう事がよくあるらしい。


「ところでさ、マシューは自分のお父さんは知らないの? 毎回お母さんの話は出て来るけど、お父さんの話はないよね」

「……そうですね、僕たちはほとんど母さんたちに育てられるので、知らないのがほとんどだと思いますよ。他のヤツらからあまり聞いた事もないですし、僕も知りませんし」


 そももそも、僕は知らない事が普通だと思っていたのだが……。どうやら違うらしい。


「ふーん。そうなんだ」


「ヘンゼルさんはどうなんですか? お母様とか……」

「俺? 俺は……」


 僕もヘンゼルさんと同じ様な質問をした……。


 しかし、なぜかヘンゼルさんは言葉に詰まった。しかも、その顔にはどこか悲しそうな様な表情をしている。


 思わず「変な事聞いたかな?」と不安になってしまう程に……。


「あっ、あのヘンゼルさん……僕」


 そんな顔を見ると、僕はどう声をかけていいか……正直、分からなかった。しかし、何かしら声をかけた方がいいと思っていた瞬間――――。


 突然、「コツッ」と何かが床に当たった様な音が店内に響き渡った。


「……えっ?」


 ふと顔を向けると、そこには腰を少し曲げ、つえをつきながらも、しっかりとした足取りでゆっくりと歩いている一人のお婆さんがいた。


「こんにちは」

「いっ、いらっしゃいませ」


 少し言葉には詰まったが、ヘンゼルさんは先ほどの悲しい表情を封印し、いつも通りの笑顔でそのお婆さんを出迎えた……。

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